第331話 刀夜の考察
教団の陰謀によりまたも重症を負った刀夜は家で休養をとっていた。
しかし傷だらけと成り果てた割には回復は早い。最後に刺されたナイフを除けば他の傷はわざと急所を外されていたためだ。
ゆえにただずっと寝てるのも退屈極まりない。体は動くのだから休んでいた分の仕事の遅れを取り戻そうと小槌を握ると、鬼の形相をした舞衣に睨まれてしまう。
蛇に睨まれた蛙のようになった刀夜はしぶしぶと部屋へと戻り、今度はエイミィの相手をする。
前に買ってあげたお人形と一緒におままごとをする。エイミィが母親で刀夜が父親だ。そして人形が娘。よくある定番の家族ごっこ。
しかし刀夜はごく一般の家庭というものを知らない。
エイミィと息が会わず彼女から白い目で睨まれた。あわてて取り繕うがエイミィは遊び上手な美紀の元に行ってしまい、刀夜は部屋に取り残されてしまった。
子供の相手は難しいと大きくため息をつく刀夜。
ふと顔の傷口を触ってみると接合部は大きく盛り上がっている。まるでマンガに出てくる無法者だ。
体も色々とひどい有り様となっていた。リリアが帰ってきたらさぞ驚くことだろう。
「むしろ嫌われるかな……」
自分でさわってみても気持ちいいもではない。だがこれはある意味、自業自得、因果応報として受け入れるしかない。
ロイド議員の件は冤罪だとしても奴隷商人たちへの行いは間違いなく殺人だ。
この世界に生まれて、この世界の倫理観の中で育ったのならまだ救いがあったかも知れない。だが刀夜は日本人なのだ日本で生まれ日本の倫理観で育ってきた。
どれほど極悪人であろうと人殺しは良くない。殺せば犯罪者。そう教育を受ける環境で生きてきた。
しかし、この世界は殺人は罪でも相手が極度の犯罪者であれば容認されるような世界だ。自警団や傭兵は訓練でそのような罪悪感を抱かないようにするらしい。
そんな自警団に入った龍児たちは殺人をどう思っているのだろうか?
「ふ、あのバカがそう簡単に自分を曲げるものか……」
学校での龍児の印象はケンカバカの不良、関わりになりたくない人間頂点という印象しかない。たがここに来てからの龍児への印象は変わってしまった。
龍児が変わった訳ではない。自分の見る目が変わってしまった。あれは
だが自分の気持ちには真っ直ぐで決して仲間を見捨てたりしようとはしない。誰も死なせないなど、困難な道を平然と選ぶ。このような世界では不可能に近というのに。
では自分は賢かったのか? 結果はこのザマだ。
そして一度手を汚した男はずるずると深みに落ちてゆくのだと自分自身を呪いたくなる気持ちになった。
刀夜は心が重くなると頭中を振り払ってベッドに潜り込んでしまった。そしてそのようなことを考えないように今後の事を考えることにした。
特に元の世界に帰るためのキーパーソンは世界の破壊者ボドルド。彼は一体何を考えているのだろうか。
刀夜達をこの世界に転移させた割には本人はまったく姿を見せない。何か意味があるのだろうか?
だがこれはいくら考えても分かりはしない。
マリュークスの話によればボドルドは自分たちを殺せないらしい。だがもうすでに21名も亡くなっており、自分も一度死んでしまった。
呼び出したことに意味があるならなぜ助けない?
それともマリュークスの話は嘘なのだろうか?
「奴の目的はなんだ?」
いやそれは現時点でわかることではない。情報がなさすぎる。
では過去、彼は何をしてきたのか?
ボドルドとマリュークスは恐らく偽名だ。彼らは自分たちと同じく地球からきた地球人だ。そしてマリュークスはおそらく日本人である。この世界の文化を見れば間違いないだろう。
だがこの世界にやってきた者の中に帝国語を喋れるものがいた。
「400年も前にそんな人物がいた? 江戸時代だぞ!?」
むしろ帝国人が地球にきて彼らを連れて帰ったというシナリオならスッキリする。だがゾルディからはそのような話はなかった。
「目的はなんだ?」
帝国人に拾われた彼らは帝国人に科学を教えた。かわりに魔法を学んだ。帝国人は科学に興味を持っていた。
「だが江戸時代の科学ってなんだ!?」
エレキテルを発明した何とか源内という人も江戸後期の人物だったはず。
火薬か? いや魔法があるのに火薬などいらない。残念だがここは分からない。あまりにも情報が足りない。
その後彼らはどうなったのか?
帰る組と内部分裂を引き起こし、帰る組はどこかへと消え失せた。
消え失せた彼らはどこへいったのだろうか?
この地に散らばってこの世界の人々と入り交じったのだろうか? だとすればこの世界の何人かは地球人との混血児なのかも知れない。遺伝子上問題なければの話だが……
残った者達やボドルドはどうなった?
帝国人は科学を教えてもらえなくなったと不満をいだき、帝国と亀裂が生じることになった。魔法の研究の邪魔をされたボドルドは帝国を出てゆく。
だが帝国人はそんな彼を捕まえようとした。なぜ?
おそらくボドルドは危険な研究をしたに違いない。それが合成獣であり、クローンだ。科学と魔法の融合と禁忌への接触。おそらくその辺りだろう。
やがてボドルドとの間に戦争が起こって一度はボドルド側が敗退。
この戦争はどこで行われたのだろうか?
マリュークスの話にもゾルディの話にも出てこなかった。
2度目は巨人兵や合成獣によりボドルド側が勝利してそのまま帝国を滅ぼしてしまった。戦場は渓谷から帝国首都そして全域に拡大したと解釈して良いだろう。
「ボドルドはなぜそこまでしたのだろうか?」
しかしパズルのピースが少なすぎると嘆くと刀夜はベッドでゴロゴロと転げる。これを埋めるにはゾルディが言うように旧帝国首都へと赴くしかない。
刀夜はベッドから起き上がるとある人物宛に手紙を書いた。
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