第327話 フラペティ・バックス3

 広場には巨大なドラゴンモドキの遺体が転がり、それを倒そうとした自警団の面々は息を飲んで龍児の闘いを見守っていた。


 彼の奮闘に当てられた腕に覚えのある者は、龍児が倒れたら次は俺だと闘志を煮えたぎらせている。


 そして当の龍児はフラペティと互角の闘いを演じていた。だが身体強化魔法を使ったとしてもスタミナの消費は起こる。


 そしてそれは合成獣と化したフラペティも同様だ。


 スタミナが切れてくると互いに負傷を負うようになった。いまはまだ皮一枚で済んでいるが、すぐにそうはいかなくなるだろう。


 リリアは龍児を援護すべく杖を掲げて呪文の詠唱に入った。


 巧みにヒットアンドウェイ繰り返すフラペティの攻撃にいよいよ龍児が怪しくなってきた。踏み込まれる距離がどんどん深くなっている。


「くおのっ!」


 強引に反撃でたものの虚しく空を切る。バックステップで軽くかわし、この勝負に先が見えたと確信した。


 ドンッ!


「ひょえ?」


 何かが背中に当たった!?振り向けばそこにはプロテクションウォールが壁を作っていた。


「きょえええええええええーっ!!」


 突如後ろへの逃げ場を失ったフラペティが奇声をあげる。そして龍児はそのチャンスを逃さない!


 大きく踏み込んでの最速最短の剣を振るう。


 ザクッ!


 手応えがあった!


 宙に舞ったのは奴の尻尾だ。


 間一髪フラペティは横へと逃げたのだが……間に合わなかった。


 地面をゴロゴロと転がって即座に体制を立て直す。だが彼が目にしたのは地面の上を打ち上げられた魚ようにビチビチと跳ねている自分の尻尾である。


「あたあたあたあた、あたしのベティちゃんがあああああッ!!」


 フラペティは頭を抱えてこれでもかと言わんばかりに仰け反って悶絶していた。


「ベティ……ちゃん?」


 突如振って湧いた謎の名前に龍児は困惑を覚える。


「ベティってのはこれのことか?」


 ビチビチと跳ねている尻尾を龍児は野太刀で突き刺して持ち上げた。


「おおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 龍児はムンクの叫びのように青ざめているフラペティの前に尻尾を投げ捨てた。


「自分の尻尾に名前なんかつけるとかどれだけキメェんだよ」


「オロローン! がッでぇーむ!! りぅーじぃー抹殺まっさつ撲殺ぼくさつ虐殺ぎゃくさつ抹殺まっさつ絞殺こうさつ惨殺ざんさつ殺殺殺殺殺うううううう!」


 血の涙を流して自分の尻尾をガジガジと噛りながら恨み言を垂れた。


 フラペティは教団では選ばれしエリートである。最も優秀で信仰厚く、戦士なのだ。


 そして合成獣という誉れ高き栄光受け、周りの者より羨望の眼差しを受ける存在となったことで彼はそれが何よりのホコリである。そのプライドをリリアと龍児によって今砕かれた。


「はっ! 『抹殺まっさつ』が二回あったぞ、やれるもんならやって見やがれェ!!」


 龍児がフラペティに斬りかかろうとしたとき、体から放出していた金の粒子が消えた。そして手にしていた刀がズシリと重くなる。


 何が起きたか察した龍児はギクリとする。よりにもよってこのタイミングで魔法の効果が切れるとはなんと運が悪いのか!


 龍児は自分の不運を呪う。


 そしてフラペティはこのチャンスを逃さない。即座に突っ込み龍児を襲う!


「キョロロロロロロロローーーーッ」


「もうテメェーはウゼェんだよ!!」


 もはやチャンスはここしかない。ここを逃せば速度差で捕らえられなくなる!


