第289話 刀夜奔走す1
刀夜が家を出てから3日が経ち、予定通り何事もなかったように帰ってきた。リリアが感じた不安は思い過ごしだったかと安堵した。だが彼女のこの不安は後に的中することとなる。
刀夜は帰ってきてそうそう金庫に向かい、今回テストに使った武器を収納する。
この金庫のロック機構は特定の数字の番号を順番に押さないと開かないようになっている。そしてこの金庫の暗証番号は刀夜と晴樹しか知らない。
この世界にはないタイプの複雑なロック機構のため誰も開けることはできない。
試しにリリアのアンロック魔法を使ったところ簡単な機構の部分は外れていたが複雑なところは外れていなかった。リリアでさえ解錠できなかったことに刀夜は満足するが、当の彼女は隠れて複雑な顔をしていた。
「あ、刀夜お帰り。テストどうだった?」
「いくつか問題点が見つかった。手直ししたらまたいくと思う」
刀夜は風呂の用意をしながら晴樹に答えた。晴樹はいつもどおりの様子の刀夜に安心する。そんな晴樹の横にリリアが立っており、彼女の後ろにエイミィが隠れている。
刀夜はエイミィのじっと見つめる視線に気がつく。
「エイミィただいま」
刀夜は皆がやっているように屈んでエイミィの視線にあわせて挨拶をした。だがエイミィはリリアの後ろに隠れたまま鼻を掴んで嫌そうな顔で刀夜をみた。
「エイミィ?」
挨拶を返してくれないエイミィに刀夜はまた出会った頃に逆戻りしたのかと不安に思った。子供は苦手だがこれでも頑張ってエイミィとコミュニケーションを取ったつもりなのである。
そのような刀夜にエイミィは鼻を押さえて鼻声で答えてくれた。
「おにいひゃん、くひゃい!」
「く、臭い!?」
その言葉に刀夜は傷ついた。だがこの4日間、風呂に入れなかった彼はかなり臭っていた。
特にモンスターに遭遇し、戦闘で浴びてしまった返り血などで獣臭が酷いのである。刀夜はその臭いに慣れてしまったのでそこまで酷いとは思ってもいなかった。
そんな二人のやり取りを見てリリアはクスクスと笑ってすぐさまお風呂の用意を始めてくれる。
◇◇◇◇◇
帰ってきてそうそう刀夜は忙しくなる。あちらこちらに交渉に出向く必要があり、晴樹と舞衣そしてリリアと共に行動していた。
まず自警団へと赴き、作戦の内容を確認しにゆく。
作戦の内容のでき具合で議員達の説得のしやすさが変わってくるのだから。自警団から提示された作戦案には刀夜の意見も採用されていた。
内容的には理にかなっており、何より人員的被害を押さえられていると刀夜は評価を下した。
と言っても刀夜は戦争については素人である。やれ陣形だの補給だのと詳細な説明をされても、その根拠や数値が妥当なのか判断できない。
ただ説得において大事なのは論理的であること。素人の刀夜でもなるほどと納得できればオルマー側でも通用するだろう。
刀夜はさらに砦防衛用の罠をいくつか提案する。だがこの話し合いで最も勉強させられたのは刀夜のほうであった。仮にも実践経験豊富な彼らの練り上げた作戦は刀夜を唸らせるような戦術が盛り込まれていた。
刀夜が得意なのはトラップである。直接戦闘を避けて効率よく敵を倒すことに関しては刀夜の右に出る者はない。
だが集団による直接対決のような戦いは知識としては浅くて経験はほぼゼロである。巨人兵討伐で初めやってみせたが、作戦は完璧のつもりでも兵士の心情というものまでは計算できていなかったのだ。
そのせいで13名もの戦死者をだしてしまった。
それはさておき、自警団の作戦内容としては十分だと刀夜は判断した。しかしこれでは自警団の功績が大きすぎてオルマー家への旨味がない。
刀夜はそれを踏まえて作戦の一部を変更してもらった。砦の建築や運用の大半を議会やギルドに回し、雇用を増やすことで議会への旨味とした。
