第297話 復讐劇開幕

 廃墟に入ると刀夜は馬の速度を落とした。カッポカッポと馬の蹄の音とガラガラと馬車の音を立てながら中央の道をゆっくりと進む。


 奴隷商人達は馬車から顔を出して辺りの様子をうかがった。防壁は到底その役割を果たせるとは思えないほど薄くもろいものだ。大型のモンスターに襲われたのか大半の家は崩壊しており、瓦礫の山と化としている。


 誰もが本当にこんな所に人が住んでいるのかと疑いたくなる。


 さらにしばらく進むと多少はマシな家が見えてきた。しかし人影はまったく見当たらない。


「この辺りなのだが……」


 刀夜は馬を止めた。合わせて商人たちの馬車も停止する。刀夜が馬を降りて辺りを警戒するとゴロツキどもも馬車を降りた。刀夜と同様に周りを見回すが誰ひとり見当たらない。


「あの、旦那。本当にここなんですか?」


 団長も不安にかられて馬車を降りて刀夜に尋ねた。


「ああ、ここで間違いない」


「しかし誰もいなさそうだぞ」


 黒づくめの男、キュリエスも不振に思い刀夜を睨んだ。彼は内心、騙したのかと勘ぐっている。もしそうならオルマーと縁があろうが命で償ってもらわねばならない。


「何かあったのかも知れない。少し辺りを捜索してみよう」


 刀夜が提案するすると、せっかく来たのだからと捜索を行うことにした。団長とキュリエスの部下数名が辺りを捜索にでた。


 しばらくしてキュリエスの部下の数名が戻ってくる。


「お頭、家を何件か回ってみたが誰もいねぇぜ。だが生活していた跡はあったぜ。洗濯物が干されたままだった」


「こちらも生活していた痕跡があった。食器とか調理した跡とかがな」


「こちらも同様だ。誰もいなかったが干し草ベッドにはシーツが被っていた」


 次々と上がってくる情報によれば誰もいないが生活した跡はあるとのことだった。中には宝石や硬貨を見つけて喜んでいる者まで現れる始末。


 キュリエスは地面にある大小さまざまな足跡を見つけていた。だがその中には獣の足跡も混じっている。


「もしかしてモンスターに襲われて逃げたのか? もしくは全滅か……」


 だがキュリエスの判断を刀夜は否定した。


「襲われたかも知れないが死んだととは思えないな。血痕や争った跡がない」


「それでは連中はどこへいったというのですか?」


 団長の意見に刀夜はしばらく考え込み、何かを思い出したようなそぶりを見せた。


「そういえば彼らはこの先に避難用の洞窟があると言っていたな……」


「洞窟?」


「ああ、そうだ。それがあるからこんな場所でも生活できるのだとも言っていた」


 キュリエスは確かにそんな場所でもなければこんな所で住むは無理だと思えた。だが刀夜の意見をもっともと思いつつも、どうにも懐疑的な目で見てしまう。彼の勘がそう囁く。


「旦那はその場所をご存じで?」


「もちろんだ。確か彼らはあっちを指していた。いってみよう」


 全員が戻ってくると刀夜の示した方向へと足を運んだ。すると確かに洞窟が見えてくる。


「あった。あれだ」


 まるで薄く開いた口のような洞窟だが思いのほか大きい。人が立っててもそのまま中へと入れるほどだ。


 しかも洞窟の入口の前には木の柵が何重も施されており、侵入者を拒むかのように木の杭がこちらに向いている。


 さらに近寄ってみると柵の杭には血の跡や獣の毛が付着している。


「ふむ、どうやら本当にモンスターに襲われたようですな」


 団長はそれらがまだ真新しいことを確認した。洞窟に逃げ込んでここで防衛戦を展開していた様子が目に浮かぶ

 地面には血痕の他に潰れた矢や槍も散乱さんらんしていた。


「だが遺体がいっさい無いってのはどういうことだ?」


「別のモンスターに処分されたようだな。血痕の跡が引きずったようになっている」


「…………」


 刀夜のいうとおり血痕はかなり引きずられた跡が残っていた。状況的にはそうなのかも知れない。だがつばの広い帽子からのぞかせているキュリエスの目はいまだ半信半疑だ。


 多くの者が他になにかないかと辺りをキョロキョロと探していた。刀夜も辺りをうろうろとして状況を確認する。


 洞窟前は戦いやすいようにひらけており、家などはない。


 洞窟の中は天井に穴が開いてる為か所々光が差し込んでいるのが入り口から見てもわかる。だがそれでも中は鍾乳石や岩がごろごろしており、奥のほうはどうなっているのか不明だ。


「団長、中に入ってみよう。彼らは奥に避難したのかも知れない」


「しかし、モンスターとの戦いが終わったのならもう洞窟から出たのではないでしょか?」


「では捜索範囲を広げ――」


 刀夜がそう答えようとしたときゴロツキが叫んだ。


「モ、モンスターだ!!」


 誰もが青ざめて辺りを見回した。熊のようなモンスターがのしのしと歩いて、こちらの様子をうかがいながら近づいてくる。


「グリズホッグだ!」


「あ、あっちにもいるぞ!!」


「こっちもだ!」


 刀夜達はモンスターに囲まれる形となった。その数ざっと8体。対してこちらは24名だ。だが自警団と違ってこちらの大半はモンスターとの戦闘経験は少ない。


 戦闘経験豊かなのはキュリエスと彼の部下ぐらいだけである。しかしグリズホッグは道中でもよく見かけるモンスターだ。


 このモンスターは対処を誤らなければ勝てない相手ではない。一番やってはいけないのは真正面から対峙することだ。パワーでは相手の方に圧倒的に分がある。


 しかしキュリエスといえど一頭ならともかく8頭は多すぎた。


「くそう、やはりモンスターに襲われたんだ」


「キュ、キュリエスどうするのだ?」


 団長は青ざめた顔で彼に助けを求める。だがキュリエスとて正直いって助けて欲しいのはこちらだ責任をとれと文句を言いたい。この商談に乗ったのは団長なのだから。


 そして元をたどれば商談を持ってきた刀夜とかいう男のせいだ。各々が剣を抜くもののじりじりと後退してひと固まりとなる。


「どうする? 一点突破を狙うか?」


 刀夜がキュリエスに提案する。


 しかしその方法は真正面からぶつかるため多くの犠牲を伴う。それでは団長を守れない。今後の食い扶持ぶちを失うことになる。下手をすれば全滅だ。


「洞窟に入るしかあるまい」


 キュリエスは口惜しそうに答える。戦術としてはそれしか方法がない。


 馬車があれば対策できる武装があるのだがここからでは遠すぎる。キュリエスはこんな所に連れてきた刀夜に恨みをいだいた。

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