 龍児も渾身の力で刀を振り下ろした。


 ――両者の間に鮮血が散った……


 龍児を狙ったフラペティの左腕は野太刀により切断され、大量の血を吹き出した。だが左腕ごと折れた蟷螂かまきりの鎌ような刃は龍児の胸に刺さってしまっていた。


「いぎやああああああああっ!」


 血を撒き散らしながらゴロゴロとあちらこちらをのたうち回るフラペティを他所に龍児は一歩も動けない。


 突き刺さった刃は心臓の間近なのだ。


 一歩でも動いたら心の臓に突き刺さりそうだ。


 龍児の額に激しく冷や汗が流れた……


 鼓動している心臓すら止めてほしいほどである。最も止めたら本末転倒ではあるが。


「龍児!」


「龍児様!」


 剣を振り下ろしたまま固まっている龍児の元にレイラとリリアが駆け寄る。彼の胸には敵の砕いた刃の先端が胸の中心をわずかに反れて刺さっていた。


 しかしながら血はあまり出ていないあたり急所は外れたのだろう。だがこれではいつ心臓に突き刺さってもおかしくはなく、龍児がなぜ動けないのか理解した。


「り、龍児……」


「ぬ、抜いてくれ……」


 少しでも動けば心臓に刺さりそうで自分では抜けそうにない。レイラとリリアは互いに目を合わせると頷いた。


「行きます。ヒール!」


 リリアはグレイトフルワンドに登録しておいた魔法を呼びだす。魔方陣が展開されて傷口が塞がり始めた瞬間、レイラは慎重に刃を抜いた。


 回復魔法が効いているのもあり、大した出血もなく塞がると彼の胸には傷跡が残った。だが刃物が鋭利だったせいか、とりわけ目立つような傷口にはなっていない。


「ったく……生きた心地がしなかったぜ」


 龍児は命を脅かした刃が無事に抜けて安心しきる。まるで悪魔に心臓を掴まれたかのような経験であった。


 回復魔法が施されているとはいえレイラが抜く瞬間もヒヤヒヤだった。


「まったく。見てるこっちのほうが寿命縮まりそうだ……」


 なんとも心臓に悪い戦いとその結末だったと、胸がムカムカとしてきたレイラは思わず自分の心臓に手を当てた。


 彼らが一安心したところで肝心のフラペティがどうなったのかと振り向くと奴はなにやらピクピクと震えている。


 合成獣となり生命力が強くなったせいか、彼はまだしぶとく生きていた。


「どうする? お前が勝ったんだ止めを刺すか?」


 レイラはさも勝者の権利だとばかりに尋ねてくる。しかし龍児は首を振ってその申し出を拒絶した。


「俺は人を助けるために自警団をやってんだ。人を殺すためじゃねぇ」


「人? あれはもう人とは呼べる代物ではない」


「それでもだ。奴は元人間だ!」


 龍児の毅然とした態度にレイラは無理強いはできないかと諦めた。そもそも本人がいうとおり龍児にそんな事は似合わないだろう。


 豪快に剣を振る舞って戦っていても彼の原点は人を助けなのだ。龍児からすれば人殺しなど言語道断である。


 とはいえ、このような世界だ。生き延びるためにはやもえない場合があるのも重々承知している。だからこそしなくても良い殺生ならば彼は殺したくはないのだ。


 そんな龍児の言葉を聞いてリリアは回復魔法を施そうと歩み出たときだ。突如、天から巨大な氷の刃が落ちてきてフラペティの体を貫いた。


 龍児は慌ててリリアの盾となるべく彼女の前に出る。


 一体誰が? どこからの攻撃なのか?


 皆が氷の刃が飛んできた空を見上げる。


 そこには唾の広い三角帽子と魔法使いのマント。そしてグレイトフルワンドと見劣らない杖を持った魔法使いが飛んでいた。


「あ……や、奴は……」


 龍児は忘れはしない。それはマリュークスの館に飛んでいったあの時の魔法使いであった。


「ボドルドの弟子……」

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