第287話 スタンドプレー

「いやーあの時のレイラつったら、まるで乙女みたいでよォ」


 凱旋してきてそうそう龍児は嬉しそうにその話をネタにしていた。珍しく刀夜の家に訪ねてきたかと思えばいきなりこれである。


 だが話を聞かされていた刀夜は不機嫌な顔でレイラを哀れに思った。


「お前、仮にも年上の上官なんだから呼び捨てにするのは止めとけよ」


 規律のうるさい自警団だけにそのようなことには厳しいはずである。にも関わらずレイラからお咎めがないのはいまだ精神ダメージから回復していないからだろう。


 彼女が立ち直ったとき龍児がこの調子であればその首跳ねられても仕方がないかも知れない。そのような意味で刀夜は忠告したのだが龍児は上の空である。


「いやー。ああゆーのってツンデレっていうの? そーゆーのってどうかって思っていたけど。結構可愛かったんだよな」


 ツンデレではないが龍児は腕を組んで何やら一人で勝手に納得している。聞かされいる刀夜にすれば龍児の好みなどどうでもよく、知りたくもない。


「お前、もういいかげん黙れ。何しにここにきたんだ」


 ここは刀夜の家のリビングである。長机を挟んで龍児と刀夜は向かい合って座っていた。


 晴樹と舞衣そして梨沙も同じく席について龍児の話を聞いていたが、席につく早々そのような話を持ち出されて三人ともあきれている。


 リリアと美紀は台所でお茶の用意をしている。


「えーなになに。誰がツンデレに目覚めたって?」


 その手の話に目がない美紀が早速首を突っ込んできた。彼女は手にしていたトレイから冷たいお茶を二人の前に置く。


 晴樹と舞衣は美紀の質問に得意気にペラペラ喋っていた男を指差した。


「ち、ちげーよ」


「どう違うの?」


「……い、意外な一面があったとゆーか。ああ見えて女の子してたとゆーか……」


 龍児はその時のレイラの恥ずかしげに真っ赤になった表情を思い出すと照れた表情で答える。


「で、それがまんざらじゃなかったと?」


「ん……ま、まあな……」


「目覚めてんじゃん」


 美紀はジト目で指摘した。


「…………」


「そうかそうか、龍児くんにも春がきたんだ……」


 美紀は梨沙に続いて龍児ときたかと、染々とそれでいて楽しそうな顔を向ける。


「は?」


 何を言っているかと龍児の目は点にした。龍児にとってレイラはそのような相手ではなく単なる恩人で上官という認識でしかない。


 レイラにしても龍児はそのような対象でもない。龍児の成長に驚かされて頼もしくなってきたとは思う点はあるが恋愛感情はない。強いていえば弟のような感覚に近い。


「美紀、その辺で止めておきなさい」


 美紀が暴走を始める前に舞衣が止めに入った。これ以上続けると先ほどから怒りのエネルギーを充電している刀夜がいつ爆発するかわからない。


 だが彼女が止めるのは少し遅かったようだ。


「お前らほどほどにしとけよ!」


 いよいよもって刀夜の堪忍袋の緒が切れそうである。ヤバいと感じた皆は黙り混んで沈黙が訪れた。


「それで、自警団からの用事できたんじゃないのか? 龍児……」


「ああ、そうだ。それだ」


 龍児は大きな筒から一枚の紙を取り出して机の上に広げた。紙にはシュチトノの街と周辺の地図が描かれており、細かく色々詳細情報が書き込まれていた。


 シュチトノ奪還作戦を実施するうえでの重要な情報である。これらは本来自警団から持ち出し厳禁な機密情報である。


 加えて刀夜と交わした約束の範疇には含まない情報なのだ。よって彼に見せる必要はないのだが自警団には思惑があってこれを彼に見せた。


 それは奪還作戦の後押しがオルマー家からも欲しいのである。刀夜も元の世界に帰るためにはオルマー家を後押しする必要がある。


 だがいくら刀夜といえどオルマー家は無条件で彼のいうことなら何でも聞いてくれるわけではない。オルマー家に旨味を提供しなければならない。


 オルマー家は刀夜という男はそこは分かっている人間だという認識なので表立ってそれを口にすることはない。とにかく手を借りるにはその信頼に答えなければならないのだ。


「思ったより数が多いな……」


 地図に書き込まれたモンスターの数は刀夜の予想を上回った。だが予想といっても根拠があるわけではない。


 リセボ村襲撃から数ヶ月、村を襲ったモンスターはこの街から出てきたと予想されていた。ゆえにかなり数を減らしていることを期待していたのだ。


「だが例の触手モンスターがいないのと大型が少ないのは良かった」


 他のモンスターを操る合成獣と木のように大きいドレンチは厄介である。さらに最大最悪の敵、巨人兵がいないのは大助かりである。もしこれが現れたら今の自警団にはお手上げである。


