第317話 命尽き果てて
「待っていただきたいクレイス副分団長。決めつけるのは早計ではないでしょうか?」
「なぜだ?」
刀夜が犯人であることの異議を申し立てたのはブランだ。
「この事件、自警団も絡んでいたということにどう説明するのですか?」
「その件は別途調べる必要があるが、彼が実行犯であることに代わりはないであろう」
「いや、しかし……どうにも腑に落ちません」
ブランはそんな単純なものではないだろうと予感がしていた。
「ブラン部長! これを……」
突然声を張り上げたのはアイギスだ。彼女はラミエルの遺体から首にぶら下がっていたペンダントを見せた。それは血にまみれになった教団のシンボルである。
「きょ、教団だと!」
まさか教団が絡んでいたなどと想定はしていなかったクレイスが声を張り上げる。いまだ自警団内に教団が残っていたのかと信じ難いことだった。
だがこうなるとロイド上議員の殺害は教団からの報復と考えられる。であればなぜ刀夜がここにいるのか?
クレイスの脳裏に『結託』の文字が浮かび上がる。
「なぁ、なんで刀夜は俺を襲ったんだ?」
「こんなの刀夜じゃないよ、これじゃまるで獣みたい……」
颯太は刀夜と断定したようなものの言いように、葵は否定をしたかった。
「もしかして新型の薬じゃねーだろうな?」
颯太の言葉に皆がギョっとした。それはあり得るかも知れないと感じたからだ。
「ちょっと待ってよ、だとしたら刀夜は元に戻るの?」
「そんなの……分かるわけねーじゃん……」
教団施設で地下牢にいた人たちを思うと絶望的に思えるのだった。
「と、とにかくこれを本部に持って帰ろう。彼の体を調べてみたほうがいいわ」
アイリーンの意見に彼らは同意すると、この場から見張りの数名を残して撤退した。
◇◇◇◇◇
自警団本部へと戻ってきたアイリーン達は早速例の装置と刀夜を研究所へと送った。
研究所は留置場と同じ建物に存在する。ここは死因を特定する遺体解剖、つまり司法解剖が行われる場所である。
本来なら遺体となって運び込まれるものだが、生きたままは初めてのケースで非常にめずらしいことだ。
ここの研究所にはリセボ村で手に入れた合成獣の研究も行われており、刀夜に薬が使われているのならここのほうが適切と判断された。
そこの医師はリセボ村襲撃の時に活躍したマスカーである。合成獣事件に関わってしまったために村での任期が終わる前にここへと転任となってしまった。
彼は本来ならば町医者として独立したかったのだが、魔術ギルドや自警団は彼ほどの才能を遊ばせるわけにはいかなかった。
アイリーン達はマスカーに荷物を渡すとここで解散して研究所を後にした。
「ついでですわ。彼がどうやってここを抜けたのか足取りを追って見ましょう」
刀夜の足取りを確認すべく一部のメンバーだけで守衛所へと向かう。アイリーン、クレイス、ブラン、アイギス、葵、颯太の6名だ。
守衛所は同じ建物の一階の階段横にある。階段は二階の牢屋と地下牢へと続いており、刀夜が降りた階段はここにあたる。
守衛で待機している角刈りの太い男にアイリーンは訪ねた。駄肉のせいで紺色の制服がはち切れそうな男だ。
「おい、2日前に要人向けの牢屋に入った男はどうした?」
守衛の男はめんどくさそうに帳簿を取り出して確認する。だが彼からは意外な言葉が帰ってくる。
「要人用の部屋はここ数年使ってませんね……」
「なに?」
そんなはずはないと再度よく調べるよう頼んだが同じ結果だ。
「もしかしてあの男がそのまま連れ去ったのでは?」
帳簿には記録は残っていないことからブランはそう予測した。だがしかし……
「あれ、2日前なら地下牢に一人入ったんじゃ……」
奥にいたひょろい男が口を挟んできた。
「地下牢だと?」
「ええ、確かこんな感じの人が連れられて地下牢に……」
その男は片手で顔を半分隠してみせた。その一仕草で刀夜と分かってしまう辺り説明に楽な男だと、このような状況でなければ笑ってすませただろう。
当日刀夜が地下牢に向かったときは守衛には誰もいなかった。ラミエルが意図的にいない時間を見計らったからだ。だが運悪く彼が戻ってきて地下に向かう刀夜をチラっと見られたのだ。
太いほうの男が帳簿を調べると確かに一人入っている。ラミエルが地下牢から帰るときに運悪く守衛が帰ってきていたので、記録しなければならず帳簿に記載されることになった。
要人用の牢屋と言ったのに地下に入ったという事実に六人は焦りを覚えた。なぜなら地下牢は極悪人向けの牢屋であり、拷問部屋があるからだ。
「まずい……急げ!」
「しかし、あの男は研究所では!?」
クレイスの言葉を無視してアイリーンは慌てて階段をかけ降りた。地下牢は天井のスリットから僅かな光しか入らず薄暗い。
