第292話 刀夜VS自警団2

「一体なぜなんだ? なにが起きた?」


 刀夜はレイラに詰め寄る。


「そ……それは……」


 レイラは言いずらそうに口をつぐむ。彼女の態度に刀夜はレイラが喋れない事情があるようだと感じた。上からの圧力か、それとも何か別の事情か……


「口にできないか。会話にならんな。これまで手を貸してきた恩をこんな形で返すんだ。今後自警団は俺と敵対関係にあると認識させてもらう」


「ま、待ってくれ!」


「何を待つ必要がある? 口止めされているのだろう? リリアを魔術ギルドから退会させる。なに作戦前だとてちょいと大きな粗相をすれば嫌でもクビにせざるを得なくなるだろうよ」


 街中で一発、マナイーターをフルパワーで放てばいいだけだ。現状の街の法律では犯罪にはならないうえに罰金もない。軽いものなら厳重注意で終わるが、悪質なら追放になるだろう。


「そんなことをすれば彼女の地位は地に落ちてしまう」


「それがどうした! 元々どん底から始まったんだ。何も怖いものなどあるものか」


「くっ……」


「それより自警団の運営方針にてこのような行いを議会で問題視してやる」


「それは貴殿のためにも止めておくべきだな……」


「何?」


 刀夜はレイラの意味深な言葉に何かを感じた。議会で自警団の行いの問題を持ち上げて現団長や幹部を査問をちらつかせる脅しのつもりであった。


 何しろ自警団の問題は今回の件だけではなく他にも色々ある。巨人での作戦を立てることのできない無能ぶり。教団での裏切り者を見抜けずに多くの被害をだしたなどネタには困らない。


 その脅迫すら問題にならない? むしろ刀夜のほうが不利になると? 自警団としては議会からあれこれと騒がれるのが一番困るはずである。なのに……


 ――議会だと?


「そうか、議員か! 議員からの横槍だな!」


 だが議員からの横槍は内部干渉として突っぱれれるはずである。何しろ今回は自警団が立てた作戦なのだ。巨人戦のような裏技ではない。にも関わらずそれを受け入れずにはいられないとは……


「――それも身内の議員だな! 身内とはいえ自警団の作戦内容には干渉はできない。脅しかなんか知らんが自警団は受け入れるしかなかった。これは自警団と議員の憲章違反つまり犯罪だ。だから口にできない。違うか!!」


 それしか考えられない。そして刀夜の言い分にレイラは焦った。うかつな一言で全部見抜かれてしまった。


 たった一言から瞬時にそこへと辿りつくとはつくづく恐ろしい相手だと感じた。そして自分では手におえないと観念するしかなかった。


「……すぐ団長を呼んでくる。今しばらく待たれよ……」


 力不足を感じたレイラは交渉を団長へと委ねるしかなかった。


◇◇◇◇◇


 しばらくして呼びに来た者が刀夜を別室に案内をする。通された部屋は壁一面に大きな団旗が飾られており、反対の壁の書棚には賞状や勲章が飾られている。一番奥に重厚な机、手前にテーブルとソファーがある。


 ここは龍児達がレイラのとの面会に使用した部屋だ。ソファーには団長と副団長、そしてかたわらにレイラが立っている。


 団長たちは腰を上げて刀夜を座るように促した。刀夜が腰を落とすと先に口火を切ったのはジョン・バーラット団長だ。


「話の内容はレイラから聞いた。リリア殿の配置はすでに決まっており、変更はできない」


「なぜだ。あんな年端もいかない経験もないような少女を先鋒に据えるなど、おかしいではないか」


 リリアは巨人戦の功労者ではあるが戦いに向いているかと言えば否である。そもそも彼女の持っている魔法の殆どは生活魔法だ。


 戦いに使える魔法を覚え出したのは刀夜と出会ってからなので戦闘に使える魔法は少ない。精々後方支援としての回復役がよいところだ。


 しかも彼女は自警団と連携して戦うなど一度の訓練も経験していない。ベテランを差し置いて彼女が先鋒を務める理由などどこにもない。むしろこれでは自警団の足を引っ張っているようなものだ。


「今回、彼女には特例の処置が下された」


「特例?」


「自警団憲章には特例がある」


「特例? ずいぶん便利な言葉だ。なんでもありならそんなものはもう憲章とは言えない」


「ちゃんと規定はある」


 特例があるなどとは刀夜は初めて知った。なんでもありは大げさだが自警団憲章の特例には条件がある。


 だがその条件とてあいまいに記されているため解釈はどうにでも取れてしまうのだ。刀夜も巨人戦のときに同じ事をしている。


 それは過去からずっと指摘されてきた内容だが議会は放置していた。融通が利かなくなるという理由により決められなかったのであるが、それを逆に利用されてしまった。


「今回の人員の配置は横槍が入ったそうじゃないか。それは憲章違反じゃないのか? 巨人兵討伐作戦のとき散々そういっていたのはあなた方だ」


「…………」


「俺は何もリリアを特別扱いしろと言いにきたのではない。ごく普通に扱ってくれれば文句は言わん」


 本来ならば彼女はまだ聖堂院へ通っている年頃なのだ。戦場にでること自体おかしいのだ。仮に魔術ギルドからの協力依頼があったとしても後方勤務が妥当である。


「――彼女は普通ではない……」


 ジョンは口惜しそうにする。


「それはどういう……」


 刀夜はそう言いかけてジョンの様子を見て考え込んだ。彼が言う『普通ではない』とはどのような意味なのか。最初は古代魔法を扱えるほどの天才だからかと思った。


 だがジョンの雰囲気からして違うような気がした。自警団はなぜこの話を断れなかったのか……


 断れないような取引でもあったのか……違うジョンの顔は屈辱を帯びている。強制されたのか……だが自警団を強制できるほどの力を持つ者とは。


 ――ロイド上議員か!!


 ロイド上議員は自警団出身の議員である。自警団のことななら表も裏も何でも知っている。そしてオルマーの派閥とは敵対関係にある。


「狙われたのは俺か!」


 ジョンの言う特別とは彼女の取り巻く環境にあると読んだ。オルマー家に肩入れして力を貸している刀夜が目障りなのだ。そして刀夜が大事にしているものに手を駆けようとしている。


 レイラが言った「刀夜の為」とはこのことで、刀夜に強硬手段を使わせてオルマー家をたたくネタにするつもりだ。スキャンダルを嫌がるオルマー家としては最悪関係を断絶される可能性がある。


 ――これでは思うツボだ。


「豚野郎め……」


 ジョンは刀夜の独り言のような言葉を聞いて答えにたどり着いてくれたのだと確信した。彼らからはその事は口にして言えないのだ。


 しかし、これでは自警団を責めても無駄だ。打てる手が無いと解ると刀夜は拳を強く握りしめて怒りを露にする。そのような刀夜をみてレイラは口を開いた。


「刀夜殿。先鋒はわたしレイラ・クリフォードが担っている。龍児も一緒だ……」


 レイラは「必ず守ってみせる」と最後に言うとしたが安易な約束などこの男は信用しないだろうと思い、飲み込んだ。


 刀夜はこれ以上の交渉は無駄だと理解すると、自警団を後にすることにした。彼の頭の中はどうすればリリアを守れるのかと、そのことばかり考えていた。

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