もっとも議会の連中には急激な物資の需要の発生によるインフレへの対応でてんてこ舞いとなるだろうが、それは議会連中の仕事だと刀夜は割りきった。
自警団側にしてみれば仕事が減った分余裕が生まれるので、その場で了承を得る。
◇◇◇◇◇
刀夜は自警団を後にして今度はオルマー家へとやってくる。
館のメイドに連れられて部屋に案内されるが、今回はカリウスの部屋ではなく大きな応接室だ。アンティーク調の高級家具に包まれて迎えでてくれたのはデュカルドとカリウスであった。
大きな体に厳つい顔つき、議員の重鎮としての威厳はただ座っているだけでも独特の迫力がある。晴樹と舞衣は初めてみるデュカルドに緊張を強いられた。
刀夜は軽く二人を紹介したあと、早速自警団の作戦内容を彼らに伝える。だが話を聞いたデュカルドの表情は思わしくない。
「刀夜、計画内の砦や補給などにおいて我々議会が分担し功績を分かち合う件は分かった。たが問題はそれだけの資金をどうするかだ」
「そうだぞ、お金が必要だからといって市民から巻き上げたのではむしろ支持率はマイナスだぞ」
ギルド総会の議員は選挙制ではない。だが各ギルドからの推薦で代表として出てきている彼らはギルド員、すなわち働いている市民の代表のようなものだ。それ故選ばれるだけの人気は必要だった。
そのような彼らから税率アップもしくは臨時徴収などしたら反感を買うのは当然である。
「資金に関してはスポンサーを募ってはどうでしょう?」
「スポンサー?」
カリウスは刀夜の言っている意図が理解できなかった。だが息子と違ってデュカルドはすぐにその問題点を指摘したきた。
「その場合は見返りが必要になるぞ。必要金額も届くかどうか、それはどうするのか?」
父親の疑問を聞いてカリウスもようやく意味を理解したが、話に乗り遅れたために押し黙って小さくなるしかなかった。
「まず見返りについては奪還した街の品物を当てましょう。やり方としてはまずリセボ村とリプノ村そして傭兵の混成部隊にて街の一角に砦を築く。主な任務は砦の防衛と工場進撃時の背後を守ること。ですがこれでは彼らは時間をもて余すでしょうから街の探索をしてもらいます」
「なるほど……街の残留品で返すわけか」
「はい、残ったものは街の復興と傭兵への支払いに回します。出来高制を導入すれば彼らも必死に働くでしょう」
「だがそれだと身勝手に行動するものなど出るのではないか? 防衛戦力が激減しては意味が無いぞ」
「その為にリセボ村とリプノ村の自警団をつけます。彼らの指示のもと探索、討伐、採取を行います。命令違反や宝をくすねる者には報酬なしの条件でよろしいかと」
「刀夜、元よりあの街は彼らの街だ両村が素直に応じるとは思えん」
ようやく話についてこれるようになったカリウスは疑問をぶつけてくる。それは両村が元は自分達の街だから、そこにあるものは自分達のものだと主張することを恐れたのだ。
確かにその懸念はある。両村がどうでるかは交渉してみないとわからないが、仮にでてきたとしても却下することとなるだろう。
彼らが街を捨ててもう100年以上経過しているのだ。世代は孫や曾孫の世代に入っている。しかも現代のように権利というものが厳密に管理する運用などなされていないので「私のものだ」と言われても立証はできない。
「……カリウス。それをなんとかするのが我ら議員の仕事だぞ」
「…………」
父親にそう
「――となるとスポンサーは元シュチトノからの金持ちの移住者という認識でよいな?」
「はい。あと私のほうでも心当たりがあるので、そこにも当たってみたいと思います」
「では、そっちは貴殿に任せたぞ」
「はい」
オルマー家と約束を取り付けた刀夜はお茶の誘いを断って次の目的地へと向かった。
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