第313話 作業現場のアイドル
シュチトノの攻略作戦は砦の建設フェーズに入った。
防壁と廃墟の残骸を利用して安全地帯を確保するべく簡易防壁の作成とより手間のかかる罠を仕かける。街の攻略時に罠を使った戦法、つまりモンスターを引き寄せて罠で殲滅する作戦はいまだ継続中だ。
少しでもモンスターの数を減らして砦建設や防衛任務に支障がでないようにするためだ。
作戦には各街の自警団が交代制で行っている。龍児を含むレイラの部隊はまだ出番が回ってこず、時間を持て余しているので砦の建設に従事している。
頭にねじりハチマキ、上半身はシャツ一丁、その姿は土方と呼べば実にしっくりとくる。大きな岩担いで防壁作りを手伝っていた。
リリアはそんな彼らの食事を作っている。彼女は他にも皆の服の洗濯までこなしていた。だがそんな彼女に対して自警団の連中は恐縮してしまう。
魔術師という高い地位にあるリリアに炊事洗濯をやらせるなど普通はありえない。他の魔術師などその地位を笠にのんびりしている。
中にはまったく何もしない不届き者も存在する。単純な比較はできないが魔術師は議員と同レベルの地位である。
なのに文句を言うどころか進んで彼らの手伝いをしていた。そんな献身的な彼女は現場のアイドルと言っても過言ではない。加えて先方で戦う彼女の評価はとても高い。
「皆さん、飲み物を用意しました休憩にしませんか?」
リリアが手にしている一輪車には木箱が積まれており、中には飲み物の入った水筒がいくつも並んでいる。
すると作業をしていたレイラの部隊の団員がこぞって彼女の元に集まった。彼らは嬉しそうにリリアからの手渡しを望み、リリアは笑顔でそれに答える。
「はい、龍児様もどうぞ……」
皆に飲み物を配り終えたリリアはまだ受け取っていない龍児にも渡した。
「サンキュー」
龍児がそれを受けとると驚くことにキンキンに冷えていた。
「お、わざわざ魔法で冷やしてくれたのか?」
目をまるくする龍児にリリアは「はい」と答える。たくさん辛い目にあったというのにこの娘は笑顔を絶やさない……刀夜には勿体ない娘だと、つい嫉妬が沸き起こる。
龍児は丁度椅子になりそうな石材に腰を掛けると手にしたドリンクを飲む。リリアはそんな龍児の隣に座って同じくドリンクを飲んだ。
爽やかな風が吹くと彼女の髪が揺れて、どことなく良い香りがする。そんな彼女を横目で見ていた龍児の心拍数が急に跳ね上がる。
このように女の子並んで座っていると少しだけ恋人のような感覚が味わえる。無論そんなのは錯覚だとは自覚してはいるが一度意識をすると胸にくるものがある。
龍児は赤面し始めた顔をリリアに見られまいと背けた。
「ふぅ」
ドリンクを飲み終わったリリアが軽くため息をつく。
「――ここから帝国首都とはもう目と鼻の先なのですね……」
その街が帝国首都と同じ名前が付けられたのは帝国崩壊後のことだ。絶滅を逃れた人類がマリユークスと共に再出立する新たな首都として名づけられた。人類はそこから再び人口を急激に増やしたのだ。
この頃の人類は様々な人種で構成されていた。肌の色や身体的特徴など様々であったが中でも最も多かったのが白人種である。
時が経つにつれてその人口比は大きくなり、少ない人種はこの辺り一帯から退くこととなって各地に散った。やがて彼らは異国人や異種族と呼ばれるようになる。
しかし、そんな彼らの街は巨人兵やモンスターの脅威に晒されることが多かった。シュチトノもそのような街であった。
「ああ、馬で2日といったところらしい」
「そうですか…………」
リリアが寂しそうに西を見つめていることを龍児は気にした。彼女が口にした帝国首都は南なのである。なぜ西なのか……
「どうかしたのか?」
「え、いえ……ちょっと故郷を思い出してしまいまして……」
「ここから近いのか?」
「いえ、かなり遠いと思います。ただ、あたしの街もこんな風になっているのかなと……」
プラプティの街はシュチトノから馬で約一週間ほどかかる位置にある。あの美しかったプラプティの街がここと同じようになっているのかと思うと悲しみが込み上げた。
あの悲劇からもう2年である。絶望と希望の目まぐるしい日々であった。再び故郷を見ることができるのだろうか?
「一度でいいから帰りたい……」
もし、その願いが叶うなら家族の墓をちゃんと立ててやりたいと思うのだった。
「取り返そうぜ!」
「え?」
「ここだって取り返せたんだ。きっといつか取り返せるさ!」
龍児は小さくガッツポーズをとり、リリアを励ました。
「ただ……その時に俺たちがいるか分からねえけどよ。今の自警団ならきっとできるぜ」
「龍児様……」
だがリリアははっとなり、自分が酷いことを言ってしまったと後悔した。龍児や刀夜達の故郷はプラプティなどとは比べ物にならないほど遠いのだ。
それも絶望的に……なのに自分のことばかり……
思い出させるような話をしてしまった。なのに龍児は逆に元気付けてくれたのだ。
「す、すみません……軽率でした……」
「ん? なにがだ?」
リリアの思いとは裏腹に龍児は分かっていない。
「その……こ、故郷を思い出すようなことを……」
「ん? ああ……」
龍児はようやくリリアの言いたいこと分かると、そんなことかと一笑した。そして彼女の頭を優しく撫でると、さらさらと心地よい感触が手に伝わってくる。
「気にすんなよ。手立てはあるんだからよ」
リリアの頭を撫でている手は刀夜とはまた違う大きな手だった。大剣を日々振るっているだけあって彼の手のひらも当夜と同じくゴツゴツしている。そして彼と同じくとても暖かい……
刀夜とは体格も性格も随分違うのに、なぜかどこか似ている気がした。
「はい」
そんな龍児にリリアは笑顔を返した。
◇◇◇◇◇
しばしの静寂が訪れると風が止んだ。そして耳が痛くなるような張り詰めた空気が訪れる。
誰もが何事かと異変を感じると急に辺りを見回す者が現れる。
鳥の声が聞こえなくなった。
虫の音が止む。
草木の擦れる音もない。
龍児を始め辺り一帯の人々はジワリと流れる冷や汗を感じた。そして人一倍敏感なリリアの手が震えだす……
ズウゥゥゥン…………
微かに地響きが聞こえた。
ズウゥゥゥン…………
それはこちらへと向かってきている。
誰もが音のする方向へ頭をむける。
ズウゥゥゥン…………
龍児の脳裏に嫌な予感がした。
「この感覚……まさか……」
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