第284話 シュチトノ偵察任務

 街道の丘を後にしたレイラはできるだけ街の近くで見下ろせるような場所を探した。


 そして街から北北西の位置に条件に合った丘を発見する。


 レイラ達は背の高い一本の木が生えたその丘に陣を張ることにした。そこは背後に小さな林や水もあり隠れて監視するには好都合である。


 大型望遠鏡にて地上と木の上から街を様子を伺うと崩れた防壁の前には岩人間ゴルゾンがたむろしている。彼らはその場から動こうとはせず、いつまでもじっとしていた。


 このモンスターは足が遅いので特には問題ないが、戦うとなれば硬いので剣では弾かれる厄介者だ。ハンマーやバトルアックスのような超重量武器がもっとも効果的あり、今回のような遠征でもちゃんと準備してある。ただ扱える者が少ないのが難点ではあるが今回は戦うことはないだろう。


 厄介なのはまるで巡回しているかのように動き回っている黒豹のようなサーベルドワイライトのほうである。


 嗅覚が鋭く探知能力が優れており、さらに足の速さは馬より早いため、どこまでも追跡してくるので逃げるのが困難だ。嗅覚を殺すなどの対策もなくもないが、ここの見晴らしの良い草原では意味をなさない。


 龍児は自分の倍率の低い望遠鏡をのぞいてみた。しかし、ここからでは防壁や廃墟となった家が多く肝心の街中の様子が見えなかった。


「なんだよ、ここからじゃ全然見えねぇよ」


 防壁の外はともかく中はまったく見えないといっていい。崩れた防壁から少し中が見えるが何の役にも立たない。建物も邪魔であり、これでは丘に生えている木の上からのぞいても意味がないだろうと思った。


「監視衛星でもありゃ楽なのによぉ……」


「かんしえせい? なんだそれは?」


 レイラは龍児の独り言に、また訳の分からないことを言っていると目を点にして困惑する。


「こう……鳥の視点のように空から見下ろせるんだよ」


 色々と文化が違うので置き換えて説明するのが面倒である。龍児はジェスチャーを交えて説明してみた。


「ふーん、便利だな……」


 そういいつつもレイラの視線はそのようなことはどうでもよいと冷たい。龍児との次の展開が読めてしまった。


「どうやって中のモンスターを調べるんだ?」


 龍児のその言葉を聞いたとき『やはり』とばかりにレイラは龍児の頭をたたいた。そして耳を引っ張って自分の顔の高さにまで引き込む。


「いでででで」


「貴様はブリーフィングで寝ているからそんなことも分からんのだ!!」


 ちゃんと事前に説明済みなのだから彼女が怒るのは当然である。龍児が寝ていて説明を聞き逃していたのをレイラはしっかりと見ていたのだ。


 今度は龍児の耳を後ろに引っ張って無理やり視線を誘導する。するとなにやらあわただしく魔術師と地理調査委員会の連中が木陰で作業をしているが目に入った。


 簡易式の折り畳みテーブルを2つと複数の折り畳み椅子を展開している。


 テーブルの一つには白紙の地図をが広げられていた。なぜそれが地図と分かるのか、それは彼らがシュチトノの街の外壁を書き込んでいたからだ。


 その作業を行っているのが地理調査委員会の者たちだ。


 もう一方のテーブルには小さい座布団のようなものを敷いてそのうえに金色のすき焼き鍋のようなものが置かれた。鍋には指先ほどの小さな望遠鏡のような突起物がついている。


 魔術師は突起物を街の方向へと向けて微調整をする。そして鍋に水を張ると取っ手に両手を乗せて呪文を唱えだした。


「なんだアレ?」


「あれは睡湎鏡すいめんきょうという魔法アイテムだ。あの突起物の指し示す先の生物の目に映るものがこの水鏡に映るのだ」


「へぇー便利だな。敵の目を使って中の様子がわかるのか」


 この魔法アイテムは今回の任務には欠かせない代物なのだ。だが手の空いているもう一人の魔術師がその説明を聴いて捕捉を入れた。


「それがそうもいきません。何しろ生物によっては歪んで見えたり、白黒だったり、酷いのになると何も見えません。加えて見えている風景がこの街のどこなのか調べるのは困難なのですよ」


「あーどこの場所を見てるのか分からないのか、地味に大変な作業だな……」


 龍児はそのような作業は非常に苦手であり、担当に割り当たらずに良かったと胸を撫で下ろした。最も専門技能が必要なのだから龍児にそのような命令が下るはずもない。


「ちなみにこの魔法アイテムは世界に一つしかない非常に貴重品なのですよ」


「へーあのすき焼き鍋がねぇ……」


「言っておくがあれの価格は私やお前が一生タダ働きしても買えないような代物だぞ」


「マジかよ」


 この魔法アイテムの価格は金貨500枚ほどで、魔術師ギルドが有するものの中でもトップ10に入る高額商品である。普段は捜査などに使われている。


「だから我々はしっかりと彼らと荷物は何がなんでも守らなくてはならんのだ!」


「わ、わかったよ。だから耳を引っ張らないでくれぇぇぇ!!」


 レイラは龍児の耳を引っ張っていてた手を離した。その後も彼らは2日たて続けでこの作業を行うことになる。


◇◇◇◇◇


 レイラは望遠鏡をのぞいてどこか防衛拠点となりそうな所を探した。モンスター工場のある方向は街の北東側なので防衛拠点も北東側にあったほうが望ましい。


 万が一背後を突こうとするモンスターがいた場合、その拠点から出場することとなる。

 加えて手薄となっても防衛できるようなところが必要なのである。つまり出入り口に近くて防壁がしっかりしており、建築のための材料が転がっているところがベストである。


 レイラは候補になりえそうな二ヵ所に目星をつけた。最終的な候補の決定の判断は団長が行うこととなる。そしてレイラにはもう一つ仕事をこなさなければならない。


「龍児!」


 レイラが辺りを警戒していた龍児の腕を掴む。


「なんだ?」


「渓谷側へと繋がる川の偵察に同行してくれるか?」


 龍児は周りを見渡してみると他の団員は各々の仕事をこなしているあたり、この話は自分だけに振られたのだと感じた。渓谷側はここと違って街に近くなるためモンスターと遭遇する確率が高くなる。


「レイラさんと二人だけでいくのか?」


 龍児としては同然の懸念だ。同行者が多いほうがいざ戦闘となったときに対応しやすくなる。


「ああ、そうだここの護衛はあまり裂きたくないからな」


 レイラとしては渓谷側の偵察は最重要任務ではない。個人的に偵察しておいたほうが後々のモンスター工場攻略戦に役立つだろうという自主的な判断によるものだ。


 任務の優先順位からすれば街の調査とその護衛なのだからここの警備を緩める訳にはいかない。かといって誰でも良い訳でもなく、いざ戦闘となった場合を考えて戦闘力のあるものを連れて行きたかった。


「わかったよ。じゃあ、サクッといって終わらせて帰ってこようぜ」


 退屈していた龍児はにこやかに安請け合いをした。

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