第282話 エンカウト1

 議会では自警団の作戦内容が認可された。すでにオルマー側もロイド側も根回しができているため、なんら揉めることもなくあっさりと決議が下された。


 そもそも今回、認可された作戦内容は偵察のみである。シュチトノを徘徊するモンスターの偵察と拠点選びが任務となっている。


 よって議会が本格的に揉めるのはこのあとのシュチトノ奪還作戦とモンスター工場襲撃作戦のときだ。膨大な人員と経費を必要とする作戦だけに揉めるのはもう目に見えている。


 ゆえに今回の偵察からの情報でどれだけ綿密な作戦内容を組めるかにかかっている。


 だがシュチトノ周辺はモンスターの巣窟となっているはずだ。なぜならばリセボ村を襲ったモンスター軍団はここから来ていると推測されていた。


 また道中もモンスターと遭遇する可能性も高い。それは街に近づけば近づくほど確率があがる。


 この危険な偵察の任務に白羽の矢が当たったのはレイラだ。


 レイラ以下1警の15名。この中には龍児の姿もある。そして魔術ギルドから魔術師を2名、地理調査委員会より2名が派遣される。総勢19名の中隊である。


 この任務にレイラが指名されたのは彼女に経験を積ませるためだ。


 レイラ・クリフォード、年齢24歳。

 彼女は入団以来、非常に早い出世で副分団長まで昇りつめた。


 本来の候補であったブランが移籍してしまった幸運もあるが、それを除いたとしても彼女の才能は突出していた。


 剣を振るってよし、部隊の統率能力もよし、分団長の思慮を読んで的確に動く。


 だが彼女の弱点は若さゆえの経験不足にある。今回の偵察はそんな彼女の経験値かせぎにうってつけであった。


 19騎の馬が大地を駆けてやって来たのはリセボ村だ。ここで一晩休んで鋭気を養うのだが、レイラはカイラ団長に捕まって夜遅くまで酒をかわす羽目となる。


 ここからシュチトノまでは2日の工程となる。できるかぎりモンスターとの戦闘を避けて進む必要があった。


 1日目は幸運にもモンスターと遭遇することはなかった。だが2日目、早朝から早々とエンカウトしてしまう。


 現れたのはグリズホッグという熊に似たモンスターが12匹。


 ずんぐりむっくりとした体に硬く茶色い剛毛に覆われて頭には角がある以外はほぼ熊そのもの。見かけによらず足は速いが馬ほどではない。したがって無視して進めば巻くことは可能だが……


 この熊はスタミナが多く、どこまでも追いかけてくるほど執念深い性格をしている。そのため逃げている間に他のモンスターとエンカウトすることをレイラは嫌った。


「全員停止! 下馬して応戦せよ!」


 長距離遠征なので貴重な足である馬は守らなくてはならない。全員降りると左右に広がって羽を広げるように陣形を展開する。


 レイラは中央にて先頭を取った。龍児は5人編成のナーガ小隊の一員で左翼の担当である。魔術師と地理調査委員は後方で馬の護衛を行う。


 龍児の武器は使いなれたバスターソードと刀夜から貰った野太刀、そして腰にぶら下げた予備のショートソードだ。


 龍児が自警団に入ってレイラの指揮下で作戦を行うのはこれが初めてであった。ゆえに彼女はバスターソードを振り回す龍児をまだ見たことがない。


 対してナーガは同じ小隊なだけあり龍児の扱いを心得ている。そしていつもどおりに龍児が突出して前に出る。


「弓矢、一斉射よーい!」


 まだ距離があるので弓矢で敵の数を減らすつもりでレイラは号令を発した。だが回りを確認したレイラはぎょっとする。綺麗に左右に展開していると思っていたのに龍児だけが前に出ていたのだ。


「な、何をしている龍児! 下がれ!!」


 射撃後は抜刀して近接戦闘となる。その際あのように前に出ていたら囲まれてあっという間に囲まれて死んでしまう。


 レイラの命令に龍児は嫌な顔して後退すると、ナーガ小隊も不服な顔をした。


 龍児のバスターソードに巻き込まれるのはご免こうむりたいのが本音だ。それに何より龍児という戦力が十分に発揮できないのだ。


 だが上官命令は絶対であるがゆえ、龍児は渋々下がるとレイラはモンスターを十分に引き付けて号令を発する。


「撃てぇ!!」


 水平に一斉に発射された矢が熊に突き刺さる。だが矢を1本や2本受けた程度では熊は倒れない。熊の速度は衰えずに自警団に襲いかかった。


「抜刀!」


 レイラの号令に龍児はクロスボウを捨てて肩越しにバスタソードの柄を握る。彼はその時ギクリとして硬直した。左右に仲間がいるために攻撃の範囲が極端に狭かったのだ。


 バスターソードは重量武器で、お世辞にも斬れ味は良いとは言えない。威力を発揮するには加速させる為のストロークが必要だった。


 龍児はとっさにまだ軽い野太刀に握り直した。軽くなるので加速のストロークが短くて済むと判断したからである。


 龍児は野太刀を抜刀して上段に構えた。バスターソードほどではないが野太刀も刀としてはかなり長い。左右の仲間に当てないようにするためには上段からの振り下ろししかない。突きは刀が抜けなくなる可能性があるので極力使いたくなかった。


 加えて他の者と異なって龍児は盾を持たないため、一撃で相手の動きを止める必要があった。このような軽い野太刀で止めることができるのかと不安が過る。


 グリズホッグが横一直線となって自警団に飛びかかった!


 間合い入った瞬間、龍児はいつものように渾身の力で振り下ろす。


「ハァッ!!」


 相手の頭蓋をたたき割って気絶もしくは即死狙いである。


 だが振り下ろされた刀は軽く感じる。野太刀もかなりの重量なのだが、普段の重量武器に慣れているため感覚が狂う。


 その剣先はまるで空間を切り裂いたのかと誤認しそうだ。バスターソードは風圧を切るような感触があるのだがそれは一切感じ取れない。


 そして龍児の目の前にいた敵は頭から尻の先まで真っ二つとなり、哀れな姿に成り果てる。


 バシャァ!


 臓物が血まみれとなり地に崩れ落ちた。


 熊はまるで魚の開きのように成り果て、無惨な姿をさらす。


 綺麗すぎる切り口は熊の形を維持させている。おかげで見たくもない内臓がどこに何が配置されているのかよく分かり、まるで理科の解剖でも見たかのようだ。


「なんじゃコリャああああッ!?」


 あまりの切れ味に驚いたのは龍児のほうだ。真っ二つとなった熊は恨めしそうに龍児を見ながら絶命していた。

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