第285話 二人だけの戦い1

 撫でるような風が吹く草原をレイラと龍児は馬をせた。彼らの目的はシュチトノのすぐ東側を流れている川だ。


 この川は南にある旧ピエルバルグの首都の横にある大きな湖より流れてきている。また渓谷から流れてくる川も丁度ここで合流していた。


 この渓谷の奥にモンスター工場があるとされており、レイラ達はその渓谷の入り口が見える川辺まできた。


「あの奥にモンスター工場があるのか……」


 龍児はつぶややきながらゾルティの言葉を思い出していた。彼女の話ではこの奥にボドルドの研究所があり、数多くのモンスターが産み出されいる。


 巨人兵もまたこの奥で生まれて帝国人を滅ぼしたのだ。だが巨人兵は他のモンスターと違い繁殖能力を持たないため工場で生産されないかぎり増えることはない。


「思っていたより大きい川だな、これでは橋をかけるのは無理か」


 レイラが落胆するのも無理ない。川が合流している所なのでどうしても川幅は大きい。加えて平坦な土地ゆえ水の流れはかなりゆっくりで、もはや川というより小さな湖のようにも見える。


 その奥、はるか先にある渓谷にも目をやるとかなり険しいことが分かる。彼女は本当にこんな所を進めるのかと不安に刈られた。


「なぁ、こんなのどうやって渡るんだ?」


「船をつかう予定だ。なので船着き場となるここにも簡易な砦があったほうがよさそうだな」


 この辺りは隠れたり盾にできそうな代物はなく、辺り一面は草原となっていた。川辺は草はないが砂利だらけでここにも隠れる場所はない。


 この川はリセボ村とスシュ村の間に流れている川で、そこには大きな橋がかけられている。よってここにも橋がかけられるかと期待したのだが、川幅の広さはスシュ村とは比べ物にならない。


 何しろ今回の攻略には大部隊の運用となるため船で輸送を行うとかなり時間がかかる。時間がかかればそれだけモンスターの遭遇の確率もあがる。


 なので建設に時間がかかっても橋のほうが望ましかった。しかし元々無理だと思われていたのでさほど落胆はしていない。


「この川を迂回して回るのも無理そうだな」


「無理だな、ああも渓谷が出っぱっていてはな……」


「だが渡りきってしまえば敵は渓谷の奥側からしかこない見たいだけどよ、これだけの川幅があれば背後も大丈夫なんじゃねぇの?」


 つまり龍児は川辺の防衛拠点は不要なのではないかと思った。そうすれば街の奪還や砦への改修作業に人員が集中できるので期間的にも予算的にも良いように思えた。


「龍児……お前はこの川の向こうで餓えたまま戦いがしたいのか?」


「え?」


「お前のいうとおりこの川は防御にもなるが補給線でもある。補給の受けられなくなった部隊の末路は悲惨だぞ」


「ああ、そうだったな……漫画とかでもそんなのあったっけ……」


 だが漫画などは表現規制などがあるので事実はもっと悲惨なのである。龍児はついでにテレビでやっていた戦争の歴史ドキュメンタリーも思い出して渋い顔をした。現実に自分がそんな目にあうのはご免被りたい。


「そんなわけだからここを防衛する拠点が必要だ。ここはまだ街から近いからな。街からの援軍が到着するまで耐えられる程度のものでよいだろう」


 龍児はレイラの説明に納得した。


「では、そろそろ戻るとするか」


 馬に乗ろうとしたレイラの肩を龍児は咄嗟に掴んだ。


「敵だ!」


 レイラは龍児を見つめている方向に視線を送ると、黒豹のようなモンスターが数頭こちらに向かってきていた。


「サーベルドワイライトか! 厄介な奴だ」


 サーベルドワイライトは馬より足が速いモンスターである。人を乗せた馬では逃げてもすぐに追いつかれて馬が殺される可能性が高い。


「く、馬で逃げても追い付かれる。ここで馬を失うわけにはいなかい。龍児……あの数、覚悟はあるか?」


「ああ、いいぜ。やってやる。任せておけってんだ!」


 龍児の目は臆することなく闘志を燃やしていた。レイラはそんな龍児をみてこの男を連れてきて正解だと思った。あの数を相手に虚勢でもそこまで言える者は少ない。


 川の偵察は必須ではない。かといって砦を築くのに現場は知っておいたほうがこの後の作戦を立てるのに良いに決まっている。この危険エリアに部隊の大半を送るわけにはいかず、先の戦いから龍児ならばと思って彼を誘ったのは正解だった。


 レイラは自分の馬と龍児の馬の尻をたたいてその場から逃がした。馬たちは隠れている部隊の元の場所へと走ってゆく。帰りの道のりを考えればここで馬を失うわけにはいかない。


「敵の数は9か、囲まれたら厄介だな……」


 龍児はずいっとレイラの前へと出るとバスターソード抜いた。


「隊長、俺が前で奴等の相手をする。背中を頼むぜ」


「わ、わかった。だが気を付けろ。あれは走ってきた勢いで一斉に飛びかかってくるぞ」


 レイラの注意に龍児はニヤリとする。


「任せてくれ。そーゆーやからは好物だ」


 それは去勢ではなく事実だ。龍児は不良とのケンカとなると大抵標的にされてきた。龍児さえ潰せばあとは烏合の衆だと思われているからだ。


 その際不良たちの使う戦法は大抵一斉に飛びかかって押し潰そうとする。ゆえにそのようなことには慣れていたし、この世界に来ても何度か経験している。


 レイラは龍児の大きな背中がより大きく感じ頼もしく思えた。龍児は腰を落として得意のぎ払いのスタンスに入った。


 レイラは巻き込まれないよう一歩下がって細身の剣を抜く。


 サーベルドワイライトの足は速い。黒豹のような獰猛なツラは殺意を放っている。龍児は集中力を一気に高めてタイミングを見計らう。


 先頭の二匹が龍児に飛びかかろうとした瞬間、バスターソードが唸りをあげた。空を切り裂く野太刀とはまったく異なるその圧力の前に敵の二匹は直撃を喰らい吹き飛ばされる。


 飛び散った体と血と臓物が後続の敵に降り注ぎ、そして剣圧と龍児の殺気の前に敵は飛びかかるのを躊躇した。


 龍児は一撃でサーベルドワイライトの足を止めてみせた。その姿は野太刀を振りかざしていたときとはまた異なるものであった。


「レイラ! そっち行ったぞ」


「わかっている!」


 敵は龍児を回り込んでレイラを襲ってくる。わかっていると答えたレイラだが反応が遅れた。


 龍児の戦いぶりに思わず見とれたためだ。だがそれでもレイラの俊敏な動きはモンスターの一撃をかわすと同時に反撃の一撃を入れた。そんな彼女の眼前にバラバラとなったモンスターの遺体が吹き飛んでゆく。


 龍児を襲ったモンスターがまたもや悲惨な最後を迎えたのだ。その龍児は一刀振るうごとに剣圧を辺りに振りいていた。


 レイラはそんな龍児の様子を伺いつつも先程の手負いモンスターに止めをさした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る