第305話 刀夜の逮捕

 刀夜は奴隷商人への復讐を果たして家に帰ってきた。


 真っ先に倉庫にある金庫へ武器を収納して、工房経由でリビングへと入る。リビングには丁度皆が集まっており、深刻な顔で刀夜を出迎えた。


「ただいま……」


「と、刀夜!」


「刀夜君!」


 舞衣たちが青ざめて困惑したような表情を刀夜に向ける。 刀夜は単独行動したことをまた責められるのかと思ったが、それとは雰囲気が異なっている。


 その様子に刀夜はリリアの一件が脳裏を過った。また彼女の身に何かあったのかと心配になるもののよく考えれば彼女はまだ遠征中のはずである。


「な、何かあったのか?」


 恐る恐る尋ねてみる。


「何かって……あなたは一体どこで何をしてきたの?」


 舞衣が泣きそうな顔で訪ねる。祈るように組んだ両手が微かに震えていおり、舞衣の心境は悲痛であった。


 そんな舞衣の質問に刀夜はギクリとした。まさか殺人をしてきたなど口が裂けても言えるはずもなく、咄嗟に嘘がでなかった。


 刀夜が答えられずに沈黙が訪れる。刀夜が辺りを見回せば皆の視線はまるで突き放すかのように冷たい。


 一体何が起きたのかまったく想像もつかず刀夜は困惑する。まさか皆にバレたのかと肝を冷やす。


 突如家の玄関の外が騒がしくなった。ガチャガチャと立てる音は鎧の音だ。


 ――囲まれた!?


 なぜ武装集団に囲まれたのか?


 舞衣や晴樹達にも聞こえているはずだが、その事に彼らは反応を見せない。まるで始めっからこうなるのが分かっていたかのように。


 そのことに刀夜は不信に思うと同時に激しく嫌な予感に包まれる。そして家の扉をドンドンと叩かれた。


「……はい」


 晴樹が返事をして無念そうに扉を開けた。


 扉の前に立っていたのはウェーブがかった金髪の女性だ。独特の紫の口紅にピンク色の瞳はアイリーン・バッツ分団長だった。


「刀夜殿は帰っているな!」


「アイリーン……さん?」


 彼女も険しい表情だ。そしてその背後には3警の団員たちが武装しており、家を取り囲んでいる様子が扉ごしに見えた。


 そんな中に葵の姿もあり、彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。


 アイリーンは家の中に一歩足を踏み入れる。彼女の左手は腰にぶら下げている剣の鞘を掴んでおり、いつでも剣を抜ける体制を取って警戒していた。


 彼女の部下たちも有無を言わさず、ずかずかと数名入ってくる。刀夜は兵士に追い込まれて後退あとずさする。


 3警は全員が女性で構成されている部隊だが犯人を捕まえるため、剣術のみならず体術も優れている。怪我の後遺症が無くとも刀夜が勝てる相手ではない。


 刀夜は極度の緊張感に包まれ冷や汗が流しながらジリジリと下がると背中に自分の部屋の壁が当たった。


「刀夜殿……」


 もはや逃げ場のない刀夜にアイリーンは残念そうにした。一時期ではあったが共に旅行をした仲でもあり、彼の人柄を信用してエイミィをも預けることもした。だが彼女の期待は裏切られたのだ。


 アイリーンは意を決して、キッと鋭い目で刀夜を睨む。


「貴殿を殺人容疑で逮捕する!」


「なっ!?」


 刀夜はなぜばれたのかと焦った。証拠は残さないよう細心の注意したはずである。人に会わないよう早朝に出かけ、街を出るときも見られないよう顔を隠して奴隷商人の馬車とは別にでた。


 計画のことは誰にも喋ってはいない。もしかして奴隷商人の中に生き残りがいたのかという懸念が頭を過る。しかし街を出たときの人数と遺体の数は一致していた。生き残りはいないはずだ。


 となると街に居残りがいたのか?


 前日に団長が誰かに喋ったのか?


 それでもどこに行くかは当日にしか言っていない。彼らが死んだのは一昨日だ、そんなに早く伝わるはずはない。


 だが現にこうして殺人がバレている……


「刀夜殿、弁明なら聞くが? どうしてこんな事をしたのか?」


 アイリーンは今でも信じられない思いであった。この懸命な男がそんなことをするなどと。共に旅行した様子からも決してそのようなことをするとは思えなかった。


 刀夜は弁明などできるはずもなかった。観念すると無念の想いが込み上げてくる。それを抑えるので必死となった。力が抜けてずるずると腰を落とすとうずくまって顔を隠した。


 無言の返答――それは認めたのと同じである。


「嘘……そんな……」


 舞衣は信じられないと呆然としてその場にへたりこむ。


「どうしてこんなことを……」


 晴樹は刀夜の姿を見れなくなり顔を背けた。


「嘘だといってよ刀夜くん……」


 美紀は ボロボロと涙を流し、梨沙は無言で刀夜を見つめた。


「刀夜……人殺しなんて嘘だよね? ちゃんと嘘だって言ってよ!!」


 葵の悲痛な呼びかけに刀夜は答えられない。そのような刀夜をみて事実なのかと彼女は落胆した。


「刀夜殿……残念だ。捕縛!」


「はっ!」


 刀夜はアイリーンの部下に取り押さえられると。両腕を後ろで縛られると身体中をさまぐられて、いくつか隠してあった道具を取り上げられた。


 この世界において殺人は許されるものではない。だが例外というものは存在する。犯罪の取り締まりなどでやもえない場合は罪とされないのだ。他にも山賊の討伐や教団の制圧、村の暴動鎮圧などがそれにあたり、犯罪者への拷問の際による死亡なども含まれる。


 刀夜を家から連れ出そうとしたとき彼の部屋からエイミィが眠たげにでてきた。


「お兄ちゃん……かえってきたの?」


 刀夜が振り返ると見られたくなかったと嫌そうな顔をした。


「お兄ちゃん、約束。遊んで……」


 帰ってきたら遊ぼうと刀夜は出かける前にエイミィと約束していた。リリアを自警団に取られてからというもの彼女はさみしい想いをしており、可哀想に思った刀夜が約束していた。


「ごめんエイミィ……」


「えぇーっ やだよう!」


 エイミィは走って刀夜の足に抱きつくと今にも泣きそうになっている。このままでは刀夜が身動きできないので、舞衣がエイミィを抱き抱えて引き離した。


「お兄ちゃんはもう少し用事があるから待ってようね」


「やーだ!」


 刀夜がさらに謝るとエイミィは大泣きして舞衣の胸にうずくまった。


 いたたまれない空気がその場を支配する。


 もし刀夜の殺人罪が確定すれば彼は死刑となってしまう。それはエイミィに与える衝撃が大きいものになるだろう。アイリーンは彼にエイミィを預けたことが失敗しただろうかと悩んだ。


 刀夜と自警団が家を出て護送車で運ばれていくと、家に残った者たちの間に重い空気がのしかかる。


 舞衣は護送される馬車を見送りつつ、リリアが帰ってきたとき彼女になんと言えばよいだろうかと悩んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る