第306話 取り調べ

 自警団本部へと連行された刀夜は取り調べ室へと押し込まれた。


 てっきり刑事ドラマに出てきそうな素っ気ない狭っ苦しい場所かと思えばまるで応接室のような場所だ。置いてあるものは極めて少なく飾りっけもないが椅子は割りと良い代物である。


「ここが取り調べ室なのか?」


 刀夜はイメージと異なる部屋に目が点となる。部屋にはアイリーンと女性の部下二名と葵がおり、このメンバーで取り調べが行われる。


 二人の部下の内一人は書記を行う。部屋の隅にある別の机に座ると紙とペンを取り出していた。


 刀夜はもっとずさんな取り調べが行われるものだとばかり予測していた。わざわざ調書を取るなど、まるで現代の取り調べのようだ。このように元の世界の文化の進化度合いの違いが、違和感となって刀夜を襲う。


「ここは要人向け用の取り調べ室よ」


「只の一般人に随分な待遇だな……」


「あなたは一般人じゃないでしょ」


 アイリーンはそんな自覚もないのかと呆れていた。


 ギルドの登録上は刀夜はただの加治屋職人であり、一般人ではある。とはいえ、いくつものギルドや商人に顔が効き、あまつさえ街の運営にも背後から操作可能な男が一般人で通るわけなどない。


 そのような男を殺伐とした一般の部屋で尋問などおこなえるはずなどなく、彼女の判断はごく当たり前であった。


「さ、座ってくれるかしら」


 アイリーンの指示で刀夜は椅子に座った。


 それはレザー制の豪華な椅子である。肘掛まで付いており、どこかの偉い社長の椅子かと突っ込みを入れたくなる。


 ただ目の前の机は事務机よりは少しましな程度の代物だ。


 そして刀夜の対面に座ったのはアイリーンではなく彼女の部下だ。てっきりアイリーンが尋問するのかと思っていたのだが、刀夜と彼女は会話しにくい距離を空けられている。葵もアイリーンの隣に座っているので同様に話しかけにくい。


 刀夜の目の前に座った彼女は見事なアフロ頭が印象的で肌はやや色黒だが、分厚い唇は綺麗なピンク色をしているため妙にその唇が目立つ女性だ。


 体は筋肉質でかなり鍛えているようで、ここで刀夜が暴れても簡単に取り押さえられそうだ。


「アイリーンさんが取り調べをするのではないのですか?」


 刀夜が尋問する相手に不服を感じてアイリーンに尋ねた。


「わたしは君と少々縁を持ちすぎた。公平を期すため取り調べは彼女がおこなう」


 自警団では尋問相手が身内や知り合いといった場合は関連のない者が尋問を行う決まりとなっている。また分団長や副分団長などの立場の者が一般の尋問を行うこともない。


 今回は尋問する相手がオルマー家の関連する要人であるため、特別に彼女が尋問を行う。これは階級の高い者が尋問を行うことで、相手を軽視していないという主張となっている。


「初めまして副分団長をしています。クレイス・ドーンです」


 彼女は礼儀正しくお辞儀したので刀夜もお辞儀をした。取り調べを受ける割には随分落ちついた雰囲気で始まった。


 刀夜はもっと怒鳴り脅迫されるのかと思って覚悟していただけに拍子抜けである。だがここが要人の部屋なのだとしたら取り調べはそれ相当のような扱いなのかも知れないと考えた。


「刀夜殿、始めに言っておきますが――」


 突如アイリーンから刺さるような視線を受けた。刀夜からは彼女の表情は真剣であり、怒っているようにも見えた。


「貴方は殺人容疑でここにきています。罪状が確定すれば死刑は免れないと思って下さい。質問にはそのつもりで正確に正直に答えて下さい」


 そうなのだ扱いが要人でも刀夜は犯罪者としてここに来ている。いくら権力者とコネがあろうともここではそんなものは通用しない。どれほどの地位でも死刑と決まれば容赦はない。


 刀夜は沈んだ表情で冷や汗を流した。


 しかし分からないのは自警団は一体どうやって奴隷商人との一件を掴んだのだろうかということだ。刀夜は自分の作戦の抜け穴を必死に考える。



 これから彼女達が問答無用で事件の証拠を突き付けてくるのだろう。自警団が証拠もなしに要人と扱うような人物を捕えたりはしないはずだ。


 証拠は何だ? どう回避する? 回避などできるのだろうか……


 改めて自分は死ぬかもしれないのだと思うと刀夜は落ち込んだ。どれほど才能があってもこうなっては状況をひっくり返すのは難しいのだろう。


 ここまで必死に元の世界に戻る為にやってきた……だがここまでだった。


「……死刑……か……」


 刀夜の脳裏に爺さんや晴樹そしてリリアの顔が過ると申し訳なく思って項垂れた。その言葉を聞いた葵は刀夜が覚悟したように感じて悲しそうにする。


 彼女がこの取り調べに呼ばれたのは刀夜の最後がどうなるか知ってもらうためだ。葵には辛いかも知れないが、刀夜の仲間はきっと経緯を知りたがるだろうとのアイリーンの配慮である。


「では始めます。貴方にかかっている容疑は殺人罪となっております。事件は二日前――」


 二日前なら確かに奴隷商人を皆殺しにした日である。


「ロイド上義員の自宅にて同人物を殺害。これに間違いありませんか?」


 ――そう殺してしまった。それも大勢殺してしまった。特にロイド上議員は…………ロイド?


「え?」


 辛そうにうつむいて刀夜は突然、鳩が豆を喰らったような間抜けな顔を上げた。


「ロ、ロイド? 上議員!?」


「そうだ。彼の館に堂々と押し入り、彼を無惨にも殺すとなに食わぬ顔で館を後にしたであろう?」


 まったく身に覚えのない話に刀夜は混乱した。


 混乱したのはなにも彼だけだはないアイリーンや葵も驚きを隠せない。刀夜が先程まで罪を受け入れていたかのような態度を急に一変させたのだ。


「ま、待ってくれ。身に覚えがない……」


「な、何を今さらしらじらしい」


 それでは今までは態度はなんだっただと彼女も言いたくなる。初めっからしらばっくれる者は多いが、このようなパターンは珍しいケースだ。だが彼女の疑いの目や尋問の内容が変わることはない。


「本当だ。経緯を、経緯を順序立てて詳しく教えてくれ!」


「いいだろう……」


 クレイスには確たる証拠を掴んでいるだけに刀夜の疑いを緩めることなどない。


 彼女の話によれば刀夜は3日前にロイド家の辺りをうろついて家を偵察していた。次の日に刃物を持って正面玄関から堂々と入ってロイド上議員と接触。刃物で義員をめった刺しにすると家の者にも襲った。


 幸い家の者は裏口から逃げたので死傷者はいなかった。刀夜はその後、返り血を浴びた姿で正面玄関から堂々とでていったとのことだ。


「ばかな……そんな間抜けな方法で俺は疑われているのか?」


 刀夜がやるならそんな簡単に証拠を残すような方法は取らない。となれば誤捜査か何かの陰謀としか思えなかった。


 だが自警団にはれっきとした証拠があった。

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