第333話 出立前夜

 アリスが予定より早くきてしまったので刀夜は急いで出立の支度を始めた。だがすぐに準備が整うことはできなきので出発は明日の補給部隊に便乗してシュチトノへと向かうことにした。


 そのためアリスは刀夜の家に泊まることとなる。エイミィを始め女子達だけで話が盛り上がっているのを横目に刀夜は支度を急いだ。


 今回敵がどれだけいるかまったく分からない。首都に対しての情報はまったく皆無である。


 刀夜はリボルバー2丁とショットガン2丁を持っていくことにした。しかし弾薬を多量に持っていかねばならず、かなりの重量となる。


 さらにそこに食料やテントなどの道具までとなるともはや持てる重量ではない。一番重いテントを諦める。それでもかなりの重量がまだある。


 刀夜が頭を悩ましているとアリスが倉庫に入ってきた。


「そんなに気張らなくても大丈夫ッスよ」


「いや、しかし命に関わる部分は妥協できない……」


 武装と食料だけは減らすことができなかった。だがアリスはニヤリと不適な笑みを浮かべる。


「ふふふ、こんなこともあろうかとちゃんと用意してきたッス」


 そういってアリスは自分の鞄から小さなポシェットを取り出した。その中からなにやら色々と道具を取り出すが最も目についたなは墨のようなものだ。


「それは?」と晴樹が好奇心に刈られて訪ねる。


「師匠直伝のポータルゲートを作るんッスよ! ついにあたしは師匠からこの魔法の免許皆伝頂いたんス!」


「それはおめでとうございます」


 晴樹は彼女を褒め称えて拍手を送った。賢者マウロウの転移魔法はポータルゲートを作る魔法と実際に飛ぶ魔法からなる。


 この転移魔法は賢者マウロウの十八番の魔法であり、今のところ使える賢者は彼だけと言われている。


 アリスはポータルゲートから飛ぶ魔法のトランスファーは習得済みであったがこのたびポータルゲートを形成する魔法も習得したのだった。


「では一度向こうに行けば自由に行き来できるのか?」


「そーゆーことッス」


「ということは……つど補給に戻れるってこと?」


 晴樹はこれなら刀夜は小まめに帰ってくることになり、安否に関してやきもきしなくて済みそうだと喜んだ。


「これは便利だな……便利すぎて魔法って何だよって感じだ」


 対して刀夜は魔法の存在意義に疑問をいだく。ここまで常軌を異した現象を引き出すのだ。現実主義の刀夜は目の前で起こったことは受け入れているつもりだ。だがどうしてそうなるのか理屈がまっく頭に入らず気持ちの悪い代物でしかない。


 ここの世界は同じ銀河系の星らしいが、そんな力があったら本当に漫画のような別次元の世界にでも行けてしまいそうな気にすらなる。


「なんスか? 便利なのに文句あるんスか?」


 アリスはふて腐れた顔で刀夜に迫った。せっかく苦労して覚えた高度な魔法なのだからもっと誉めるなり、感動するなり反応が欲しいところだ。これがリリアならきっとそのような反応があったかも知れない。


 残念なことに刀夜は他人を誉めるのが苦手な性格であった。そんな刀夜は他にも懸念を感じていた。


「出入り口をここにするとしても、向こう側の設置には場所を選ぶ必要があるのではないか?」


 モンスターが彷徨くような場所にポータルゲートは設置はできない。向こうに戻ったときにモンスターのど真ん中に飛び込むようなことになりかねないと刀夜は危惧した。


 刀夜の指摘した問題はアリスにも理解できたため反論はできず、膨れた顔のまま無言を返す。安全な場所を確保するまでは結局のところ装備は必要ということだ。


「わかったッス。でも出入り口は必要なんスからどこか場所はないんスか?」


「それなら倉庫を使ってくれ」


 アリスは倉庫の部屋に魔方陣を描いた。黒い墨汁のような液体で模様が描かれるとアスファルトのようにカチカチとなる。


 そしてゲートとしての命を吹き込むべく呪文の詠唱が始まった。高度な呪文らしいやたらと長い詠唱は日本語に翻訳されておらず、刀夜はこれが帝国語なのだろうと思った。


 地面に描かれた魔方陣が赤い光に包まれて放電を繰り返すと何事もなかったかのように終わる。


 これで同じ紋様の魔方陣を目的の場所に設置すればトランスファーで行ききできるようになる。と、アリスは得意気にわざわざ聞いてもいない説明を済ませた。


 彼女はよほど自慢をしたかったらしく、ご満悦の笑みを浮かべた。


 ともあれこれで刀夜の荷物は多少は減らすことができるようになったわけだが……刀夜は弾薬の量だけは減らさなかった。


◇◇◇◇◇


 その日の晩、アリスは刀夜の家に泊まることになる。夕飯時に話は拓真へと向いた。


「むー……拓ちゃんは最近冷たいッス。いつものようにスキンシップしたら露骨に嫌がるようになったッス。出会ったときはあんなに喜んでくれていたのに……」


 アリスが膨れっ面で不満を述べたが、食事はノンストップで頬張っている。本当にがっかりしているのかと説得力がないので誰も突っ込みを入れたがらない。


「拓真はいま何をやっているんだ?」


 空気を変えようと刀夜は拓真の調査がどのくらい進んでいるのか訪ねてみた。特にボドルドの過去など情報が欲しいところである。


「以前の拓ちゃんは、こう胸を押しつけてあげると顔を真っ赤にして喜んでくれていたッス。その照れた顔がまた可愛くてぇー」


 アリスは思い出したのか頬をぽっと染め上げた。


「男ってほんと、そーゆーの好きよねー」


 美紀が呆れ顔でその時の拓真のだらしのない顔を想像した。


「いや、だから拓真の進捗状況をだな……」


「晴樹くんもやっぱりおっぱい大きいの好きなの?」


「え? いや、なんで僕に振るかな……ははは……」


 梨沙の視線が痛い!


 真横に彼女がいるのになんて爆弾発言をさせようとするかと思いつつ晴樹は恐ろしくて彼女の顔を見れなかった。


 刀夜は知っている晴樹は大きいのが大好きであると。しかし今問題にしているのはそこではない。


「だから拓真の――」


「刀夜っち! 今宵はいっぱい遊ぼうね! 男の子だもんね~好きでしょこーゆーの!」


 アリスは刀夜に飛び付いて無理矢理胸を押し付けてくる。こうなるとさすがに刀夜の堪忍袋の緒が切れた。


「いいかげんにしろォ!! このビッチ女ぁ!!」


 調子にのったアリスは本気で怒った刀夜から拳骨を食らってしまう。そしてアリスは刀夜より拓真のほうが数倍まだ優しいのだと思い知ったのであった。


 当の刀夜は結局拓真の話は全然聞けずじまいでヘソを曲げてさっさと就寝についてしまったのだった。

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