第281話 自警団との取引3

 ほどなくして彼らは戻ってきて席に着くと団長から回答を伝えられた。


「まず結論を言おう。我々は君と取引をする」


「ありがとうございます」


 刀夜はほっとした。胸を張ってやってきてはいるが隠し事の多い交渉はとても難しい。うまくいくか彼にも完全には分からない。


「確認だが我々が提供すのは教団とボドルドそしてマリュークスに関するものでよいな」


「はい」


 今回の交渉は以前にアイリーンにお願いした情報共有の件である。と、同時に自警団が不在になるのを利用して刀夜は自分の目的を果たそうとしていた。


「君から提供されるのは研究所の位置情報でよいか」


「はい。ですができれば作戦内容も教えていただけると議会の後押しをしやすいのですが」


「それはまた貴殿が作戦にからんでくるつもりなのか?」


 刀夜の言葉にグレイスが首を突っ込んでくる。


 もう身勝手に自警団を動かされるのは困るのである。自警団は刀夜の私兵ではないのだから。


「いいえ。今回私はアドバイスぐらいしかしません。それはあなた方の作戦を議会で有利に進めれるよう根回ししやすいようにするためのものです」


 関与したいのではなく、今回の作戦に刀夜は自警団と共にすることはできないのだ。


 刀夜は自警団よりも先にボドルドに会う必要がある。ボドルドが自警団に捕まるようなことがあっては元の世界に帰る手だてがなくなってしまう恐れがあるからだ。


 そしてもし最悪の事態となった場合は自警団を敵に回す覚悟が必要になるとまで考えていた。


「――ですのでそちらも派閥の議員を後押ししていただけませんか」


「ん? それではこの戦いの功績は誰のものになるのか?」


「誰のものにもならないでしょう。今回の戦いは三街二村に加えて傭兵も総動員するぐらいは想定したほうがよいでしょう」


「そ、それは一体?」


 なにゆえそれほどの大部隊が必要なのかジョンは嫌な予感を募らせた。


「では、地図を……」


 刀夜の言われたとおり、アレスが部屋の棚に保管されていた地図を取り出し机に広げた。広げられた地図は広域地図でヤンタルやビスクビエンツはもちろん、プラプティやシュチトノさらには帝国首都まで描かれていた。


 しかしプラプティやシュチトノより南の帝国首都を含むモンスター徘徊エリアは曖昧な地図である。しかも街の位置などかなり適当でリセボ村やリプノ村が記載されていないあたり、かなりの年代ものである。


 刀夜はゾルディの言葉を思い出しつつ地図を指差しながら説明に入った。


「情報では旧帝国首都の北東、シュチトノの東の渓谷にボドルド研究所あるそうです。地図で言えば帝国首都の東にある大きな湖、ここら流れる川と渓谷から合流している川、その奥だと思われます」


「こ、これは北側には教団と関係を持っていたスシュ村がある」


「その北には教団本部だ」


「距離的にはスシュ村のほうが近いがこの山は急勾配で部隊は通れん」


「やはり渓谷側からしかない。しかしこれは……」


「ああ、挟み撃ちにあったら一貫の終わりだ」


 自警団の幹部一同は刀夜の言った意味が理解でた。帝国領はモンスターの巣窟である。渓谷という攻めるには不利な地形で、かつ進行ルートは1つしかなかった。


 敵側も逃げるルートはないが地理的有利は向こう側あり、防御力は高いであろう。さらに大部隊を維持するためには補給ルートを確保しておく必要もある。そしてそれだけの規模の作戦を運用する資金の確保も難しい。


「シュチトノを奪還して後方を押さえておく必要がある……だから総力戦なのか」


「いや、それでも街一つ防衛しつつ工場への進撃など不可能だ……」


「…………」


 その不利な地形は後方の安全があり、かつ攻撃力を持つ魔術師を多く有していたはずの帝国が負けたのだ。そのどちらも欠落している自分たちが勝つのは厳しいと彼らは落胆した。


「あの、口を挟んでもよろしいでしょうか?」


「ああ、かまんよ」


「この場合、街を防衛する必要はないかと」


「というと?」


「必要なのは背後を突かれないことです」


 そう言われてジョンは再び地図に目をやった。


「……そうか街の一部だけを要塞化して背後を守ればいいのか」


「ああ、なるほど……街全体取り返しすとなるとかなりの人手と時間がかかるが一部だけなら攻め落とすにも守るにも人手は少なくて済むということか」


 カンの良い者たちは刀夜が何を言いたいのかすぐに理解した。大事なのは背後を守る部隊が駐留できれば良いのだ。


 駐留付近のモンスターはある程度討伐する必要はあるが、街のすべてを倒す必要はない。何より人員と経費、そして時間が大幅にカットできる。


 だが懸念事項も多い。モンスターを操る合成獣が出現すると群れで襲ってくるためかなり厳しくなる。それに万が一巨人兵がいれば驚異となる。


「であれば偵察を出して敵の数と配置と拠点候補を探しましょう」


 幹部らの間だけで作戦上の問題点や解決策など議論が始まると刀夜と龍児が置いてきぼりを食らった。


 刀夜がそんな話は後でしてくれと言いたくなったとき、ジョン団長が彼らを止めた。静寂が訪れるとジョンはようやく刀夜の話に切り替える。


「すない。見返りの話だが現時点ではマリュークスもボドルドの情報も持ち合わせていない。我々から君に出せるのは教団に関することだけだ」


 そう言ってジョンの口から語られたのは合成獣の話であった。リセボ村で見つかった合成獣の話は刀夜と龍児を驚かせた。


 特に刀夜はその合成獣の能力は極めて危険だと感じた。そして続けてジョンから驚愕事実が語られる。


「教団がばらまいていた麻薬の件だが、あれは人を快楽に陥れるのが目的ではない。合成獣から大量に同じ成分が検出された。つまりあの薬は……」


「人間とモンスターを合成するための薬ということか!」


「そうだ。拒絶反応が出ないように人間の体質を変えるためのものだ。麻薬成分は狂ってしまわないようするための緩和剤でしかない」


「ち、地下室のあれでか!?」


 地下室から捉えられた人達が助け出されたとき、龍児が見たものはすでに壊れているとしか思えないような人達であった。そのような人が兵器として使えるとは思えない。


「君が見たのは投薬量を失敗したり、体が耐えられなくなっていた人たちだ」


「つまり失敗作の廃棄品……」


 その刀夜の言葉を聞いて龍児は怒り震えた。人をあのような化け物にしようとするボドルドに対して激怒し、歯軋りをたてた。


「刀夜、これでもボドルドは悪じゃないと言うのか! 奴を倒すなというのか!」


「勘違いするな。俺達の最優先事項を思い出せ。奴を殺したら帰れなくなるぞ」


 龍児は歯軋りの音を立てて怒りを堪えていた。

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