第7章 奈落の谷の死闘編

第330話 シュチトノ砦

 シュチトノ奪還作戦は教団からの思わぬ妨害を受けたが自警団の奮闘により撃退に成功した。しかし人員への被害は大きく、15名の死者を出してしまった。


 そのため議会は作戦の継続について大きく意見が割れることとなる。予算面を危惧した議員に徐々に作戦の中止の方向へと傾き始めたとき、一人の議員がドラゴンモドキのデータを公開した。


 それは巨人兵に匹敵するほどの驚異であった。防御面では巨人兵に大きく及ばずとも攻撃面では巨人兵をもしのいでるとの見立てであった。


 そしてなにより恐れたのは巨人兵と異なり、教団がこれを作ったことにある。


 実際にはボドルドが大昔に作って放棄したものを利用しただけであり、量産には向いていない代物である。しかし、そのような理由を知らない議員達にとっては教団が作った新兵器にしか見えないのである。


 モンスター工場を放置してドラゴンモドキが量産されたら人類は死滅する!


 議員の悲痛な叫びは中止派の心を動かし、作戦の継続が可決された。


 シュチトノの街では拠点となる要塞化が完了した。要塞化といっても防壁の内側に簡易な防壁を作っただけの代物であるが、通常サイズのモンスターをしのげれば良いので外防壁に比べれば規模は小さい。それでも彼らが安心して休める場所を確保できたのである。


 また川辺には船着き場とそれを守るための簡易砦が作られた。基本的には木で組まれた非常に簡素な代物ではあるが、襲われても街からの増援がくるまで耐えればよいとのコンプセプトで作られたものだ。


 必要な資材もシュチトノの街から調達できたので安く済んでいる。


 船は街で作られて川下から補給物資込みで運ばれてきた。補給物資は川と陸路を使用して運ばれるが、メインは陸路である。


 船は数が足りないうえに緩やかとはいえ川を登るのでどうしても時間がかかってしまう。さらにこの後は兵員の輸送に使われるので空きがない。


 そんな彼らの作業が急に進んだのはビスクビエンツから派遣された部隊とも合流したからだ。ビスクビエンツの自警団の1警と2警そして傭兵団だ。


 砦は一気に大所帯となり賑わうこととなる。


「ここの砦も随分人が増えたな」


 街の砦は当初の予定より小さくなってしまっている。


 例のドラゴンモドキのせいで防壁に利用する予定だった壁となりうる建築物が潰されたせいだ。そのうえ、できていたところも潰されてしまい、完成を急いだゆえに小さくなってしまった。


「拍車をかけているのはアレのせいでしょ……」


 由美が呆れ顔でその原因に指を向けた。彼女が指摘したのは屋台だ。肉の串焼きを売っており、肉の香りを撒き散らして彼らの食欲を誘っている。そのような店がずらずらと列を成していた。


「いつの間にか沸いて、増えてんだよな」


「まったく、ここは最前線なのよ。いつモンスターに襲われるか分からないのに……」


「商魂たくましいこって……」


 彼らはボナミザ商会の息のかかった者達である。屋台のみならず建築機材やら補給物資の調達運搬も商会関係者が行っている。


 ボナミザ商会の名前こそ出ではいないもののスポンサーとして出資した以上は回収しなければならないと動いている。加えて街として機能し始めれば議会や経済で大きな力を得ようとする魂胆である。


 しかしそう簡単にいかないのが世の常で、かつてシュチトノ出身である金持ち達も同じ事を考えている。


 ここはモンスターの徘徊する前戦でもあり、裏では街の覇権を争う前戦でもあった。


「でも、こうやって美味しいものが食べられるのですから嬉しいです」


 そういって肉の串焼きにかぶりついているのはリリアだった。確かに最初のころはマズイ戦闘食に毛が生えた程度の食事しかありつけなかった。


 いまは屋台のおかげで街の店と遜色ない食事にありつける。


 リリアは楽しそうにはしているように見えるが、親友のティレスのことを相当気にしている。プラプティの街を脱出する際に生き別れとなり、再開できたと思えばボドルドの弟子となっていた。


 さらに彼女の左腕には奴隷の証が刻まれていたのだ。それは彼女もリリア同様に悲劇の運命に狂わされた証である。


 リリアは刀夜と出会ったことでそれ以上の悲劇は回避できた。しかし、彼女はどうなのか?


 世界を作り直したいと口にしたくなる程の不幸に見舞われたとしか思えない。さらに一緒に脱出したアンリはどうしているのか、他の人はどうなったのか?


 寝ても覚めてもリリアの脳裏にはそのことばかり考えるようになってしまった。美味しそうに肉を頬張っている今でさえ……


 龍児と由美は無理に笑顔を作ろうとしている彼女の心中を察する。


 その時だ龍児達の頭上から鐘の音がカンカンと鳴り響いた。龍児は思わず敵襲かと体をビクリとさせてしまう。


 防壁の監視塔で鐘を鳴らした男は皆に大声で叫んだ。


「ビスクビエンツから残りの部隊と補給物資が届いたぞー!」


 これでモンスター工場を攻略するための全部隊が集結した。これより数日後に再び戦いの火蓋が切られることとなる。


 工場にボドルドはいるのだろうか?


 龍児たちは何のためにここに転送されてきたのか?


 そして元の世界に帰れるのか?


 多くの疑問があるなか、彼らの帰還への残り時間は刻々と差し迫っていた。

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