第332話 帝国首都に向けて

「え!? い、いまなんて?」


 舞衣は刀夜の言葉を聞いて耳を疑い唖然とした。箸で掴んでいた肉団子をボトリと落とす。


 早朝、皆で朝食を取っていたときに刀夜は帝国首都へと向かうことを皆に話したのだ。


「て、帝都ってモンスターの巣窟なんでしょ?」


「一般的にはそう言われているが確かめた者はいない」


「どっちにしたって、戦争があった中心地じゃない。確かめるもクソも敵だらけに決まってるじゃない!」


「梨沙……言葉使い……」


「――うっ……」


 少々興奮してしまった梨沙を晴樹が注意する。晴樹は梨沙に「クソ」などという言葉は使って欲しくなかった。梨沙は惚れた弱みでどうにも彼には頭が上がらない。


 しおらしく、しゅんとする梨沙に晴樹が頭を撫でてあげると彼女は頬を染める。そんな二人に周囲からはいちゃつくなと白い目を注がれた。


「大事な話の最中になーにいちゃついてるのよ」


 よりにもよってその手の話が大好きな美紀から言われてしまう。


 本来なら食い付いて茶化す彼女だが、この二人はいつもべたべたしているので美紀としては正直いって飽きていた。もっと、より新鮮なネタがあれば食いつきも良くなるところなのだが。


 そのようなやり取りを無視していた舞衣は刀夜の体が心配だった。


「まだ体も治っていないのに……どうしてもいかなきゃだめなの?」


「帰るためにはボドルドにお願いをしなくてはならない。交渉を有利にするために彼のことを知っておく必要がある……それになぜ俺達がこの世界に連れてこられたか、ボドルドは何を考えているのか……ゾルディの言葉も引っかかる」


 何度考えても現在ある情報でけだは想像の域を越えることができないのだ。


 帰還のための交渉で手っ取り早いのは相手が欲しているものを提供すればよい。その為には相手が何を考え、求めようとしているのか正確に知っておく必要があるのだ。


「すべての真実ってやつ? だとしても一人で行くのは反対だ。今回は僕も行くことにするよ」


 晴樹にしてみれば親友なのに刀夜の力になれていないのが悔しいのである。


 生活面では刀夜の仕事を手伝ったりはしている。しかし、元の世界に帰るための模索はほとんど刀夜に任せっきりとなってしまっていた。


 それは刀夜が極秘にしたがるせいもあるが、できるだけ手伝いたいのだ。それだけ側から見ていても刀夜への負担は大きいものになっていた。


「ハル……心配してくれるのは嬉しいがそうなると家の中は女子だけとなってしまう……」


「それが何かあるの?」


「今の街は自警団の数が減ったことで治安が悪くなる懸念がある。特にここは周りに何も無いから狙われやすい。ハルには皆を守ってやって欲しいんだ」


「刀夜!」


 晴樹はそれでも蚊帳の外なのかと刀夜に食いつこうとする。しかし……


「――それに今回は俺一人じゃない」


「え? それは一体……」


 晴樹は一体誰がついてゆくのかと問い詰めようとしたとき、突如家の扉が勢いよく開いた。


「チース。それはわたしでぇース!」


 玄関には翡翠色をした魔道士の服、オレンジ色の髪を横にビンビンに跳ねさせて好奇心旺盛な目を輝かせいる人物が立っていた。


「あ、アリスさん!?」


 彼女は手には高そうな魔法の杖を持ち、背中には大きなリュックを背負っていた。まるで家出でもしてきたのかと思わせる出で立ちだ。


 靴も登山でもするかのような編み上げ靴まではいている。


「ふふーん。あたしってばー刀夜っちから熱烈なラブレターもらちったからぁ~。デートが楽しみで楽しみで夜も眠れないってゆーか。アリスったら、もういても立ってもいられなーい。ってことで予定より早くきたッス!」


 到底25歳とは思えぬ超絶ぶりっ子の言葉使いで、なぜか敬礼をしている彼女が今回刀夜と同行する人物である。


「って、うわぁっ!!」


 アリスは朝食を取っている刀夜の顔をみて仰天した。


「と、刀夜っち。どうしたんスか!? その傷は? 生々すぎて痛々しいッス……」


 ビスクビエンツの街で別で出会ったときは杖をついて歩いており、今度は顔に大傷とかどのような人生を歩めばこうなるのかと驚きを隠せない。


「まぁ、ちょっと色々あって……」


 アリスは脅かすつもりで早くきたのに、逆に脅かされてしまった。


「色々って……普段どんな生活したらそうなるんスか……」


 刀夜をベースに本を書いたらきっとネタに困らないような気がした。


「今回は古代文字が読めるアリスさんに同行を願った」


 刀夜は途中で話が途切れてしまった晴樹の疑問に答えるようにアリスを紹介する。


 なにしろ帝国といえば古代文字である。せっかく何か重要なものを見つけても文字が読めなければ意味をなさい。


 古代文字、つまり帝国の文字が読める人物でなければ同行させても仕方がないのだ。


 無論、護衛要員で連れてゆくという手もあるが先の話、万が一が起きた場合は残されてしまうのが女子ばかりとなる。


 龍児は遠征中、颯太は頼りないうえに自警団の仕事でそうそう手が空かないだろう。そうなると腕が立ち、フリー状態の晴樹にしか彼女達を守る者がいないのだ。


 刀夜は晴樹を説得すると彼は渋々その役を引き受けてくれた。


「刀夜くん、今回はどのくらいでかけることになるの?」


 美紀が訪ねる。


「ここからシュチトノまでは3日、そこから帝都まで2日だから往復だけでも10日はかかる。内部の調査に5日としたらトータル15日といったところか……いや、帰りは馬なしだからもっとかかるな……」


「そ、そんなにかかるの!?」


 さすがに舞衣は驚いた。地理に疎いのでそれぞれの街の距離感は彼女にはわからない。


 せいぜい一週間ぐらいかと思い込んでいた。以前に刀夜が単独行動をした際に最長がそのくらいだったからだ。


「ふーん。15日間もアリスさんと一緒なんだ……」


 美紀は冷ややかな目でアリスの胸元を見ていた。彼女の胸は豊満でいかにも男が黙っていられないような凶器だ。


「ふーん。ふーん。ふーん」


 美紀はじろじろと二人を交互に睨み付ける。アリスはそんな美紀の視線に気がつくとニタリと笑みを浮かべる。


「ふふーん。いいしょ。刀夜っち! お姉さんといーっぱい楽しいことしようねぇー」


 アリスが刀夜に抱きついて美紀を挑発するような顔を向けた。


 美紀としては刀夜とアリスがチチくりあっても別段かまわないのだが……挑発されていることに対しては腹を立てた。


 その怒りの矛先を刀夜に向けることにすると彼女の顔から痛い視線が送られる。


「これはいわゆる浮気ってやつよね。浮気! リリアちゃんに告げ口してやろーっと」


 刀夜はポーカーフェイスを崩さないまま青ざめて硬直していた。

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