第296話 奴隷商人再び3
次の日、刀夜は新開発の兵器を携えて装備を整えると馬に乗った。奴隷商人からもらった狩人の姿につばの広い帽子とマントを装備する。マントは刀夜の武装を隠すためである。
腰にはダミーの剣を装備するが刀夜はこれを振るうことはできない。振っても以前のような剣速は出せない。足が踏ん張れないのだ。剣同士でやり合えば格下の相手にでも刀夜は負けてしまうだろう。
「じゃあ出掛けてくる。四、五日ほどで帰ってくるので心配しなくていい」
舞衣にまたかと嫌な顔をされた。心配しなくとよいなどと言われても説得力の欠片もない。
「どこにいくのかしら? といっても答えてくれる気はないのでしょうね」
完全に呆れてしまった舞衣ははなっから彼からの説明を諦めた。しかし、これまでと異なるのは刀夜の姿だ。今までは普段着に皮の防具程度だったのだが今日は余所行きの服を着ている。
「済まない。だがこれが最後になるから」
いつもと様子か違うので、彼の言うとおりこれが最後なのかも知れないが仲間にも話せないような用事とは何なのか気になって仕方がない。舞衣は言い知れぬ不安に襲われる。
しばしの別れを告げた刀夜は馬を走らせて去ってゆく。それを見送った舞衣は大きなため息をついた。どうせまたこのようなことを彼は繰り返すだろうと……
◇◇◇◇◇
奴隷商人たちは間違いなく申し入れを受けるだろうと刀夜は確信している。なぜなら奴隷商人にとって商品の仕入れが一番困難なのだ。
一応表向きは奴隷制度は法律で許可していないことになっている。売る側も買う側も完全に無視しているので意味のない法律だ。まだ新しい法律なので法だけが先行して実態か追い付いていないのが現状なのだ。
だが法を整備しておかないと表だって奴隷売買など行われたら歯止めが効かなくなる。買い手の頭を押さえて徐々に市場を潰すのが目的となっている。
一気に押さえつけると商人たちの反発が大きくなるので時間をかけざるを得なかった。したがって奴隷の入手は徐々ではあるが難しくなっており、彼らは必ず食付いてくるだろうと刀夜は予測していた。
◇◇◇◇◇
刀夜は馬を飛ばして奴隷商人の元へとやってくる。朝早いのでストリートに人はあまりおらず、色街に至っては完全に誰もいなかった。
奴隷商人たちはすでに出立の準備をしていた。
本来ならばここでの商売が終わったからといってすぐには出立したりはしない。長旅の疲れを癒すため数日はこの街で休みを取るのが通例だ。
だがそんな彼らが出立の準備をしているということは刀夜の仕事に乗ったということだ。
団長は刀夜とオルマーの関係の話が本当なのか知り合いの商人に尋ねたが本当であることが確認できた。オルマー家の右腕となるような男を敵にまわすわけにはいかない。
幸いにも刀夜には密告の話が知られていないようである。であればここは話に乗って刀夜と縁を作るのが得策だと団長は考えた。
刀夜は団長の馬車の横に馬をつけると、馬から降りて豪華な馬車の扉をノックした。
ガチャリと音を立てて扉が開く。扉を開けたのは見覚えのある全身黒づくめの男だ。
つばの広い黒い帽子、黒い服、黒いマント……忘れもしない。色街の裏で刀夜をボコボコにした連中の頭だ。
このゴロツキが奴隷商人とつるんでいたのは刀夜にとって幸いだと思えた。あのときにやられたことの代償を命で支払ってもらうと企んだ。
だがこの黒い男がかなり強いのは一戦交えたことでよく分かっている。それなりに修羅場をくぐっているだろうから今回の中ではもっとも警戒すべき相手だと刀夜のカンが囁いた。
黒づくめの男は顎で刀夜に入れと指示をした。
刀夜が馬車に入ると中は広く、以前にオルマー家から借りた馬車以上であった。そして相当儲けているのかきらびやかだ。
もっとも刀夜から言わせればそれは下品な程にといいたくなるような度が過ぎた装飾だ。
「これはこれは古代金貨の旦那。本日はよろしくお願いします」
色々調べたのならもう名前ぐらい聞き及んでいるはずなのに、まだそのあだ名なのかと刀夜は嫌な顔をする。
「刀夜だ。話は信じてもらえたようだな」
「はい。それはもう。大変失礼しました」
団長は刀夜にゴマを摺りながら作り笑顔を向けた。刀夜の目の前にお茶が差し出される。それを一口で飲み干すと刀夜は早速仕事の話に入った。
「まず先に分け前を決めておきたい。情報得てからごねられたら困るからな」
「ええ、そりゃかまいませんよ。フェアにいきましょう」
「物分りがよくて助かる。俺の取り分は一人頭金貨2枚でどうだ?」
「売れた金額の割り合いでなくて良いのですか?」
「ああ、かまわん。売る残りが出たりしたら面倒だからな。それに俺がするのは情報提供と水先案内だけだ。商品がいくらになろうと関係ない」
刀夜の要求した金額は非常にきわどいラインであった。気持ちとしては高いと言いたい。
諸経費を考えれば十分に黒にはなるのだが利益は薄いことになる。しかしカリウスの右腕と称されるこの男と縁が結べる代金だと思えば悪くもない金額である。
「わかりました。それで結構です」
「それでは今回の商品の仕入れ先だが……廃都シチュトリノの北西にある廃墟となった小さな村だ。そこにシチュトリノから生き延びている人がまだ住んでいる。だが最近モンスターに襲われて食うに困っているらしい。身売りも致し方ないという話も出ている」
「ほう、そんな所に人が住んでいたなどと初耳ですな」
「当然だ。何しろ自警団の偵察遠征で知られたばかりの情報だからな。加えてまだ誰も入ったことのない未開だった場所だ。ゆえに議会にこの話が上がる前に早めに商売しないとくたびれ儲けとなる」
「距離はどれほどですか?」
「ここから2日ほどだ」
それを聞いた団長は部屋の隅で腕を組んで壁にもたれている男に声をかける。
「備蓄のほうはどうだキュリエス?」
「食料は1週間分。人員もすでに確保できてますぜ。団長……」
団長の問いかけに答えたのは黒ずくめの男だった。つばの広い帽子の隙間から鋭い目つきで刀夜を見ていた男はキュリエスという名だった。
奴隷商人に雇われているゴロツキの頭だ。彼らは主に護衛と商品調達の実行を担っている。
「では早速出発しましょう」
そういって団長が腰を上げたので刀夜も馬車を後にした。自分の馬に乗ると襟を立てて帽子を深く被る。
「では西の門を出たところで待っている」
そう言い残して刀夜は先に街をでた。彼らと行動を共にしているところを他の者に見られるのは良くないのだ。
奴隷商人の馬車の一団が堂々とメインストリートを抜けて西門を抜けてゆく。そして草原の向こうで一人待っていた刀夜と合流して一路廃墟へと向かった。
道もない草原の中を一団は突き進む。当初予想していたモンスターの襲撃を警戒していたが意外にも出会うことはなく拍子抜けである。
これは刀夜がある程度駆逐しておいたからだ。道中で彼らに火薬武器の存在を知られる訳にはいかい。戦闘は極力避けたかった。
刀夜の体はまだ完全ではないため戦いとなればかなりの不利となる。だが火薬武器にはそのような体でもたった一人でモンスターの群れを
彼らは野宿で一泊した次の日、目的地の廃墟が見えてくる。
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