第319話 切り札は由美

 龍児達を襲ったドラゴンモドキに正式な名称はない。


 このモンスターはボドルドが巨人兵ができる以前に考案して開発をしていたものだ。だがより強力な巨人兵を思いつくとこの開発は放置されてしまった。


 ドラゴンモドキは研究という点では面白い代物であったが量産には向いていなかった。欲張り過ぎてあれこれ能力をつけすぎたのだ。


 そしてなにより寿命が短かく、稼働を初めると十数年しか持たないだろうと予測し、実際そのとおりであった。


 見捨てられたドラゴンモドキは凍結されたが教団側がそれを無理やり改良して完成にこぎつけた。最も殆ど完成していたも同然の状態だったのだから彼らでも行き詰まることはなかった。


 ドラゴンモドキは教団の拠点を潰された腹いせとして送り込まれた。特に壊滅の要因となったリリアや龍児に対しては恨みが募っている。


 ドラゴンモドキのブレスがリリアと龍児を襲った。渦巻く炎は彼らの予想を遥かにうわまる威力であった。


 龍児はリリアを庇うように抱きしめて壁を盾に伏せた。そこにリリアが蓋をするようにプロテクションウォールを展開した。だが熱までは遮断できず龍児の背中を焦がす。


「ぐうう」


 肌を突き抜けるかのような高熱の痛みが背中に走ると思わず呻き声をあげてしまった。必死に耐えようと力むとリリアを包んでいた腕に力が入る。


 龍児はじりじりと熱に焼かれると昔の記憶を引きずり出された……


 家が火事となり目の前で母親だけが助けられてゆく。自分はここだと助けてくれと叫んでも声にならなかった。


 だがそんな自分を助けてくれたのはレスキュー隊の父親だ。炎に焼かれ、煙に巻かれ、猛毒舞う煙のなかで自分の酸素マスクを息子にあてがった。


 後に父親曰く――。


「レスキューは自身が死んだら負け。その時点で要救助者が一人増えることとなる。だから必ず生還する。その確率をあげるために自身を鍛え上げ、仲間で助け合うのだ」と。


「ああ、そうだよ……こんなことで死んでたまるか。そしてこの娘も必ず助ける!」


 龍児の体に包まれ、周りは見えずとも突き刺さるような暑さで炎に包まれていることはすぐにわかる。


 このままでは龍児が危険だ!


 リリアは龍児に守られてもなおこの熱量なのかと焦りを感じた。プロテクションウォールでガードしていると言えど直接熱を浴びている龍児のダメージは自分の非ではない。


「ぐうう!」


 再び龍児が唸りをあげて必死に耐えている。


「ヒール!」


 二人の間に挟まれたグレイトフルワンドから回復魔法が展開されて二人を癒す。だが回復より早く次々と熱が襲いかかる。


「ヒール! ヒール! ヒールッ!」


 呪文を唱えるたびに喉が焼けそうになる。だが回復魔法の多重がけによりダメージと回復がほぼ均衡した。


 そしてドラゴンモドキは吐き出したブレスを薙ぎ払うようにして辺りに撒き散らす。その炎は再度バリスタを装填して撃とうとしていた部隊へ向けられた。


「うぎゃあああッ!!」


 ドラゴンモドキは辺り一帯にブレスを撒き散らして炎の海へと変えてゆく。


 そして壁に隠れている自警団には氷の刃の魔法、アイスブラストで壁を粉砕し、再びブレスを吐き出した。


 僅か一瞬だ。


 ドラゴンモドキが現れてあっという間に辺りは地獄絵図と化した。


 リリアはかろうじてブレスに耐えた。それもこれも龍児が体を張ってくれたおかげだ。だがその龍児は無事なのだろうかと彼の安否か気になる。


「りゅ、龍児様……」


 ブレスが過ぎ去った今の内に移動したいのだが龍児の体はピクリともしない。


「龍児……様?」


 再度名前を呼んでみるもピクリともしなかった。彼の呼吸は聞こえているので生きているのは確かだ。ダメージで動けないのだろかとリリアは再びヒールを施した。


 ようやく龍児はもそりと起き上がる。


「うう……よぉ大丈夫か?」


 満身創痍の癖に自身より人の心配をしている場合なのかとリリアは呆れた。火傷は回復しただろうが全身を焼かれた痛みは尋常ではないはず。


「はい。龍児様のおかげさまです」


「違うな……」


「え?」


「二人で勝ち取った生だ!」


 龍児はガッツポーズをしてみせる。


◇◇◇◇◇


 ドラゴンモドキの登場で自警団の統率はバラバラとなった。だがそれでも指揮系統にそって個別で指示が飛び交う。


 しかし、どんな命令であろうと共通しているのは一つ、合流して部隊の建て直しである。だがモンスターに追われれば全滅を防ぐために散開を余儀なくされる。


 そんなさなか建物の影で由美はたった一人で悩んでいた。高い位置から全体を見回していた彼女は的確な状況判断ができた。


 部隊の多くは離れた建物の裏で集結している。現時点でもっとも有力の対抗武器であるバリスタを失い、突撃を試みるようだ。


 大型の盾と長い槍、重量級武器をかき集めている。しかしその戦法は被害が大きいものになると予想された。だが自警団にしてみればもはや取れる方法は突撃か撤退しかない。


 ドラゴンモドキが暴れている広場ではまだ数名が弓矢で応戦している。効くはずなどないのに死の恐怖に呑まれて正常な判断ができなくなっていた。


 そして龍児とリリアは生きている。ブレスの炎に包まれたときはヒヤリとした。魔法にしろブレスにしろまったく予想外の攻撃だった。


 二人が生きていることに由美は安堵した。


 だがあの場所にいるかぎり彼らはいまだ危険な状態にあるということ。どうもドラゴンモドキはあの二人を狙っていた節がある。


 今は体に受けた鉄矢に怒って暴れているようだが。落ち着きを取り戻し、二人が生きているとみたら再び襲われる可能性が高い。


 いまこの状況下でアレに対抗できる攻撃手段をもつ者は恐らく自分しかいない。だが果たして切り札を使って良いのかと由美は悩む。


 由美は腰にぶら下げている長く密閉された矢筒を擦った。

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