中扉を2つ潜るとそこは地下牢部屋だ。
石畳の床と壁の通路はじめっとした空気が漂う。一歩進むたびに彼らの装備がチャガチャと音を立てる。
牢屋の部屋の扉は鋼鉄製で、開けたままとなっている所は誰も入っていない。そしてほとんどの部屋は空いていた。大抵は刑務所へと行ってしまうからだ。
そして一番奥の扉が閉まっている部屋へとやってきた。鍵で扉を開けて中へと全員で雪崩れ込む。
彼らがそこで目撃したものは目を覆いたくなるような悪夢の光景があった。
部屋には全裸の男が天井から鎖で吊し上げられていた。身体中の皮膚は裂けて血の混じった体液を流している。
それだけだはない鋭利な刃物で斬られた跡もある。さらに体の至るところに鉄の楔のようなものが突き刺さっており、痛々しいなどというレベルではない。生きているのさえ疑わしい。
頭は項垂れて顔はよく見えないが黒い髪は間違いなく刀夜だ。滴る血が乾いてどす黒くなった足の爪は全部剥がされていた。
「う、嘘……と、刀夜ぁ…………」
葵は顔面蒼白となった。その無惨な姿に震えた口ではそれ以上言葉にできない。刀夜から命の鼓動を感じることができず、とても生きているように見えなかった。
「と、刀夜……なんてことを……」
「刀夜殿……」
刀夜の背後から刃渡り30センチはあろうか長いナイフがゆっくりと現れると一本は刀夜の胸の辺りで、もう一本は腹の辺りでギラつかせて見せつける。
背中の曲がった男が刀夜の背後から顔を覗かせていた。
「ど、どうやら。ラ、ラミエルは、い、いったんだな……」
「キサマ……」クレイスが怒りの表情を露にする。
「きょ、教団の、う、恨み、お、思いしるだな」
胸のナイフを上にあげて刀夜の顎をを持ち上げた。顔には深く切り刻まれた傷があり額から口元まで深く切られて血をたらしている。
その表情は虚ろで瞳に光はなく、どこを見ているのか分からない。葵達が助けに来たことも理解していないように項垂れている。
「そ、そんな……ヒドイ」葵は泣き崩れて膝を折った。
「にゃあぁぁぁ、い、いい声で泣き叫んで、い、いたんだな」
サブリエルは思い出したのか、歓喜にうち震えた。
「ラ、ラミエル……お、おらもいく。み、土産もってにゃあぁぁぁ!!」
「いかん!」
一番前にいたアイリーンとアイギスが咄嗟に剣を抜くが、刀夜の両脇腹に突き立てられたナイフは容赦なく刀夜を抉る!
刀夜は声を立てることもなく、その体をビクリと跳ねた。
「とうやあああああ――――ッ!」
「おのれぇぇぇ!!」
葵の悲鳴が上がると同時にアイリーンとアイギス、二人の剣から繰り出された突きが刀夜の両脇からサブリエルを突き刺した。
両肩に剣を受けて男は後ろに倒れる。
「殺すな! 捕まえるんだ!」
「ングーッ!」
落ちていた刀夜の衣類で
「アイギス、すぐに魔術師を呼んでくるんだ!」
「はい!」
ブランは彼女に指示を下しながら吊るされている鎖を外して刀夜の体を降ろした。体に突き刺された楔はわざと急所を外してある。
生かさず……殺さず……されど生への希望は殺すようにしたのだ。自警団の拷問でもここまではしない。
裂けた皮膚は無事なところを探すのが困難ほどで、顔の傷は頭蓋骨が見えるほど深い。そして脇腹に刺さったナイフはブランやレイラの見立てではどう見ても致命傷である。
ブランは手遅れを悟ると無念そうに目を瞑った。
葵は横たわる刀夜の手を両手で掴んで必死で彼を呼び戻そうと試みる。
「刀夜! 刀夜! だめだよこんな所で死んじゃ。すぐに魔術師が来てくれるから頑張って!」
刀夜の手は血の気を失ってとても冷たかった。だが微かに震えており、まだ生きているのが伝わる。
生きようと必死にもがいている。
それが葵に伝わった。
「刀夜、あんたリリアちゃんのためにちゃんと生きなきゃだめよ! しっかり気を張ってぇ!」
葵の目から涙が落ちる。
「ダメなんだから! こんな終わり方! あんたはあたし達の希望なのよ! ここまで皆を引っぱってきたんだから最後まで頑張りなさいよぉ!」
刀夜の顔に涙がこぼれ落ちると刀夜の口が微かに動いた。
「え、なに?」
聞き取ろうと顔を近づける……
だが刀夜の口は数回動いただけだ。
葵と繋がっていた手から力が失われた……
クレイスが首の脈を見るものの彼女は悲しげに首を振った。その様子に葵は受け入れることができずに呆然とする。
刀夜が死んだ……頭にその言葉が浮かんだとき再び大きな涙が溢れた。
「嘘よ…………こんなの……嘘よぉぉぉ――――ッ!!」
葵の悲しみが地下牢に木霊する……
「うわあああああああああああああッッ!!」
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