第293話 他が為に想いは募る

 刀夜はとぼとぼとメインストリートを歩く。リリアのことを悩みながら家へと向かっていた。


 空の天気は今の刀夜の気分のように雨雲が立ち込めている。湿った風がストリートを駆け抜けると、雨を感じた店舗の人々は品物を片づけ始めだした。


 ――どうすれば彼女を危険から遠ざけることができる?


 手だてとしてはリリアを魔術ギルドから退会させるしかない。しかし退会と言ってもすでに召集がかかった時点で本来ならば受諾などするはずがない。


 唯一の方法はわざと迷惑をかけて強制退会させることだ。街全域にマナイーターを放てば即刻クビとなるだろう。


 だが街での信頼は一気に失ってこれまでの努力は水の泡となる。刀夜は最悪それでも良い覚悟はある。


 しかしそれはそれでは相手の思惑にはまっていることにもなる。その一点で刀夜は口惜しかった。


 雨がシトシトと降り始める。只でさえイラついているときに、顔に雨滴がポツポツと当たり益々怒りの感情が沸き起こった。


「くそっ!」


 苛立ちを隠せなくなった刀夜は煉瓦の家の壁を殴って八つ当たりした。ロイド上議員に対しての怒りもあるが、もっとも腹立たしいのはこの事態に自分が何もできないことだ。


 刀夜は再びトボトボと歩き始めた……


◇◇◇◇◇


 夕方、天気は本格的に雨となる。ストリートの人々はめっきり数を減らし、慌ただしく家へ向かう人々がちらほらと見える。


 そのような彼らに混じって傘を忘れた龍児と颯太が寮に帰ろうと駆け足で急いでいた。


「くそう、天気予報なんてないから、ついつい傘を忘れちまうぜ」


「葵たちみたいに置き傘しときゃ良かったよなぁ……」


 今頃後悔しても仕方が無いことだ。容赦なく降り注ぐ雨で二人はずぶ濡れとなってゆく。地面に溜まった雨水を避けて走っていたが、やがてそれも難しくなってきた。


「じゃぁな」


「おう」


 先に颯太の寮に着いたので龍児はここで颯太と分かれる。自警団の寮は街に点在しており、颯太と龍児は別の寮となっているが距離は近い。


 由美と葵は同じ寮に入れたので大そう喜んでいたが、自警団本部からは距離がある。そのぶん刀夜の家とは少し近くなるので風呂を借りるときは助かる。


 自警団の寮は二階建てのボロくさい木造建築で部屋は20室ほどである。しかも独身寮なので部屋はあまり広くはない。


 だが異世界人である龍児達にとって仕事にありつけて、給料がもらえて、住むところもあるとなれば苦とも思わない。のたれ死んだり奴隷に落ちたりと思えば100倍マシである。


 龍児が自分の寮の前に帰ってくるとずぶ濡れの男がつ立っていた。


 龍児は一度足を止めるたが、再びゆっくりと近づく。男は俯いたままでスキだらけだ。


「何やってんだよ。こんな所で……」


 声をかけたが返事を返さないことに龍児は舌打ちをする。


「用があるんだろ……あがっていけよ」


 龍児はそう言って階段を登りだすと、刀夜も後を幽霊のようについてくる。


 『辛気臭せぇ』と思いつつも龍児は刀夜の心境を察していた。リリアの一件は同じ部隊の龍児の耳にまで届いていたからだ。


 部屋のドアを開けて玄関に置いてあったタオルで濡れた頭を拭く。そしてもう一つタオルを取ると、うつむいたままの辛気臭い男に投げつけた。刀夜はそれを顔面でキャッチする。


「……すまん」


 ようやく初めて言葉を発した。龍児は上着を脱いで脱衣所に放り込むと部屋の奥へと入っていく。振り向いて玄関でじっとしている男に「入れよ」と一言かけた。


 刀夜は部屋のドアを閉めて奥へと入っていくと、部屋はまるでビジネスホテルのように狭くるっしい所であった。


 部屋にはベッドと机、クローゼットと実にシンプル。というより何もないと言ったほうがしっくりくる。窓にはカーテンも付けておらず実に女っ気のない部屋だ。


 龍児は自分の椅子にドカリと座るとうちわでバタバタと体を扇いで汗と雨で濡れた体を乾かし始める。


「で、なんの用だ? おめーが尋ねてくるなんて雨が雪に変わらなきゃいいが……」


 部屋に上がってそうそう嫌味を言われるが刀夜は怒る気もしない。それどかろか龍児の前で床に膝をつき、両拳を地につけた。土下座ではないがそれに近い形で彼は頭を下げる。


「はぁ!?」


 突然何事かと龍児は困惑の顔をした。リリアの事だと分かっていても、あのプライドの高い男が頭を下げる態度にでるとは思ってもいなかった。一体何のつもりなのかと不気味なことこの上ない。気持ち悪い。


「な、何のまねだそりゃ!?」


 龍児の問いに刀夜の重い口が開く。


「もう、お前に頼むしか方法がないんだ……」


 できるものなら自分の手で何とかしたかった。しかしこればかりはどうにもならない。こればかりは刀夜では手の届かないことなのだ。


 信頼して頼めるのはこの男しかいない。龍児とはいがみ合ってきたが、龍児は仲間のためなら命を賭けることができる男だ。結果はともかく彼の行動は一貫しており、証明してきた。


「リリアがロイド上議員陰謀で先鋒に組み込まれてしまった」


 龍児はやはりその話かと表情を曇らせた。ロイド上議員はかなり強引にリリアを先鋒に組み込もうとしていた。


 実はレイラが先鋒を担っているのも理由がある。龍児の存在である。


 ロイドにしてみれば龍児も刀夜の仲間としか見ていないのでリリア同様一番危険な配置にしたのだ。ロイドは龍児とリリア両方に手をかけていたのだ。


 しかしながら実力面でレイラが先鋒に当たる可能性は高い。ゆえに龍児は自分が先頭に立つ事については文句はない。どのみち誰かが先鋒を務めなくてはならないのだから。


 だがリリアは年齢や経験共に適してはおらずレイラは強く拒否したのだ。龍児からその事実を知った刀夜はレイラに当たり散らしたことを後悔した。


「それに、おめーに言われなくったってあの娘も皆も俺は守ってやるぜ」


 だが刀夜は龍児の言葉にそうではないと首を振った。


「違う、俺が頼んでいるのはリリアだけだ」


 それはつまり周りがどうなろうとリリアを最優先してほしいということだが、それは龍児の流儀に反することだ。


「おめー……」


 いつもの龍児なら胸ぐらを掴んで怒鳴るところだ。龍児は大きく呼吸をはいて心を落ち着かせた。毎度毎度このパターンで揉めて喧嘩になってしまう。これでは成長できていないことになる。


「命の重さに誰もない。それが俺のやり方だ」


「…………」


 刀夜の願いは即座に蹴られた。だがその事に彼は表情を変えようともしない。龍児はもう少し焦る様子でも見せれば可愛げがあるのにと期待していたのだが……


「ふん、分かってて言ったふうだな。だが皆を守るといった以上はあの娘も絶対に守る。それだけは約束してやる」


「恩にきる……」


「分かったら早くあの娘を連携訓練に参加させてくれ。うちだけなんだぜ遅れているの」


「……わかった」


 刀夜は龍児にそう約束すると家路についた。


 龍児はそんなに大事ならずっとかたわらにいてやればいいのにとため息をつく。

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