第323話 目覚めた刀夜

 刀夜が蘇生してから二日が経過した。目をあければ見覚えのない天井……


『ここはどこだ?』


 どうやら自分はベッドで横になっているのは分かる。そして体中が痛い。特に顔が痛い。


 右には仕切りのカーテンがあるため隣が見えない。頭上に窓があるのか光が差し込んでいるようだ。


 そして左には晴樹と舞衣が小さなテーブルを挟んで何かオセロのようなゲームをしている。声を出そうとするがうまく声が出せない。


 一体自分の体はどうなったのか?


 覚えているのは殺すことを前提とした拷問を受けたことだ。それは耐えがたい苦痛の連続であり、何度も何度も何度も何度も何度も気を失った。


 なぜ生きている?


 途中からは頭の中がぐちゃぐちゃとなり、殆んど覚えていない。覚えているのは自分は死ぬんだということ。因果応報という言葉が何度も頭を過った。


 奴隷商人たちを復讐心に駆られて殺してしまった。自分未熟な作戦で自警団団員を死に追いやった。命欲しさにクラスメイトを犠牲に仕立てた。親をこの手で殺してしまった。


 今度は自分だと思った……


「あ、刀夜!」


 刀夜が目を醒ましてこちらを見ていることに晴樹が気づいた。彼らは颯太から連絡を受けてずっと看病していた。


「刀夜君!」


 舞衣も声をかけずにはいられなかった。連絡をうけたときは信じられない内容だった。刀夜は要人用の牢屋に入っているとのことだったのに拷問を受け、あまつさえ一度死んだのだと。


「あ、あなたという人は……」


 舞衣は再び涙を流した。この部屋に通されて刀夜の無残な姿を見せられたときは、まるで気がふれたかのように彼女は泣きじゃくっていた。


 もうこれ以上クラスメイトを失いたくない。なのにいつも無茶無謀なことばかり、いつもボロボロになっている。


 刀夜は確かに色々と凄いと言える。彼のようなことは誰にもできない。しかし、それはどこか不安定でいつか死んでしまうのではないかと心配だった。


 そしてそれは現実となった。蘇生したのは奇跡だ。そしてそんな奇跡はもう二度とこないだろう。


「人の心配なんかそっちのけで、いつもいつも危険なことばかり……あたしたちの気持ちなんかどうでもいいって言うの?」


 ベッドの横で涙を流しながら訴える彼女に刀夜は申し訳なく思った。彼女の流した涙がシーツを濡らす。


 刀夜は震える手で舞衣の手を掴んだ。そして何かを語ろうと口をパクパクとする。


「え、なに?」


 彼が何を言おうとしているのか聞こえないと顔を近づけてみる。だが刀夜に変わって晴樹が答えた。


「多分、ごめんって謝ったんだと思うよ」


 晴樹の言葉に刀夜は頷いた。しかし、この人は本当に反省しているのだろうかと不安になる。刀夜は再び口をパクパクと動かした。


「ええっと……」


「ああ、多分水だね」


 晴樹の言葉に再び刀夜が頷く。先ほどから口の中も喉もまるで一切の水分がなくなったかのようであり、そのために声がでないのだ。口の中は古びた油紙かのようにバリバリである。


「よ、良く分かるわね……」


 二人のあうんの呼吸に舞衣はどうして分かるのかと目が点となった。


「まぁ、付き合い長いからね……」


 ――おしどり夫婦か!


 おもわず突っ込みを入れたくなる。晴樹が水飲みを舞衣に手渡すと彼女は刀夜に飲ませた。


 水を染み込ませるようにゆっくりと飲むと。自分は生きているのだと実感した。同時に多くの犠牲の上に生きてる癖にまだ生にしがみつくのかと自分に呆れた。


「いよう! 気が付いたかCH」


「?」


 部屋の扉を開けて入ってくるなり訳の分からないことを言い出したのは颯太だ。葵も一緒に入ってきて刀夜と目が合うと赤面した。


 CHがなんのことかサッパリわからず刀夜は呆然とする。どこぞの首相孫の歌手みたく、言葉の頭文字遊びかと思い、該当しそうな言葉探してしまう。


「ちょ、ちょっと颯太さんなんてこと言うの!」


 それが何なのかすぐに分かった舞衣が怒っている。晴樹も困ったような顔をしているので二人ともそれが何なのか知っているようだ。


 恐らく颯太はもう何度もそのネタを使っているのだろう。人が気を失っているのをいいことに。


 ――分からないののは自分だけか?


「だってよう。誰がどう見たってどこぞの宇宙海賊じゃねーか」


 何のことか分からないが、とにかく侮辱されたことだけは分かった。


「――どうなったんだ?」


 状況が飲み込めない刀夜は説明を求めた。特に拷問のあととか自分の今後とか……


 刀夜の記憶では裁判待ちだったはずである。それも死刑確定の……


 その事に関しては葵から説明をうけた。そしてその内容に驚きを隠せない。特に自分の偽物の話とか。


「いやいや、先に死んだことに驚けよ!」


 刀夜には自分が死んだなどと、そんな実感はない。何しろ目覚めるまでの記憶がない。


 それよりは拷問の受けた内容のほうがおぞましかった。相手はプロの拷問官だ気絶などさせてくれはしないだろう。なのに記憶がないということは……


 ――いちど壊れたな……


 よく戻ってこれたなと、そのことが奇跡だと感じた。でなければ再びトラウマものだ。


「葵、颯太……助けてくれてありがとう」


「――お、おう…………」


 素直にお礼を言ってくる刀夜に対して、喜んで良いのか不気味と思うか颯太の中で複雑な感情が入り交じった。しかし、いつも見下している相手から感謝されるのは悪くはない。


 ほどなくして刀夜が気がついたと連絡を受けたアイリーン分団長とクレイス副分団長が見舞いにきた。部屋では舞衣が刀夜の体を拭いていたのだが、彼の全身に刻まれた傷に目を覆いたくなった。


 鞭で裂かれた皮膚はまだましだがナイフや楔の跡はくっきりと残ってしまった。


「こ、このたびは大変申し訳ありませんでした……」


 二人揃って深々と頭を下げた。刀夜の偽物を捕まえて裏がとれた以上は彼は冤罪ということになる。


 教団の陰謀とはいえ自警団内で敵を抱えて見破れなかったのは自警団の落ち度だ。本来ならば団長が謝罪すべきだが留守なので階級的に分団長が現時点での最高位なので彼女が謝りにきた。


 刀夜は二人の姿を見るなり腹立たしさが沸き起こり、返事もせずそっぽを向いた。


 ――嫌われた……怒ってる……当然か……


 気が狂わんばかりの拷問を受けたあげく一度死んだのだ当たり前の反応だといわざるを得ない。それに加えてリリアの配属問題もある。下手な謝罪をすると彼を敵に回しかねない……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る