 刀夜は食い入るように地図をみてあることに気がつく。


「これはもしかしてコロニーを形成しているのか?」


 モンスターはその種ごとに群れをなしていた。地図には所々その縄張りらしき破線が入っている。


「だとしたらこれはチャンスだな」


「どいうことなんだ?」


「各個撃破が可能ということだ」


 龍児はしばらく考え込んで手のひらをたたいた。


「そうか、一斉に散らばるんじゃなくて戦力を集中して潰し回ればいいのか!」


 龍児は鼻高々に答えたが刀夜からの「30点」との声に不服を唱える。


「何でだよ? 各個撃破なんだろ?」


「各個撃破だが、なにもこっちから出向く必要はない。敵のエリア内で戦えばつどその地形に合わせた戦いを強いられる。加えて別コロニーのモンスターを引き寄せるリスクを伴う。そして何より自警団の被害が大きくなる」


「じゃあどうするんだよ?」

「逆に敵に来てもらうのさ。こちらが罠を仕かけているエリアにな。そうすれば自警団の被害は少なくなる。ハニートラップもしかけてうまくやれば損害ゼロもありえる」


 刀夜は毒エサをまけばさらに効率だという。


「…………」


 龍児は空いた口が塞がらずポカンとしている。残念ではあるがこの分野では刀夜には勝てない。


 交渉では諦めたが、戦いの場となれば正直なところ負けたくない気持ちがある。しかし、なぜか以前ほどの屈辱感や嫉妬は不思議と沸かなかった。


 多少はあるが躍起やっきになって意地になる気はしなかった。龍児のその心境の変化は彼自身が自信を身につけたからである。


 戦術面はもう叶わないかもしれない。だが戦場で剣を振るえば刀夜には絶対負けないと確信している。戦場を経験し、強敵を相手にしたことで彼は成長を遂げた。


 刀夜と龍児はその後も戦術について議論していた。


◇◇◇◇◇


「じゃ、おれはこれを持って自警団に作戦の立案を進めるよう言っておくぜ」


 刀夜と龍児が話こんだ内容は自警団の作戦の参考にしてもらうつもりなのである。


 刀夜は今回の作戦には参加はしない。だがこの作戦には人員被害削減と予算の効率化は必須である。でなければ議員の後押しに影響がでるからだ。


 彼らの後押しを行うのであればちゃんと納得いく理由が必要なのだ。無論自警団側でこれ以上の方法があるなら今回の内容など無視してもらって構わない。


「え? 龍児くん食べていかないの?」


「ああ、済まねえ。食べたいけど急ぎだ」


 自警団の作戦立案は急がなくてはならない。奴隷商人たちが街に現れる前に自警団には街から出ていってもらい、街の内部を手薄にしておく必要がある。それは誰にも語ることのできない刀夜だけの理由だ。


「龍児、俺は明日から4日ほど出けけていないから帰ったら自警団のほうへ赴くと伝えてくれ」


 その間に作戦書はあるていどできているだろうからそれを元に刀夜は議員への根回ししなくてはならない。


「4日? そんなにどこへ行くんだ?」


「悪いが内緒だ」


 その言葉を聞いた舞衣はまたスタンドプレーかと嫌な顔をした。


「ふーん。まぁいい。追及したって答えねんだろ」


「…………」


「じゃあな」


 龍児は軽く手をあげて会釈すると出ていった。答えられないのは悪いとは思うが何分龍児は顔に出やすい。


「もう、またスタンドプレーなの?」


 言っても言っても同じことの繰り返しに舞衣はうんざりしている。


「本当は火薬のテストなんだ。龍児は顔に出るから黙っておいた」


「火薬のテストに4日間も?」


 言い訳をする刀夜に舞衣からは疑いの目を向けられた。


「音が大きいし、危険度も高いからな……かなり離れて人目のつかないところでやる必要がある」


「明日からならすぐに準備しないと……」


 刀夜の話を聞いたリリアは何を持っていくかと指を折り始めた。だが刀夜は彼女が付いてくるつもりだと分かると止めた。


「いや、今回は君を連れていかない。単独での行動だ」


 今回の本当の目的を彼女だけには絶対に知られてはならない。そう火薬のテストはついでのカモフラージュでしかないのだ。


「危険だよ刀夜!」


「そうですわ。モンスターも出るのよ」


「むしろそれも目的だ。連中には実験台になってもらう」


 不適な笑みを浮かべる刀夜に晴樹はダメだと諦めた。刀夜はなにがなんでも一人で行くつもりなのだと。


 そう彼が筋金入りの頑固者なのだということを晴樹はよく知っている。

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