第311話 教団の残党

 自警団の地下牢の奥から渇き弾ける音が鳴り響いた。時折くる鞭の強打にうめき声があがる。


「――――ッ!」


 カビ臭い石に360度囲まれ、思い出すのはオルマー家の地下牢だ。


 両手の鉄錠の鎖を天井にくくりつけられて吊るされていた。爪先で立たないと鉄錠が腕に食い込み、手首が引きちぎれそうになる。


 再び鞭が振るう。シュッと空気が切り裂かれる音がすると乾いた音と共に肌を切り裂かれるような痛みが走る。


「はぅ! あぁ……」


 皮膚が裂けて血が滲みでた。


「おい、サブリエル。生ぬるくねぇか?」


 背中が曲がったサブリエルは一発床に鞭を入れた。


「ラ、ラミエル……り、料理にも、ぜ、前菜というものが、あ、あるんだな……」


「なるほど、職人ならではのこだわりってヤツか」


 さらに鞭が2発唸りを上げた。


「あが――――ッ」


 サブリエルは刀夜の悶絶する表情をみて身震いがした。いつもは吐かせるための拷問しか許されずフラストレーションで一杯一杯であった。


 だがここに殺してもよい素材が転がっているのだ。骨の髄までたっぷりと味わいたいと欲望がもたげる。


 自分のもつ最高の技を披露して味わってもらいたい。そう考えるだけでもイってしましそうな自分がいた。


「あ~……さ、最高だぁ~」


 サブリエルの顔は高揚し実に満たされて楽しそうにする。


「……お前ら……自警団じゃないな…………」


「――いいや……俺たちはれっきとした自警団さ」


 ラミエルという狐目の男は否定した。そう彼らは本当に自警団なのである。審査をパスし、訓練を受けて今に至っている。


「なぁ、サブリエル……」


 ラミエルはサブリエルのハゲ頭をぺしぺしと叩き、屈んでサブリエルと同じ視線から刀夜を見上げた。


「そ、そうなだな。お、俺達は自警団なんだな……」


「最も忠誠を誓っているのは街なんかじゃねーがな」


 ラミエルは歪んだ表情で刀夜をあざけ笑った。彼にとってはこれは復讐であり、聖地を守る神聖な行為なのだ。


「――忠誠……だと…………」


 刀夜は暫く考え込むとその言葉にしっくりとくるものが一つあった。


「――教団か……」


 刀夜はまさかまだ自警団内に教団が残っていたなど思ってもみなかった。ダリルの一件で自警団は内部調査をして一掃したはずである。なのにこの二人はそれをすり抜けた!?


「ふふ、なぜ? どうやって? そんな顔をしてやがるな……」


 ラミエルは刀夜の頬を一発平手を喰らわした。そして口元を片手で挟むようにして頭を上げさせる。


「辛かったぜぇ、同朋を拷問にかけるのはよぉ~」


「だ、だな……」


 そうかと刀夜は彼らがなぜ網からすり抜けたか理解した。味方ですら拷問にかけるような者が教団であるはずがないと自警団は思い込んでしまっていたのだ。


 そして刀夜はこの二人が裏切り者である4警副分団長であるダリル暗殺の誘導者なのだと確信した。


「よくも街の教団を潰してくれたな、しかもどうやって知ったか知らねーが本部の位置まで……テメーとその仲間は100回殺しても飽きたらねーッ!」


 逆恨みも甚だしいことだ。悪事を働いているヤツなどに言われたくないものだと刀夜は睨み付けた。


「特にテメーとテメーの女、そして教団を潰したくれた大男。やつらには自警団もろとも死んでもらうぜ」


「な、何!?」


「もうすぐ合わせてやるぜぇ、ふはははははは」


「き、貴様……リリアに手を出してみろ! 許さんぞ!! 自から『殺してくれ』と懇願するほどの地獄を味あわせてやる!!」


 刀夜は怒りを爆発させ、殺意を撒き散らして二人に詰め寄ろうと暴れる。無情にも腕にはめられた鉄錠が手首に食い込んで血が滴った。


「おやおや、まだ元気一杯みたいだな。良かったなサブリエル。活きのいいやつでよォ」


「ま、まったくだぁ~。そ、そうなるのは、お、お前なんだな」


 二人は揃って胸糞が悪くなるような笑い声を上げた。腹立たしいことにリリアの身に危険が迫っている。


 しかし、現場には数多くの自警団もいるのだ。そんな簡単に殺られるはずは……自信があるというのか。そう思うと刀夜の心は不安に刈られた。


 サブリエルは人の頭ほどの大きな坪を机の上に置いた。蓋を開けて手を突っ込むと白くさらさらとしたものを取り出す。


「こ、これが何だか、わ、分かる……か、な?」


 刀夜はネットでみた拷問の一つのが頭に過った。


「……し、塩か……」


「お!? せ、正解なんだ……な」


 知識として知っていてもそれがどれ度の苦痛を伴うのかは知らない。だが有名な手法なだけに効果相当あるだろうと冷や汗を流した。


 果たして葵が助けてくれるまで耐えれるだろうか……しかし証拠を覆すのは難しい。そう思うと期待はできなかった。


 サブリエルが両手にした塩を刀夜の体に擦りつけた。


「ふうぅぅッ!! う、あ、ああああああッ」


 汗が傷口に入って染みるなど目ではない。全身を突き刺すかのような痛みが伴う!さらに塩が傷口の体液を吸い取り、剥き出しとなった神経を刺激する。


「うあ! あぁ!! ああああぁぅ、あがッ……」


 痛みから逃れようと必死にもがくも無駄な抵抗だ。全身を襲う激痛に涙が自然と溢れてくる。


「えへへへ、いい……いい声だぁ……もっと聞かせてくんろぉ」


 サブリエルは再び塩を刷り込むかのように全身に塗り擦りつける。再び刀夜は絶叫をあげるも気絶するには至らない。終わりのない激痛に襲われ、悶え苦しんだ。


「やかましい口だぜ」


「え、えぇー、こ、これがい、いいのに……」


 ラミエルはタオルを桶の水に浸すと刀夜の顔に張り付け手で押さえる。


「う――ッ、むぅ――、う――ッ! う――ッ!!」


 呼吸ができず暴れる体は一気に体内の酸素を消費しつくした。刀夜は酸欠状態となり、意識が朦朧もうろうとしてくる。


『――ヤバい……これは死ぬ…………』


 意識が落ちる瞬間、タオルが剥がされた。


「こ、これ以上やると、い、意識が、と、とぶんだな……」


 サブリエルがラミエルの手を引っ張り引き離していた。意識を飛ばしたら面白くないのだ。


 彼の熟練した拷問の技術は刀夜が落ちる瞬間を捕らえた。そして再び鞭が振るわれ、薄れゆく意識を無理やり呼び戻す。


「――――ッ!!」


 刀夜は絶え間なく絶叫をあげることとなる。


「おっと、俺はそろそろ行かなくては。後は任せたぞ」


「あ、ああ、ま、任せるだ」


 ラミエルはサブリエルに後を頼んだ。もっと刀夜の苦しむ姿を拝みたかったが彼には用事があった。


 彼はフード付きのマントを手にすると叫び声が止まない牢屋を後にした。

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