第301話 奴隷商人の最後

 団長は穴なの中で音が鳴り止んだことに息をのんだ。勝ったのは刀夜か? それともキュリエスか? その勝敗が自分の運命を分けることになると分かっているだけに気がかりで仕方がない。


 そのとき穴の上から人が落ちてきた。ドサリと落ちてきた黒ずくめの男はキュリエスだ。ということは勝者は刀夜ということになる。


 団長は唯一の望みが絶たれて青ざめると膝から崩れ落ちた。這いつくばってキュリエスの元に這い寄ると彼はまだ息がある。だが両腕を失っており、彼の命はもはや絶望的であだ。


 団長は見上げると穴の上で刀夜が見下ろしていた。彼の冷たい視線からは喜怒哀楽を感じさせない。


「わ、私たちをどうする気だ!」


 自分の命の行方を問うが彼は何も答えない。無言の回答は団長の言い分など聞く気もないという刀夜からのメッセージのように見える。


 刀夜は崩れた場所に設置した板を渡ってスタスタと歩いてゆく。そして洞窟の奥にへと戻ると、穴の縁に置いてある荷物の横で立ち止まった。


 その荷物には布きれがかぶせられている。膝ほどの高さの荷物は形状からどうやら箱のようだ。


 刀夜の無言な態度に団長はいらだった。


「こ、殺すならひと思いにやったらどうだ!!」


「ひと思い? なに甘えたことを言っている? お前たちがリリアにしでかしたことを思えば、そんな生ぬるい最後を迎えれると思うなよ」


 刀夜は布きれをぎ取ると、そこにあったのは檻だ。底と天井は木でできているが側面は太い鉄格子と網目の格子でできている。


 そしてその中を大量の小型の甲殻をもつ蜘蛛のようなモンスターがうじゃうじゃと動いていた。それを見た団長はぞっとした。


「これはラビレントというモンスターだ。知っているか?」


 刀夜の問いかけに団長は首を振った。初めてみるモンスターだ。


「こいつらはケツの針で相手を麻痺させて卵を産み付ける。幼虫は一週間ほどで生まれてくる。その間、苗所は生かさず殺さずだそうだ。そしてお前達は生かされたまま幼虫の餌となるんだ」


「な、苗所……」


 団長は涙目でそれが何か察した。


「や、止めてくれ……な、なんでもする。そ、そうだ古代金貨! 古代金貨を差し出す!」


 団長は刀夜に命乞いをする。しかし刀夜にしてみれば古代金貨なぞ欲しくもない。そんな問題ではないのだ。


「なんでもする?」


「ああ、ああ、なんでもする。だから命だけはお助けを!」


 団長は何度も号泣して頭を下げた。


「なんでもする……リリアは同じことを言わなかったか?」


 団長は奴隷の刻印を刻むときにその言葉を聞いたような気がした。だがそれはリリアだけではなく誰でも同じことを言う。したがっていちいち気に留めてなどいない。


 刀夜は鉄格子の柵を開けると檻を穴に蹴り捨てた。檻はモンスターを散らしながら落ちると岩に当たって砕ける。そして蜘蛛の子を散らす様にモンスターが獲物を探して這いよる。


「ひいいいいいいい」


 団長と商人たちは穴の壁端へと逃げてゆく。


「た、助けてくれぇ!」


「死にたくない!」


 泣き叫びながら穴を登ろうとするが反り返っている為に登るのは不可能だ。身動きのできないキュリエスの体にモンスターが群がった。


「うごおおおおおッ」


 彼の断末魔の声がさらに恐怖を呼ぶ。そして次々とモンスターに襲われると犠牲者が増えてゆく。


 刀夜はそんな様子を穴の上で見ていた。


「ひい、ひい、ひいぃぃぃ……」


 団長も無数のモンスターに襲われて次々と針を刺された。最後まで必死に逃げようとするその姿は生への執着、死の拒絶だ。


 刀夜はこの姿を見たかった。のたうち回って後悔して死んでいく様を笑ってやるつもりだった。


 なのに心は晴れるどころか、どんどんと沈んでゆく。


 自分で仕かけた罠とはいえ、見えていて気分が悪くなる。のたうち回る団長をみて嘲笑ってやるつもりだったのになぜなのか。


 自分の心がまるで底無しの泥沼にはまってゆくかのように感じた。


 刀夜は団長達の最後を見届けると奥から大きな樽を転がして穴に投げ捨てた。落ちた樽は岩に当たって割れると油が流れる。


 刀夜はさらに数個投げ入れてショットガンを放った。跳弾の火花により穴の中は炎の海と化して彼らをモンスターごと葬った。


 燃え盛る炎に背を向けて刀夜は重い心を引きずったまま洞窟を後にする……


◇◇◇◇◇


 刀夜は街に戻る為に馬をせた。


 廃墟を出る際に放っていたモンスターはすべて殺しておいた。廃墟に現れたモンスターは刀夜が事前に罠で捕まえておいたものだ。


 彼らが廃墟を探索している間に檻から放ったのだ。したがってモンスターはそのままにできない。


 加えて色々な仕掛けを処分し、奴隷商人の馬車も火を放って処分しておいた。完全犯罪とすべく証拠を隠ぺいしたのだ。


 そもそもこんな危険な廃墟にやってこようと思うような輩はそうそういないだろうが念には念をである。


「これで俺も犯罪者か……」


 それは覚悟の上だ。だが自分の言葉に急に可笑しさが込み上げた。


「何をいまさら……もう何人も殺してきてるじゃないか……いまさら善人ぶるなよ……」


 覚悟は決めていたのに刀夜の目に涙が流れた。


 水沢有咲、金城雄真、藤枝一郎、坪内七菜、みんな直接もしくは間接的に刀夜が殺したようなものだ。仲間ですら殺したのだ奴隷商人など殺してもどうにも思わない……


 ――ハズだった。


 なのに刀夜の心には激しい後悔の念が募っている。


「なぜだ、なぜこんなことに……」


 クラスメイトは心のどこかに仕方がなかったという想いがあった。だが今回は明らかにしなくてもよかった。復讐心にかられ、激情に呑まれて行った行為だ。


 胸くその悪さはクラスメイトの時とは比べ物にならない。親を殺したときともまた違う。刀夜の計算ではここまで酷いことになるとは思わなかった。


 この想いを一生引きずってゆくのかと思うと反吐がでそうだ。いっそのこと誰かに殺してくれと願う日がくるのかも知れない。そんな予感が脳裏を霞めた。


 刀夜の脳裏に龍児が浮かんだ。


「あいつは……あいつはこんな後悔なんてしないんだろうな……俺もあいつのような生き方をしていたら、こんな気持ちにならずに済んだのだろうか?」


 だがそんな仮定は無意味である。


 刀夜は龍児にはなれない。


 龍児は刀夜にはなれないのだ……

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