第307話 証拠
奴隷商人の殺人容疑で捕えられて死刑となるなら分かる。だがそのような何の捻りもない直球ど真ん中な手法で、全然関係のない人物相手への殺人容疑など、刀夜には到底受け入れがたい内容だった。
「だいたい何でロイド上議員なんだ? 俺に動機は――」
刀夜は動機がないと主張しようとした。だがよくよく考えてみたら動機はあった。それも最近の出来事だ。
――リリアが先鋒に組み込まれた件か!
「作戦可決時に貴殿は、身内であるリリア殿が先鋒に組み込まれた件にて、ロイド上議員が関与してしていたとずいぶんな剣幕だったそうではないか」
それは事実なだけに刀夜としては否定はできない。
「ああ、確かにそんな事はあった。だがそれはリリアが――14歳の年端もいかない娘が最前線に立たされたのだ。本来自警団として容認すべき内容ではなかったはずだ。俺が怒って当然だ!」
「その言い分は分かる。だがロイド上議員を殺す動機としては十分だとは思わないか?」
「思わない!」
刀夜は毅然と言いきってみせた。もしロイド上議員を殺したいほど恨むときがあるなら、それはリリアが戦死した場合だ。
刀夜は心配しつつもリリアは帰ってきてくれると信じている。そしてそのことで仕返しをするなら奴が失脚するような方法を選ぶ。
「だが貴殿はオルマー家の右腕としても有名な人物だ。敵対関係にあるロイド上議員は邪魔な存在であろう?」
クレイスは派閥の話を持ち出してきた。当然そんな事は刀夜には関係ない。刀夜はオルマー家のそのような事情にまで干渉する気はないのだ。刀夜にとってオルマー家は互いに利用しあう仲のつもりである。
だが帰還するためにはオルマー家の力が必要だ。であればここでオルマー家に迷惑はかけられない。この一件が明確に冤罪であると証明して決着をつける必要がある。
疑わしいままではスキャンダルを嫌ってオルマー家とは縁を切られる可能性が高いからだ。
「俺はそんな事にまで首を突っ込む気はない。仮にオルマー家からそのような要求があったとしても俺なら政策で奴の上をいってやる。わざわざ犯罪リスクを背負う必要はない」
クレイスはそんなところだろうと次の手にでる。彼女のやり口は徐々に言い訳の出来ない証拠を突きつけて相手のボロを誘う作戦だ。
嘘を並べ立てていると証拠を出されたときに矛盾をどうにもできなくなって自爆するのだ。そうなると精神的ダメージはでかい。
特にその場しのぎで嘘をつく者にはこれによく引っかかる。勝ち誇ったところにズドーンと一発かますのだ。
クレイスは書記の机の脇に置いてあった籠から証拠品を出して机の上に置いた。衣類とロイドを殺害した凶器である。
凶器は一発で刀夜の目を引いた。それは刀夜の作っている刀包丁だからだ。これを作っているのは刀夜しかいない。
「これはロイド上議員を殺害した包丁で現場に残されていたものだ。君の所で作っている包丁に間違いないか?」
「ああ、間違いない。うちの商品だ」
クレイスは刀夜の一挙一動を見逃すまいと鋭い目つきで彼をなめ回すように観察を続ける。
「貴殿の所の包丁には制作番号が振られているそうだな」
「ああ、制作した順に番号を振ってある」
刀夜の言葉を確認したクレイスは包丁の柄をばらした。あらかじめばらす予定なので、分解したものを仮止めにしておいたため簡単にバラバラとなる。そして包丁には銘と漢字の番号が刻まれていた。
「この番号は貴殿の国の数字で221で合っているか?」
「合っている」
「貴殿の家に残された包丁によれば在庫商品の最後の番号は179だ。なぜまだ発売されていない包丁が使われたのか?」
「ウチでは客が好きな包丁を選ぶようにしている。こちらから商品を順番に渡している訳ではない。つまり221番は先に売れ、179番は売れなかった残念な娘というわけだ」
クレイスは刀夜の意見に隙を見つけれなかった。表情もロイドの話がでたときは動揺したようだが今は落ち着きを取り戻してポーカーフェイスを決め込まれている。
なによりどの番号が販売市場に並べられたかまでは自警団側も掴めていない。それは舞衣たちも掌握していないので調べようがないのだ。
したがってカマをかけたのだが軽くかわされてしまった。もっもとこの凶器で簡単にはボロを出すとは思ってはいない。
クレイスは凶器を刀夜の手の届かないよう書記のテーブルの篭へと戻した。
「では次、こちらはその時に犯人が着ていた服だ」
クレイスは机の脇においておいた服を中央へと移動させた。その服にはべったりと血の跡が残っており、ドス黒くなっていたが、刀夜には見覚えのある服だ。
町人の間ではオーソドックスな生地の薄い服である。生地は綿でできており、やや緑がかった色は一般的な染めものである。刀夜は目立つのが嫌で金はあっても他の町人と同じものを使用していた。
「これは貴殿が使用していた服ではないのかな?」
「なぜそう思う? ごく一般的に大量に売られている服だが?」
クレイスは服から一本の毛を取り出してみせた。それは黒髪であり、やや長いそれは刀夜の前髪と酷似している。
「なるほど。確かに黒髪は俺達異国人しかいないな」
刀夜がこの街に住んでからも彼ら意外に黒髪をしたものは見たことがない。街の人々の髪は色とりどりではあるが黒髪をしているものはいない。一番多いのは金髪であり、人口のやく半数がこれである。
そういう意味でこの証拠はかなり有益なものとなる。
「しかし、人間の髪は毎日抜けて生え変わる。しかも俺は街を色々とウロウロしているから入手するには困難とは言えないだろう。しかも俺の仲間にも長い黒髪の人物はいる。彼らから入手した髪をあえて証拠なるよう細工された可能性は十分にある。証拠しては弱いと思うが」
「貴様、この期に及んで……」
「だが確たる証拠ではない」
刀夜の言い方がどうにも勝ち誇ったかのように聞こえるクレイスは苛立ちを覚え始めていた。だがそれは刀夜も同じである。誰かが証拠を捏造していることは明白だ。
一体誰が自分をハメようとしているのか、敵が多過ぎて絞りきれないことに
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