第312話 聞き込み調査

 葵はアイリーンに頼んで目撃者名簿を借りた。


 アイリーンは心配そうな顔でそれを渡したが、それを副分団長が嫌そうに静観していた。だがこのとき葵は二人の様子に特に気にも止めはしなかった。


「借りてきたわ」


 名簿をブランに渡すとブランはページを開く。名簿にはざっと20名以上の名前と証言内容が記されている。


「こ、こんなに目撃者がいたの……」


 それはつまり目撃された人物が本当に刀夜である可能性を促すものだ。これだけの目撃があって刀夜の肩を持てば逆に癒着していると疑われてしまう。


「だからアイリーンさんは副分団長に尋問を……」


 葵は焦りを感じゴクリと喉を鳴らす。これを覆せるのかと……


「ともかく一人一人当たっていこう」


「ねぇ、こんなにいるなら晴樹や舞衣たちにも頼もう!」


「お、それいいな。人海戦術」


 刀夜を心配しているのは自分だけではない。刀夜組に頼めば手伝ってくれるに違いない。


「それはダメだ」


 ブランは強い口調で葵の提案を蹴った。


「ど、どして!?」


 一人でも多く手が欲しいのだ。葵はブランのダメ出しに納得が行かない。


「葵、この名簿は極秘の門外不出の代物よ。持ち出すだけでも危ういのに自警団以外の者に見せたら機密漏洩となるわ」


「あっ……」


 そうだこんな事件の捜査内容を他人に漏らすことなどしてはいけない。副分団長が嫌そうな顔をしていたのはそのことだ。機密を漏らさないか危惧したのだ。


「それに本来ならばお前さんには、こんな自由はないはずだ」


「ああ……」


 それもそうだ本来ならば元の仕事に戻らなければならないのだ。なのにアイリーンは引き止めようともしなかった。彼女は葵に万が一をかけてこれを託してくれたのだ。


「アイリーンさん……」


「よし、じゃあここの四人で行こうぜ、刀夜を助けによ」


「賛成だ」


「お供します」


「そうと決まれば急ごう!」


 四人は早速自警団本部を飛び出してゆく。目撃者に再度詳しく話を聞き、調書と照らし合わせてゆく。そのうえで新たに情報がないか聞く。その目撃現場で新たな目撃者がいないか探す。


 特に固定店舗の店員、現場の窓辺に住む住人。以前の事情聴衆のときに居なかった住人なども含めるとかなりの数となり、それは時間を要する。


 だがそれでも四人は捜査を続けて2日後――ついに調書にない情報を掴んだ。


「それは本当ですか?」


「ああ、怪しげな奴だったからよく覚えているよ」


 ここは事件現場の近く。刀夜がロイド上議員の館から出ていく所を目撃された場所。


 目撃者の調書では雑貨屋の店員のみであったが、聞き込みの際に留守にしたいた店の主人も一部始終を見ていた。


 主人の話では確かに刀夜としか思えない容姿の男が血まみれで館から出てきていた。それだけならばより刀夜の容疑が濃くなっただけであったが、主人はその後の出来事を目撃していた。


 刀夜は裏路地に入るとフード付きのマントに身を隠している男と接触していた。その男は刀夜に何かを語りかけた後、彼を連れて裏路地へと消えていったらしい。


「きたわね」


「ああ、そのマントの男の足取りを探そう」


 葵達は店の主人よりできるかぎり詳細な様子や特徴を聞いた。だがフードを着けていたので顔はわからず、マントで身体的特徴も掴めなかった。


 一つ言えるのは身長は刀夜とほぼ同じで太ってはおらず、むしろ細いだろうとは主人の見立てだ。足は葵達と同じブーツを履いていた。


「あたし達と同じブーツ!?」


「まさか、また身内じゃねーだろうな……」


 颯太は嫌でもダリルの一件を思い出さずにはいられなかった。だがアイギスからは否定的な意見が出た。


「颯太、我々の履いているブーツは一般でも売っているものだ」


 アイギスのいうとおり自警団から支給されているブーツはその辺りの武器屋で売っている。値段は少々張るが頑丈で長持ちするので傭兵などの間でも愛用しているものは多い。


「だけど、それでも限定されるんだろ?」


「そうだが今は足取りを追ったほうが早いだろう」


「そ、そうか」


 このようなブーツを買うのはそう多くはないだろう。しかし靴屋を一件一件当たったところで店の者が犯人を覚えているかは怪しく、労力の割には得るものが少ないと思われた。


 むしろ日時がハッキリしており、服装も割れている接触者の足取りを追ったほうがよい。


「ねぇ、アイリーンさんに応援頼めないかな?」


「うーん……いささか動かすには弱いな……だが人手は欲しい」


 刀夜に接触していた人物がいた。詳しく聞いた話の様子から無関係とは思えない。結託している人物がいるならそのバックには幾人いるのかとブランは危惧する。


「颯太、あんたアイリーンさん説得してくれない?」


「お、俺!?」


 颯太は正直なところ、人を説得するようなことは苦手である。しかし、このメンバーで聞き込み捜査に馴れていないのは自分であることは自覚していた。効率面でいえば葵の判断は正しく、颯太は早々に諦める。


「しゃーねーな。その代わりしっかり足取りをつかめよ」


 葵は「ありがとうと」と返事を返して頷いた。

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