第309話 ハメられた刀夜

 その後も刀夜の取り調べは続いたが刀夜は殺っていない、それは自分ではないの一点張りで進まなかった。とはいえ複数の目撃者の存在は彼を追い詰めていた。


 このまま裁判が始まれば死刑は免れないだろう。副分団長のクレイスはそれまでの間、留置場へと入れることにした。


「あなたは裁判までの間、留置場に入ってもらうことになるわ。一般用じゃなくて要人向けだから少しは落ち着けるわよ」


 アイリーンは刀夜を気遣ってくれたものの、刀夜からすればどんな部屋だろうが死刑は免れないのだから同じ事だ。問題は自警団は刀夜の主張をどのくらい真に受けて捜査をしてくれるかだ。


 しかしそれはあまり期待できない。自警団は極度の人手不足なのだ。


 巨人戦により入団者が増えたといっても彼らはまだひよっこで即戦力にはならない。となればすでに刑の行く先が決まったような事件は再捜査などしてもらえないだろう。


 取調室を出るとまだ若そうな自警団が待っていた。その姿は他の自警団とは異なる制服を着ている。一般的なモスグリーンの色でなく紺色の制服で腰には警棒を所有している。


 彼らは留置場や刑務所、拷問を専門としている拘置課の人間だ。刑務所は自警団本部とは離れた場所にあるが留置場や独房、拷問部屋は自警団本部にもある。


「それではお願いしますね。くれぐれも丁重にお願いします」


「はっ!」


 まだ若い狐目の男は敬礼をした。アイリーン達は敬礼を済ませると揃って分団の部屋へと向かっていく。そんな彼女達を刀夜は目で追っていた。


「こっちだ」


 狐目の男の指示に従い彼女たちとは逆の方向へと歩む。向かうのは留置場のある別棟となる。


 渡り廊下を過ぎて留置場の棟に入った。薄暗い廊下が奥に続くなか、右には上下の階段がある。


「よし、右の階段を降りろ!」


 刀夜は言われるがままに階段を降りた。刀夜は先頭を歩かされており、狐目の男は後ろからついてきて指示をしてくる。


 前を歩いていては後ろから襲われる可能性があるためだろう。一応手には手錠……というより奴隷もしくは拷問部屋で使いそうな重々しい鎖手錠を施されている。


 とはいえ本来なら護送は二人以上ですべきものではないのかと……ついつい余計なことを考えてしまう。


 自警団の人材不足はそこまで深刻なのだろうか、このとき刀夜はその程度にしか思っていなかった。だが、一階まで降りてくるとそれはおかしいと気づいた。


「地下だと?」


「そうだ、さっさと降りろ!」


 要人の留置場が地下なわけない。


「どういうことだ? おかしいだろう!」


 刀夜が抵抗すると狐目の男は怒りの表情を向けて警棒を刀夜の頭めがけて振り下ろした。刀夜はとっさに腕で防いだために、腕に激痛が走る。骨が折れるかと錯覚するほどの強打だった。


 狐目の男は警棒の攻撃を防がれると狙ったのようにガードの空いた腹に前蹴りを入れた。みぞおちに蹴りを喰らった刀夜はバランスを崩す。


 階段を転がり落ちてしまった刀夜は石階段に体のあちこちを打ちつけた。


「うぐ……きさま……」


 狐目の男が警棒で手のひらを軽く叩きながらゆっくりと降りてくる。その表情は逆光で確認できないが、口元は薄ら笑っていて腹立たしく思えた。


「し、指示と違うぞ、ここは留置場じゃないだろ」


 刀夜のいうとおり留置場は地上であって地下にはない。


「そうさ、ここは牢屋だよ……しかも拷問専用だ」


「な……」


 刀夜はその言葉を聞いて血の気が引く。この男が自分をハメた奴だということに気がついた。


 まさか自警団の中にいたなどとは思ってもみなかったため、完全に虚をつかれた。その手の輩は教団事件にて排除できているものと思い込んでいたからだ。


「さぁ、さっさと立て」


「き、きさまが俺をハメたのか!」


「ハメた? 違うな。ロイドを殺したのはまごうなきキサマだよ。他の誰でもないお前自身がロイドを殺した。これは事実だ」


「ふざけたことをぬかす――」


「ふざけてなどおらんよ。さっさと立て!」


 勝ち誇った男に警棒をちらつかされて刀夜は立たされる。だがこのまま言われたままにしていたら殺される。


「さぁ、階段を降りろ」


 そういい放つ男に刀夜は飛びかかった。この男が事件に関係のあるやつだと、自警団に連絡をいれなくてはと彼を襲った。


 狐目の男は再び警棒を振り上げた。今度は手錠の鎖で防御しつつ絡め取ろうとする。


「おおっとっと」


 だが刀夜の予想とは裏腹に膝蹴りがみぞおちに突き刺さった。


「ぐぅッ!」


 一瞬呼吸ができなくなり、隙だらけとなった刀夜の顔に容赦なく警棒が振りかざされる。左右から一発づつ、しかも正確に顎下を狙われた。


 刀夜は平行感覚を失って立つのが困難となると、立ち崩れた所をこめかみに強打をもらい残りの階段を転げ落ちた。


『こ、こいつ手慣れてやがる……』


 刀夜がそれに気が付いたときは遅く、的確に急所を狙われて意識を失った。そんな刀夜を横目に狐目の男は残りの階段を降りてきた。


「ふん、手間かけさせやがって。誰がテメーを運ぶと思ってやがるんだ」


 刀夜を見下ろし顔につばを吐く。


「お、遅かった、じ、じゃないか……」


 地下の奥から狐目の男と同じ服を着た背中の曲がった男が現れた。頭はハゲあがっており、着ている白衣には血の染みだらけの小汚ない男だ。


 この男はここのぬしである。と言っても階級が高いわけではない。


 拷問を専門としており、同じ仲間からもイカれている奴との認識で煙たがられている。だが腕前はずば抜けており、魔術ギルドには登録されていないが回復魔法も使える。


「丁度良いところにきた。こいつを運べ」


「ええー、ラミエルは人使い、あ、荒いなぁ」


 男は嫌がる。背が低いから運びにくいのだ。


「その代わり、こいつはたっぷりなぶり殺しにしていいぞ」


「ほ、本当か!? こ、殺していい……?」


「ああ本当だともサブリエル。ただし我々に牙を向けたことをたっぷり後悔させてからだ。そして俺達で仲間の敵を取るんだ」


「そ、そういうことでしたら、た、たっぷりと遊んでやりますかぁーにゃあぁ、あっ、あっ、あっ」


 二人は怪しげに笑うと刀夜を奥の部屋へと運んだ。

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