第299話 キュリエスVS刀夜1

 刀夜の正論に奴隷商人の団長は返す言葉もなかった。そして彼を説得するのは無理だと感じた。そうなると今度は刀夜への怒りが募る。


 団長は現在の状況ならまだ自分が有利だと黙考した。彼にはまだ多くの部下と雇っているゴロツキがいるのだ。数では圧倒的に自分のほうが有利だと。


 そして洞窟の奥から仲間の声が聞こえてくる。雇っているゴロツキどもとキュリエス達が追いついてきたのだ。


 それは当然刀夜の耳にも届く。


 刀夜はキュリエスを迎え撃つために隠しておいた長い板で崩れた地面に橋を掛ける。そして崖を越えると大穴の手前にあった岩陰に隠れた。


「団長ォ!!」


「キュリエス! 気をつけろ! 奴が裏切ったぞ、殺せ!!」


 団長は穴の中から刀夜が隠れるのを見届けるとキュリエスに注意を促した。黒づくめの男キュリエスはその言葉を聞いて半信半疑だった違和感が間違っていなかった確信する。


 ――やはり奴は敵だったと。


 キュリエスはグリズホッグを2頭倒したところで柵が持たないと悟った。そして現場に団長と刀夜がいないことに気がつき慌てて追いかけてきた。


 洞窟奥から轟音か聞こえると、彼にとってもっとも恐れていたことが起こっていた。


「野郎ども! 奴を見つけてたたき殺せ!」


 彼の指示にゴロツキどもが一斉に返事をする。キュリエスも彼らも怒り心頭なのである。


 このような場所に連れてこられたあげくモンスターに囲まれたのだ。はっきりいってここから脱出できるかも怪しい。それもこれもすべて奴のせいだと。


 岩影に隠れていた刀夜は洞窟の中で複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。モンスターを相手していたゴロツキの連中が戻ってくるのを察知した刀夜は背中に隠し背負っていたショットガンを取り出す。


 ショットガンはポンプアップ方式の散弾銃だ。本来はモンスター用に開発したものだが対人戦でも絶大な威力を発揮できるはずである。


 この武器に刀夜が用意した弾は2種類。一つは対モンスター用に大きめの散弾と多めの火薬で高威力を発揮するが弾数が少ない9発弾。一つは対人用の小さめの散弾で30発弾となっている。


 また散弾の飛び散る範囲を絞るために銃口は全搾りとなっている。そのためこの銃の反動はかなり大きい。現在装填しているのは無論対人用である。


 穴のある広場にゴロツキが飛び出してきた。刀夜は岩陰から狙いをすまし、すかさずトリガーを引く。


 銃声と共に先頭の男が散弾の衝撃で吹き飛ばされて即死した。まるでカウンターパンチを喰らったかのように走っていた方向と真逆の方向に吹き飛んだのだ。


 彼は大の字となって着ていた服が一瞬で血染めとなる。


 音に驚いたキュリエスや他のゴロツキは近くの岩場に慌てて身をひそめ、何が起きたのかとて肝を冷やす。


 死んだ男と一緒に飛び出していた男は目の前で起こった出来事が理解できずに立ち止まってしまう。恰好のマトとなった男は刀夜の第二射の餌食となった。


「お、お頭! なんですかあの音は!?」


「俺が知るか!!」


 キュリエスに悪寒が走り、冷や汗が止まらない。音もさることながら血まみれになって倒れた部下が何をされたのか分からない。


 みたところ矢を受けた痕跡もない。魔術が発動した形跡もなかった。分かっていることはただ一つ……


「奴は飛び道具を使ってやがる」


「え? それはどんな武器なんですかい?」


「俺が知るかッ!!」


 キュリエスに質問をした男の顔に裏拳がのめり込む。只でさえイラついている所に、訳のわからない攻撃喰らっているのだ。これ以上苛立たせるなと怒りを露にした。


 洞窟の奥から団長達の呪詛のような声が聞こえてくる。どうやら声は目の前の広場にある穴から発しているようだ。その内容からよほど何か悔しいことが起きたように思えた。


 刀夜がどこにいるのか岩陰から探してみる。仲間が倒れている方向からして右奥の岩場に隠れていると予測した。


「いいかお前ら、俺が奴の気を引くから回り込んで奴を追い込め。首を取ったヤツには後で特別報酬だ。酒と女、好きなだけ遊ばせてやる」


 キュリエスの指示にゴロツキどもはうなずいて欲望をたぎらせる。


 見たこともない攻撃方法に本来ならばもっと慎重になるべきだった。だが彼らは欲望のほうが上回ってしまったのだ。無論そう差し向けたのはキュリエスである。


 ゴロツキどもは屈んで移動する準備を整えた。


「確かチョウヤとかいったな! テメーなぜ裏切った?」


 だが刀夜からは返事はない。こんな状況下で裏切るような男だ。加えて不明な武器を所有している。かなり知恵の回る者なのだろう。


 そのような輩の相手をする場合は相手の冷静さを奪うのがセオリーだ。幸いにも地理はキュリエス達のほうが有利である。鍾乳石と大岩が散乱さんらんしており、隠れる場所は多い。


 対して刀夜のほうは広場の隅にある大岩だけだ。移動するとしたら広場に出るか、回り込んでこちらにくるしかない。


 だが回り込む方向からはキュリエスの部下が向かう。仲間に追い立てられて広場に姿を現した所で弓矢と投げナイフで串刺しにしてやると一計を案じた。


「テメーの女、確かリリアとかいったな!」


 刀夜はリリアの名前がでると眉をピクリと動かした。


「あの女ぁ、捕まえたときのことは今でもよーく覚えているぜぇ」


 キュリエスは仲間にハンドジェスチャーで行けと指示をする。ゴロツキどもはうなずいて屈んだまま岩伝いに移動を開始した。


「裸にひんいたらよぉ、許してくれと泣き叫んでいたなぁ」


 刀夜は口から歯ぎしりの音を立てると手にしているショットガンを強く握りしめる。


「あの女もう抱いたか? 胸は残念だが色々と気持ちいいテクを持ってただろ? たっぷりと仕込んでやったからなぁ」


 ねっとりと絡みつくような嫌な言い方で刀夜を挑発した。


 刀夜の怒りが一気に爆発する。岩の隙間でゴロツキが移動するのが見えた瞬間、刀夜はすかさず狙いをすませてトリガーを引く。


 銃声と共に放たれた散弾はすでに岩陰に隠れて誰も居なくなった場所に命中する。


 突き刺さるような着弾の音した瞬間、岩が砕けて飛び散った。それを目のあたりにしたゴロツキはこのような武器を持った者を相手にするのかと今更ながらに後悔し始めた。


「ぎゃあああああ」


 岩陰に隠れていたはずの仲間の一人が叫び声を上げた。隠れていたにも関わらず弾を足に喰らったのだ。


「なんだよ!? 奴の攻撃は真っ直ぐだけじゃなかったのかよ!」


 その様子にゴロツキ達は臆する。


 岩によって跳弾した弾が偶然にも彼に当たっただけなのだが、それは狙ってできるものではない。


 だが30発もあれば跳弾した弾が当たる確率は高くなる。そして彼らにはそれが狙って飛んでくるかのように錯覚し、恐怖した。

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