第321話 決着ドラゴン野郎

 白煙を上げて炎と煙の中を飛翔する矢。


 風と矢の重量を考慮して狙いを定めたはずだが、噴出する炎のごく僅かな差は弾道をずらした。


 だが目標となるドラゴンモドキの巨体を完全に捕らえており、左脇腹へと着弾!


 矢の先端のプローブが押し込まれると、世界を震わすような爆音と共に炎を上げた。


 黒煙と共に舞い上がったのは千切れたドラゴンモドキの腕。空高く血しぶきあげて舞った。


「よしッ!」


 由美は珍しく手応えを感じて思わずガッツポーズをとる。


 耳を突くような轟音が目の前で起きると龍児とリリアは驚いた。


 目の前のドラゴンモドキが突然何かの攻撃を受けて左腕を吹き飛ばされたのだ。龍児達に血と肉片が降り落ちてくる。


 だが何が起きたのか理解できない龍児は呆然とする。状況を理解しているのは火薬武器の存在を知っていたリリアと由美だけである。


 リリアは由美が最後の手段を使ったのだと理解する。そして攻撃した当の本人は慌ててその場から逃げ出した。


 何しろ飛翔した矢は白煙上げて飛んでいったのでどこから撃ったのかまるわかりである。自警団に見つかれば問われて火薬の件がばれる可能性がある。


 体に染み付いた硝煙の臭いは致し方ない。現場を押さえられるよりはましであった。


「一体何が起きたんだ?」


 もはや接近戦で時間稼ぎをするしかないと覚悟を決めていた龍児は間抜けな表情で驚きを隠せなかった。


「恐らく刀夜様の火薬を使用したのでしょう」


「はぁ? ヤツがここに来ているのか!?」


「武器を使ったのは託されていた由美様ですよ」


 龍児は「そうなの」と一言だけ返すと、リリアを頼まれたのは自分でけてはなのだと気づかされた。信頼されていないのかと不服な顔をする。


「龍児様、この武器のことは誰にも言わないで下さい」


「どうしてなんだ」


「詳しく説明している暇はありません。何を聞かれても知らぬ存ぜぬで通してください」


 龍児は今一つ納得行かないといった顔をしたが、再びリリアからお願いされて秘密にすると約束した。


「二人とも大丈夫か?」


 駆けつけてきたレイラが二人を心配した。何しろあのブレスの中で生きているとは信じ難いような話である。他の者は消し炭にされてしまったというのに。


「なんとかな。リリアのお陰で命びろいしたよ」


 グレイトフルワンドに回復魔法を登録しておいたのが幸いした。いちいち詠唱していたら回復が間に合わず龍児は焼け死んでいたであろう。


 しかし助かったとはいえ、体が焼かれていたことには変わりはなく、龍児の背中は日焼けした以上に痛い。消し炭にならなかっただけマシであると諦めてはいるが。


「にしても先程の音はなんだ?」


「さ、さあな……」


 龍児はごまかすように目を反らしてドラゴンモドキを見上げた。レイラもつられて無惨な姿と成り果てたドラゴンモドキを見上げる。


 由美の放った矢は左脇に当たっており、爆発の威力で左腕が肩からもげて失っていた。さらに着弾点の左脇は胸の辺りから肉を抉られて肋骨と内臓を晒している。


 そんなドラゴンモドキは片膝をついて項垂れるように停止していた。


「しかし、巨人兵に匹敵するモンスターがいるとはな……」


「モンスター? レイラはこれがモンスターに見えるのか?」


「……どいうことだ?」


 レイラは初見でこの生物をモンスターだと思った。特に理由はなくその辺りのモンスターと同列と感じていた。


「俺には兵器にしか見えないぜ」


「へ、兵器……巨人兵と同じだというのか!」


「ああ、生物兵器……なんかそのほうがしっくりくるぜ。特によこの甲殻部分なんかまるで鎧みたいじゃねーか」


「――なるほど……確かに甲殻生物は基本全身が甲殻でできている……と、考えれば一部しか覆われていないコイツの甲殻はさしずめ鎧か」


「それだけではありません。魔法も使ってきました」


 リリアの決定的な意見にレイラは頷かざるを得ない。確かに魔法を使える生物は人間しかいない。


 ――魔法を使える生物は人間しかいない……人間……


 レイラは急にそのことにリセボ村の合成獣の一件を思い出した。


「ま、まさか……」


 嫌でも教団のことが脳裏にちらつく。その時、ドラゴンモドキの頭が急に持ち上がった。爆発の影響で片目を失っているが、もう一方の目は鋭く龍児を睨みつけてくる。


「こ、こいつまだ動くのか!?」


 レイラが慌てふためく。人間なら間違いなく即死級のダメージだ。それでも動く。


「化け物め!」


 相手のしぶとさにレイラは言葉を吐き捨てた。だがさすがにダメージが大きすぎたのかその動きは鈍い。


 口元からは荒い呼吸と血が漏れている。人間なら肺が潰れている場所なのだ。


 ブレスは来ない!


 龍児は咄嗟に判断した。


 相手の足元なら尻尾の薙ぎ払いの死角にもなる。唯一踏みつぶされないことだけ注意すればいい。恐怖心を心の奥底にねじりしまい込むと勇気を奮い立たせた。


「うおおおおおっ!」


 一気に間合いを詰めて得意の薙ぎ払いの体制に入った。

 相手は立ち上がっているがフラフラの状態でスキだらけである。ならば狙う個所は一つ!


 龍児の渾身の一振りが火を噴く。空気を震わせる鋼の剣がドラゴンモドキの足首へ食い込む。


 しかし激しく金属音を立てたにも関わらず、龍児の渾身の一撃でも太く固いドラゴンモドキの足を切り裂くことはできなかった。


 だがそれでも相手は体制を崩した。残った右腕で瓦礫と化した廃墟を掴んで倒れるのを拒む。


 龍児は咄嗟に体制を変えて今度は反対の足首を狙った。

 大きく踏み込むことで剣の威力を引き上げる!


「もう一丁おおお!」


 奥歯を噛みしめて力を振り絞る。


 ガキィーーーーッ。


 再び鈍い音が鳴り響いた。足首に食い込んだバスターソードはまたしても振りぬけなかった。


「くそう、なんつー硬さだ!」


 滑りのあるような光沢のある赤い鱗は見るからに堅そうではあった。分かっていたが実際に目の当たりにすると腹立たしい。


 だがドラゴンモドキが虫の息であることは間違いない。


「一気に畳みかける!」


 龍児は力任せにバスターソード何度も振りかざした。


 その時だ背後から大きな歓声があがった。レイラが後ろを振り向くと体制立て直したジョン団長を筆頭に自警団の軍勢が押し寄せてくる。


 すでに大ダメージ受けて瀕死状態になっているとはいえ、巨大な敵を前に奮闘している龍児にジョンは驚きを覚える。


 バトルアックス、モーニングスター、ハルバードといった重量武器を構えた突撃隊が敵に襲いかかった。


 重量武器は強固な装甲をもつ敵に有効な武器である。龍児のバスターソードも重量武器ではあるがその比重は厚みより長さにおいているため、このような乱戦の殴り合いになると邪魔となるうえ効果的ではない。


 それが分かっている龍児は彼らと入れ替わよう様に後退した


「はぁー……またこのパターンかよ……」


 リセボ村に続いてまたしてもおいしい所を持っていかれた龍児は肩を落とす。しかも今度は由美と自警団にである。


 そのような龍児に対し、彼の心境を察したレイラが龍児をなだめるように肩を叩いた。

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