第328話 ボドルドの弟子
「あ、あなたは……」
体に氷の刃を受けて大穴が空いたフラペティは見上げるように魔術師を見た。
彼にとって魔術師はよく知っている人物である。共に親愛なるボドルド様に忠誠を誓いし仲間である……であるはずだった。
なのにこの仕打ちは何たることかと理解ができずにいる。
「おや? どてっ腹にこんな大穴開けられてまだ生きてるの?」
「ど、どうして……わ、わたしは
「おやおや。なかなかどうして教団が勝手に作った代物にしては思っていたよりいいできだったようだね。ま、でも所詮は廃棄品だけどさ」
「わ、わたしは
「うわ、聞きに勝るキモさ!?」
魔術師は気持ち悪そうにドン引きしたようなポーズをとる。薬のせいでかなりイっているとは聞かさていたが、フラペティは魔術師の想像をはるかに上回っていた。
「ま、君のその純粋な忠誠心は、なかなかクルものがあるけどね。でも――……」
魔術師はポケットから赤い指輪取り出して指にはめた。それを見ていた龍児がレイラがそして自警団の面々が警戒をした。
「――君はボクの大事な人を殺そうたした……それは万死に値するよ」
長いつばの帽子の隙間から殺意の目がフラペティに向けられた。そして倒れている彼に手を伸ばす。
「――ニーディングミート・エクスキューション!」
倒れているフラペティの地面に魔法陣が形成される。
「な、なにを……」
聞いたこともない呪文に何だそれはと目を丸くした。次の瞬間彼の体はバキバキと音を立てて団子のように丸まってゆく。
「こ、これにやぁぁぁっぁぁぁぁッ、あべべべべばばばば…………」
訳の分からない断末魔をあげ、フラペティはバランスボールほどの大きさの肉団子と化する。だがその表面には手足の一部がはみ出しており、肉の隙間からギョロリとした目が恨めしそうに魔法使いを見ていた。
その光景を間のあたりにした自警団の連中は気分を害し、不快感を露わにすると、今にも胃の中のものを吐き出してしまいたい衝動に襲われた。
以前に教団本部を襲った際、由美は魔術師の事をへらへらと笑って人を殺すような者だったと言った。まさしく命をもて遊び楽しむかのような狂気を龍児は感じた。
魔術師はあたりを見回すと混乱した自警団の様子を
「いやだなぁーそんなに殺気だたなくとも何もしないよ。――今日のところはね」
魔術師はカラカラと笑う。いくら凄腕の魔術師といえど姿を現し、敵のど真ん中で堂々する様子はここにいる連中の実力など軽視しすぎではないか。
侮辱を感じた自警団がいつ爆発するか分かったものでないといのに。
「今日はね、彼女に用があるんだよ」
そう言って杖を突きだして指し示したのはリリアだ。
龍児が咄嗟にリリアの前に立って彼女の盾となる。リリアはなぜ自分なのかと思いつつも、その声にどこか懐かしさを感じた。
「わからない? ボクだよ。2年もたったらもう分からない?」
「2年!?」
2年前……忘れるはずなど無い。それはつまり故郷プラプティと家族を失ったあの日……
「まさか……その声……」
リリアは危険もかえりみず龍児の前へとでた。魔術師も一歩二歩とゆっくり近づいてきて三角帽子を取る。
天然パーマの入った癖のある短い髪の毛が特徴的で幼げな丸みを残した顔立ちに添えられた円らな瞳は忘れるはずもない。
同じ聖堂院で共に学び、遊び、笑って、帰り道に一緒に甘いモノを口にして将来を語った。プラプティを脱出する際に生き別れとなった大事な親友……
リリアの目に涙が溢れる。
「――生きて……生きていてくれたのね……」
死んではいないと願いつつも、もう二度と出会うことは叶わないと意地悪なもう一人が囁いて諦めそうになった。
「――ティレスちゃん…………」
歓喜極まったリリアの目から涙が零れた。
「うん生きてたよ。リリアちゃんもよく生きていたね」
ティレスは優しく微笑むとリリアは彼女の元へと走り出した。お互い抱き合い感動の再開を果たす。
――こんなに嬉しいことはない。彼女は生きていた。
止めもなく涙が溢れて何度も彼女の名前を呼んだ。
「ティレスちゃん! ティレスちゃん! ティレスちゃん!」
「リリアちゃん……」
しかし龍児には腑に落ちず嫌な予感がどんどんと高まっていた。確か由美の話では魔術師は少年と言っていたはずだが彼は彼女だ。やや少年のような面影はあるが女性だ。
それに加え彼女からは狂気の影がどうしてもちらつく。彼女はダリルを暗殺し、教団を壊滅させ、たった今フラペティをも
そしてマリュークスからは彼女はボドルドの弟子だと言われており、気を付けるようにとも忠告も受けていた。
――どうする? リリアを引き離したほうが良いか?
だが今そんなことをしたらフラペティの二の舞になりそうな予感がする……
迷いが生じた龍児は動けなくなってしまった。
ティレスはリリア耳元でそっと囁いた。
「今日はね、リリアを誘いにきたんだ。ボクと一緒にいかない?」
「え? ど、どこにいくの?」
リリアの問いにティレスは万勉の笑みを浮かべて答えた。
「
ティレスはリリアの両手を掴んで楽しそうにする。
「な、何を言っているの? 分からないよティレスちゃん……」
リリアもさすがに彼女が変だと感じた。一体彼女の身に何が起きたのか、離ればなれとなってその後、彼女はどこで何をどうしていたのか?
「あたしたちでこの間違った世界を作り直すのよ!」
――違う。ティレスはこんなこと言わない。
彼女は姿が似ていてもまったくの別物のように感じ始めた。ティレスはリリアに同意を求めてさらに強く手を握りしめた。
彼女は常軌を異している。――普通じゃない!
「テ、ティレスちゃ……」
その時リリアはハッとした。リリアの手を掴んである彼女の左腕の手首に奴隷の刻印が印されていたのを。
リリアは青ざめる……彼女は、ティレスは自分と同じ地獄に落とされたのだ。
リリアの様子がおかしくなったことにティレスは気がつく。そして魔術師の服の袖がめくれていることに気がつくとあわてて手を後ろに隠した。
見られたくなかったと彼女の顔が歪んだ。そして歪な笑顔でリリアを見つめる……
その気持ちはリリアには痛いほど分かる。自分も同じだから……
「きょ、今日はねそれだけ伝えにきたの……次までには考えておいてね……」
ティレスはリリアから離れると手で薙ぎ払う仕草を取った。彼女の足元に魔方陣が形成されるとつむじ風が巻き起こり、ティレスは宙に浮く。
「待って! ティレスちゃん!」
だがリリアの呼びかけには応じず彼女は空高く舞うと東の空へと飛んでいく。
「ティレスちゃん……」
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