第324話 本当に狙われたのは誰か

 謝罪の言葉をかけたものの刀夜は無言でシカトを決め込む。アイリーンは困り果ててベッドを迂回して刀夜の前にて再び頭を下げた。


 ――が、刀夜は顔なんぞ見たくもないと子供のような態度でソッポを向いた。


「刀夜君。気持ちはわかるけど、アイリーンさんだってこんなことになるって思わなかったはずよ」


 舞衣がアイリーンたちを不憫に思ってフォローにでた。


「そうだよ刀夜……怒りを向けるべき相手は教団じゃないのかい?」


 確かに元凶という意味ではそうだ。刀夜もその理屈は分かっている。


 だが折角自警団組織内部の掃除をやったのに手抜きした結果がこれでは意味がないではないか。


 そもそも彼らがちゃんと連中を捕まえていればロイド上議員は死ななかったし、自分もこんな目には会わなかっただろう……


 だが、そんな言い訳ばかり考えていると心にすきま風が吹いたような気がした。心が寒い……リリアに会いたい……彼女の体に顔を埋めたいそんな思いが沸き起こる。


 リリアは無事だろか………………


 ――無事?


 刀夜は急にラミエルの言葉を思い出した。


『特にテメーとテメーの女、そして教団を潰してくれた大男。やつらには自警団もろとも死んでもらうぜ』


 確かそう言っていた。『もうすぐ青ざめることになる』とも言っていた。


「しまった! リリアが危ない!」


 刀夜は突然大声をあげてベッドから飛び出そうとした。だが全身に激痛が走ると体の自由が効かず、ガタガタと音を立ててベッドから落ちてしまう。


「刀夜だめだよ、そんな体でどうしようっての?」


 刀夜は晴樹に掴まり、理由を口にした。


「奴らリリアを狙ってやがるんだ。助けに行かなくては」


「な、なんだって!?」


 てっきり狙われていたのは刀夜だと思っていただけに衝撃的な話だ。だがここからシュチトノまではあまりにも遠すぎる。


 向こうには各街の自警団が集まっており、巨人兵でも連れてこないかぎり教団が勝てるはずがないそれを分かっていても教団の二人は勝利を確信していた。


「俺なんぞリリアへの当て付けなだけだ。奴らの目的は教団をぶっ潰したリリアと龍児だ」


「だけどその体じゃ無理だよ」


 確かに体がいうことを効かない。動けるようになるには数日は必要とするだろう。刀夜の目に涙が溢れた。


「なんで、あいつがピンチのときに限って俺の体は……なんで側にいてやれないんだ……」


 悔しさを晴らすように床を何度も叩いた。教団の時も今回も身動きできない自分を呪った。


「見くびるんじゃネーヨッ!」


 突然大声をあげたのは颯太だ。


「オメー、あいつに頭下げてまで頼んだんだろ!」


 颯太は腕を組んで刀夜を見下ろすように睨む。


「龍児はよォ……教団の連中なんかに、リリアちゃんに指一本触れさせねーよ!」


「…………」


 落ち込む刀夜に舞衣はそっと手を差し伸べて、彼を抱き起こす。


「そんな体で今から行ったって……刀夜君だってまだ狙われているかも知れないのよ。危険だわ」


「舞衣のいうとおりだよ刀夜。今は龍児に任せよう。由美さんにも頼んであるんだろ?」


「なんだよ、由美にまで頼んでいたのかよ……」


 そんなに龍児が信用できないのかと颯太は落胆した。二股かけられたような気分になってくると、やはりコイツは嫌いだと再認識した。


「刀夜殿、向こうとは毎日の補給部隊を使って情報交換を行なているが、今のところ教団が出たなどという話はでていない」


 アイリーンから攻略部隊からの情報を教えてもらった。今のところ順調に攻略は進められているとのことだ。


 だが教団が現れてからでは遅いのだ。しかし冷静になってきた頭は舞衣のいうとおり今の自分が行ったところで足手まといでしかない。


 刀夜はその事を理解すると二人の肩を借りて再びベッドへと戻った。ともかく今はリリアの無事を祈るしかない。


 アイリーンたちは刀夜の話が気になり、部屋をでると自警団本部へと戻った。


◇◇◇◇◇


 晴樹と舞衣が二人並んで家へと帰路についた。まる一日刀夜に付きっ切りだったので颯太と葵に代わってもらったのだ。


 すでに日が沈みかけて西の空は赤く、東の空は暗くなり星が見えている。メインストリートを抜け、徐々に家や人通りが減ってゆく。


「でも、あんな刀夜君初めてみたわ」


「リリアちゃんのことが大事みたいだね」


「彼、もっと冷静冷淡で強いかと思ってたんだけど……」


 教団事件の時でもあれほど慌てる姿は見せなかった。それなのにあれほど弱々しく見えたことが意外だった。


「刀夜は繊細だよ? 傷つくのが嫌だからあまり人とは接しないようにしているし」


「確かに学校での彼はそんな感じだったわね」


 いつも一人で大人しくしてて、自分から人に接しようとはせず、目立たないようにしていた。オタクだのなんだのと揶揄されてもどうでもよいという感じで、そういった輩とは特に距離をとっていた。


「ああ見えても意地っ張りでプライド高いからなおさらね。人とは衝突しやすかったんだよ」


「困った人……でもあんなふうに慌ててる彼のほうが私は好きだけどね。人間味があって。熱を感じるわ」


「ありがとう。でも、それもみんなリリアちゃんのお陰なんだよね……ぼくじゃ刀夜の心の傷まで埋めてあげれなかった。あの娘と出会って刀夜は変わったよ」


「そうねー。随分素直になってきたし。あ、でもスタンドプレーは許せないわっ! 心配ばかりかけさせるんだから」


「副委員長は苦労性だね」


「あ、副委員長って言ったわね!」


「ごめんごめん、まだ気にしてるんだ。拓真に負けたこと」


「な、なんでそんな事知っているのよ」


「バレバレだよ。あの開票前と後の落差をみれば……」


 勝気で天を見上げんばかりに自信にあふれていた彼女の表情は開票後には肩を落として死んだような目で沈み込んでいたのだから。


 晴樹は笑いを堪えようとするがつい漏らしてしまう。


「もう誰にも言わないでよ!」


「多分みんな知ってるってもうけどなー」


「んもう!!」


 舞衣は顔を真っ赤にして怒った。

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