第295話 奴隷商人再び2
「ああ、クソ! 間に合わなかったか」
団長に報告に向かていた燕尾服の大男が会場の後ろにある入り口に戻ってきた。急いで馬車にいったが団長はすでに出た後で無駄足となってしまった。
「どうなっている?」
「今、団長が気がついたところだ」
「あのガキ、よりによってオルマー家の専用の場所に!」
「一体どうなってやがるんだ……」
彼らが混乱するのも無理ないことだ。刀夜がオルマー家の右腕になった経緯を本当に知っている者はごく限られている。
殆どのものがデタラメな噂しか知らないのだ。ましてやこの街にいなかった奴隷商人たちが知るはずもない。
街の人間ですら風の噂で巨人兵討伐を指揮した裏の指揮官がいるというぐらいの認識である。それがこの男であると知る者は一部のギルドや議員と自警団の連中ぐらいだ。
「今回は中々の上玉ぞろいじゃないか」
硬直している団長に刀夜は声をかけた。すると団長はようやく呪縛から解き放たれて硬直から抜けだす。
「――あぁ、失礼しました。それでは最初の娘は……」
団長はややぎこちなく司会を進めた。その後、奴隷の女の子はみんな低価格となってしまったが完売した。
刀夜の心情としては彼女達を助けてやりたいとは思う。だがそんなことは不可能なのだ。
彼女らを買いにきている連中の反感を買うわけには行かないのだ。セリの最中、刀夜は彼女たちに憐みを向けることしかできなかった……
刀夜はセリが終わると席を立って団長のいる楽屋へと足を運ぶ。
「こんなご時世だが商売繁盛でなによりだな」
刀夜は楽屋の入り口で団長に声をかけた。楽屋はあまり広くはなく色々な女性の衣装がごちゃごちゃと置いてあり、見た目は華やかだ。
客の商人に聞いたところ他の奴隷は完売とのことだった。だが思ったほどの金額にならなかったのはご時世といえる。しかしこれは刀夜にとって好都合だ。
「こ、これはこれは古代金貨の旦那様!」
団長はゴマをするように両手を合わせて刀夜のほうへと向かてくる。
変なあだ名をつけられて刀夜はムッとする。これまでも『オタク』だの『鬼太郎』だの言われてきたが、これはこれでムカつく言われようであった。
「その後、あの娘はいかがだったでしょうか?」
「リリアか? 非常に良かったぞ。彼女は極上だ」
「さ、さようでございましたか……商売人としては嬉しい言葉にございます」
団長はさしあたりない会話で刀夜の様子を
「あの、あのとき隣にいた御仁とはその後大丈夫でしたか?」
団長は大丈夫そうだと感じ取るともう少し話を突っ込んで探ってみようとした。今日はきていないようだが、この男とはどうなったのか知っておきたかった。
「あの男とは今では盃を交わした仲だ」
「ひっ!」
意外な結末に団長は思わず悲鳴をあげてしまった。一体何がどうやったらそんなことになるのか? それは冗談ではないのか……にわかに信じがたい。
「驚いたか? だがこの街の大きなギルド長クラスの連中なら知っているぞ」
団長は焦った表情で青ざめてゆく。
まずい、これはバレている。
報復されるのではないかと焦りを感じた。
だが刀夜はカリウスからそのような告げ口をしたのが団長であることを聞いてはいない。なぜなら告げ口相手をカリウスも知らないからだ。
密告者の情報はハンスで止まっていた。カリウスに教えて奴隷商人と変な繋がりができるのを恐れた。議員を目指しているカリウスに彼らとの繋がりは致命的な汚点となりかねない。
「おちつけ。今日は仕事の話を持ってきたのだ」
あまりにも怯えてる団長をみて刀夜は優しく声をかけることにした。この後の交渉に影響しては元も子もない。見下されるのは困るが怯え過ぎれば警戒されるだけだ。
「し、仕事?」
「そうだ奴隷になりそうな連中がいる場所がある。どうだ俺と一儲けしないか?」
「一儲け……どうしてそのような話を?」
刀夜は金貨を入った袋を目の前のテーブルに置いた。大きな袋には金貨がざっと100枚は入っていそうだ。
「この金はなカリウスと出会えたことで儲けた金だ。それもこれもここでヤツと出会ったおかげだともいえる。だから仕事の話はお前達へのご祝儀みたいなものだ」
「カリウス様はなぜ今日こられなかったのですか?」
「知らないのか? 奴は今後もここにはもう来ない。カリウスが議員候補に上がったからだ。俺が奴をのし上げてやったのだ。だからもう来ない。嘘だと思うなら誰にでも聞いてみるがいい」
それが事実なら色々と辻褄が合う。この男が生きていることも、大金を手にしていることも頷ける。一体どのようなマジックを使ってカリウスに取り入り、彼を議員候補に持ち上げたのかは知らないが。
しかし、この男をどこまで信用して良いものだろうか、この男の言うことが真実なのか確認が必要だと団長は考えた。
「わかりました。返事は明日でもよろしいでしょうか?」
「ああ、いいぞ。しっかり確認するといい」
自分の考えはこの男に見透かされている。団長は二手三手先を読まれているそんな敗北感を味わったような気がした。
だが、それだからこそカリウスと杯を交わせる器なのかも知れない。団長の迷いはますます濃くなってゆく。
「だが行くとなったらその日のうちに出発したい。情報が新鮮なうちに済ませないとどう変わるか分からんからな」
「それはそうでございますな。分かりました」
その意見は団長としても同意見だ。昨日まで娘を売るつもりでいたのに次の日にはひっくりかえされるなど良くあることだからだ。
団長と約束を取り付けた刀夜は奴隷商を後にした。彼らがどう調べようとも事実なのだから疑われることはない。奴隷がいるという嘘以外は……
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