第290話 刀夜奔走す2
刀夜が向かった先、それはボナミザ商会だ。彼の知り合いで多額の資金を持っているとしたらここしかない。
加えて以前に刀夜から杖の代金として古代金貨を沢山巻き上げたのでかなりの資金があるはずである。
受け付けに無口な側近の男がいたので刀夜は途中で買った饅頭を彼に渡した。彼は何も言わず受けとると刀夜達を大きなテーブルのあるいつもの部屋へと案内する。
やがて女性店員がやってきて先ほどの饅頭とお茶が差し出された。そのお茶を飲んでいると扉が開いて女将がやってくる。
「お持たせしたわね。旅行はどうだったの?」
「おかげさまで堪能させていただきました」
本当のところ刀夜はドタバタしてあまり海を堪能できていない。プールでリハビリをしていただけだが他のメンバーが楽しめていたのでそれでよかった。
「それは紹介したかいがあったわね。で、なんか面白い話はあるの?」
「実はそこにいるハルと梨沙が……」
「ちょっとちょっと刀夜! それ話したらリリアの件話すよ?」
「何よそれ、面白そうじゃない。話なさいよ!」
女将が直感で色事だとおもい興味をそそられた。大きな体を前にのめりにしててニヤけた顔で迫ってくる。
こうなっては海の出来事を話さなければ仕事の話に進みそうにない。二人は泣く泣く暴露大会に突入してしまい、舞衣が声を殺して笑っていた。
そして女将がすっかり話に堪能して落ち着いたところに本題に入る。
「まずは俺の持つ財産の引き出しの代理人登録を行いたい」
口火を切ったのは刀夜だ。以前に刀夜はその話をしたが手続きはまだ行えていなかった。すっかり忘れていたなどと恥ずかしくて口が裂けても言えない。
女将はその点に突っ込みを入れずに店員に書類の用意をさせた。もうすでに散々恥を披露したのだ。これ以上は酷だろうと女将のありがたい配慮である。
「もしかして、あたし達を連れ回していたのはこの為なの?」
舞衣はなぜ自分が連れ回されたのかようやく理解した。
この手続きが済めば刀夜の財産は舞衣と晴樹が引き出せるようになる。また刀夜が死んだ場合、その財産は残った者達に引き継がれることになる。
「そうだ。それに今日のやり取りは見ただろう? これから俺が何をやろうとしていたか、俺に万が一があっても何をやるべきかしっかりと把握をしておいてくれ」
「と、刀夜!」
「大丈夫だ。俺は死ぬ気はない。あくまでも念のためだ」
晴樹の不安げな顔を見て刀夜は彼らの懸念の露払いをした。だがこの先刀夜は色々と危険な状況に身を
彼の頭にはモンスターの巣窟である帝国首都への侵入がある。ボドルドとの交渉には彼に関する情報があったほうが良い。
何よりこの世界があまりにも謎が多く。ゾルディのいうとおり真実とやらを知っておいたほうが良いと思った。恐らく避けて通ることはできないだろうと彼のカンが囁いていた。
店員が持ってきた用紙を女将が確認すると刀夜以外の三人に配られる。
「サインと拇印をすべての用紙にしてちょうだい。最後に刀夜がサインと拇印をするのよ」
皆がうなずいてそのとおりにすると刀夜へ、刀夜から女将に用紙を返した。女将は内容をチェックして店員に渡す。
「さて刀夜の財産は古代金貨が6枚と金貨12600枚。もし彼が死亡した場合はその1割をあんたに。残りは他の人に譲渡されるわ」
「え?」
晴樹たちは金額を聞いて耳を疑った。それなりに持っているとは思ったが予想より二桁も違う。
そしてリリアの受取額は1割とはいえそれでも金貨1260枚。それはエイミィと二人でも余裕で一生遊んで暮らせる金額である。
しかも高額で有名な古代金貨がまだ6枚もあった。ただ晴樹達はそれがいくらになるかは知らない。知ればさらに仰天することになるだろう。
皆が一斉に刀夜の顔へと向けたが当の本人はいつもとおりのポーカーフェイスで彼らの反応にしらを切っていた。
「次は仕事の話を。今度行われるシュチトノの奪還についてスポンサーを――」
刀夜は女将に奪還作戦の出資者になって欲しいということを話した。刀夜から古代金貨を巻き上げたことで金があるのは明白でる。恐らく最大のスポンサーになるはずだと見越していた。
女将は面白そうな話だと目を輝かせたものの、はたしてどのくらいリターンがあるものかと懐疑てきな目を向ける。
「それって結構なバクチよね」
見返りとして街に転がっている物は取得してもよいとあるが街にはモンスターが彷徨いている。傭兵を雇うとしても大きな街だけにすべての箇所を捜索するのは無理がある。
となると要塞化した砦周辺の範囲でしか捜索はできない。裕福層の居住区ならかなり期待はもてるのだが砦の場所はかなり微妙だ。
だがメインストリートはそんなに遠くはない。ボナミザ商店が望むような宝石や貴金属を扱う店があれば期待はできそうだがどれも確証はない。
「その一面があるのは否めない。だが将来、有望な出資先にはならないだろうか?」
「将来ねぇ……」
それとて予測でしかない。
「現在各街の人口は増える一方であり飽和状態だ。また村に住んでいるものからすれば防御面で不安がある。そういった者たちなら移住してくるのでは?」
それでも女将は渋い顔をする。
「それに街の再建の功労者として新生シュチトノのギルド総会の顔になれる機会でもある」
女将はそれはよいかもと表情をピクリとさせた。ギルド総会がもつ権限は大きく、自分でルールを作れるところが魅力的である。
「だけど私は議員になる気はないわ……」
「あなたでなくとも、あなたの操り人形を立てればいい」
「あら、いいわね。あんたがそれをやってくれるなら、あたしは喜んで乗るわよ?」
「……それはさすがに……」
「冗談よ。帰る人間にそんな事はできないものね」
「…………」
刀夜はこの面白くない冗談に渋い顔をした。彼女の冗談に本音が紛れ込んでいると思えたからだ。
しかし、もし自分が経営者ならこの話は乗っている。女将の言うほどリスクは高くないと思っている。自警団の人数も傭兵の数も知れているので一番金がかかるのは砦の建設と街の再建だ。
人員の派遣や材料、食料など初期の出費は大きいが仕事の依頼先での出張販売などでうまくやれば出資した費用を多少は回収もできる。後に再建した施設を売却すれば利益もでる。なにしろ資材の運搬護衛は自警団がロハでやってくれるのが魅力的だ。
女将ならそれを計算できないはずはないのだが……
その女将は刀夜がどれほど交渉できるか試していた。抱いた感想はネタも案もいいが押しが弱い気がした。
先ほどのように穴を見せてるようではまだ甘い。とはいえここにくるまでに自警団やオルマー家とは取引を済ませてきているだろう。17でこれだけできるのだから先が楽しみである。
それに加えて刀夜から巻き上げた金をこのように利用されるなど思いもよらなかった点はポイントが高い。転ばせてもただでは起きない男……
女将はますますこの男が欲しいと思うと楽しくて仕方がなかった。
「いいわよ。話に乗ったわ」
突然表情が変わって了承を得たことに刀夜は驚く。だが約束は取り付けたのだ。互いに握手を交わしたあと雑談に入って商会を後にした。
刀夜としてはこれでやれるべきことはすべやった。あとは奴隷商人がくるまでの準備だけとなった。
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