第308話 確たる証拠

 刀夜は突き付けられた証拠をかわしきった。しかし刀夜がやっていないという証拠もない。


 それを証明するのがアリバイである。

 刀夜がロイド議員宅に行っていないことを証明するために、刀夜が別のとこに出かけていたというアリバイが必要なのだ。


 だが刀夜はそのアリバイを口にできない。と、いうよりアリバイがなかった。


 刀夜は奴隷商人と共に姿を隠して街を出たために彼が奴隷商人と行動を共にしていたと証明できるものがない。加えてその奴隷商人を皆殺しにしたため、それを口にすることもできない。


 刀夜は依然不利な状況であることには変わりなかった。


 クレイスは心を落ち着かせるために分厚い唇から大きく深呼吸をした。


「確かに貴殿のいうとおりこれらは確たる証拠にはなれないようなだな」


 彼女の言葉に刀夜はほっとした。


「しかし……」


 再び刀夜に鋭い視線が差し向けられる。


「貴殿がロイド家の館をうろついていたのも、事件当日の様子も目撃者がいるのだ。それも一人や二人ではない20名以上の人々から目撃されている」


「な、そんなバカな……俺は本当にロイドの館になんか行っていない!」


 刀夜は信じられない思いであった。他人の空似なのではないのかと。とはいえ黒髪の男などそうそういない。


「目撃者は明確に貴殿の容姿や顔を覚えていたぞ」


 クレイスはそう言って刀夜の似顔絵を見せてみせた。絵はリアルというより人相の特徴をよく掴んだ漫画のような絵だ。


 だがこれはリアルな絵などより分かりやすい代物である。ましてや刀夜はゲゲゲヘアーや目つきが悪いなど非常に分かりやすい特徴を持っている。


 20人以上もの人々が口裏を合わせて刀夜を貶めようとしているのか? あり得ない。一人や二人ならあり得るかもしれないが、それほどの人数を揃えるなど至難だ。


 これにはさすがに刀夜もぐうの根が出なかった。こうなるとアリバイを証明して刀夜が覆す必要がでてくる。だがその肝心のアリバイが証明できないのである。証明できるのだとしても出すことはできない。


「どうだ反論はあるか?」


「ぐ…………」


 刀夜は悔しそうに膝の上の手を震えさせた。


 ――まずいアリバイがいる。アリバイがなければ死刑になる。だがそのアリバイがない……


 打ち震える刀夜の姿に葵は青ざめた。あの計算高い刀夜ならなんとか切り返せるのではないかと期待していたのだ。だが刀夜は言い返せない。


 悔しそうなその表情はまるで罪を認めるかのような姿に見えた。


「刀夜! ねぇ刀夜! あんた四日間もどこ行っていたの?」


 我慢できなくなった葵が刀夜に詰めよった。だがそれをアイリーンが止める。本来なら二人は口を出してはならないのだ。尋問してよいのはクレイスだけなのだから。


「お願いよ! どこに行っていたのか教えてよ!!」


 そんな葵の言葉に刀夜は頭を抱えて塞ぎこむと屈辱に満ちていた。


 ――してやられた。間違いないこれは誰かの陰謀だ。ロイドの殺人の容疑を自分に掛けられた。


 まんまとしてやられたことが刀夜には悔しかった。本当に自分がしたことならまだ潔くもなれる。しかし一体誰が何の目的でなのかまったく見当がつかない。


「刀夜……」


 まるで観念したかのような刀夜に葵は涙をながした。なぜそんな事をしたのかと、こんなの刀夜じゃないと。


「――お願いよ……」


「…………じゃない……」


「え?」


 刀夜は頭を抱えたまま呟くように葵に訴えた。


「俺じゃない……俺はロイドを殺していない! だが、どこにいたかは答えらないんだ……許してくれ……葵……皆……リリア……」


 刀夜の目が虚ろに曇る。初めて見るこのような姿に葵は驚きを隠せなかった。悔しそうにする刀夜は嘘をついていないと信じたい。葵は自分の涙を袖で拭うと真剣な目で刀夜に再度問うた。


「刀夜は殺ってないんだね?」


 刀夜は静かに頷いた。


「わかった。あたしが必ず刀夜の冤罪を晴らすよ!」


「葵、もうそれ以上はダメよ。退室しなさい!!」


 押さえつけていたアイリーンが葵に退場を命じた。忠告しているのに無視をされては退室させるしかない。


 アイリーンは力づくで彼女を押し出そうとするが葵は抵抗する。


「必ず、必ず調べるから。まっててね。諦めちゃダメだよ!!」


「葵! いいかげんにしなさい!!」


 葵は最後の言葉を刀夜に投げかけるとアイリーンに追い出された。刀夜は誰かにハメられたのだと葵も感じたのだ。


「必ず助けるからね。今は耐えてよ……」


 葵は刀夜を助けるべく廊下を突き進んだ。どうやって冤罪をはらすか必死に知恵を縛りながら……


 しかしながら刀夜は奴隷商人の殺人の話をしても彼は殺人の罪には問われないのである。なぜならこの世界での各街では奴隷は容認しておらず無いものとしているからである。ゆえに奴隷商人も存在しないものとしなければならず、罪状は取れないのだ。


 刀夜はそこまでは考えが回っていなかったが、どの道その件は口にしないのが正解ではある。


 表向きはどうであれ話は人々に伝わってしまう。そうなれば刀夜はこの街では生きてゆけず、奴隷を手に入れれなくなった商人を敵にまわすことになるからだ。

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