第280話 自警団との取引2

「歴史? 魔法?」


「歴史については俺たちでしか知らないはずのことを知っていたということ。彼は俺達が巻き込まれた謎の嵐の事を知っており、あの時代にもそれは起こっていたという事実だ。これは図書館にも資料がなかった事件だ」


 どこにも資料がないということは、見たことも聞いたこともないものを適当に述べることはできない。そしてボドルドが地球からやってきた事実は刀夜たちでなければ納得できるような話ではない。


「魔法はリリアの話によれば彼の扱う魔力の流れは我々と異なるそうだ。我々は大地や大気に含まれるマナを集約して体内を通して魔法を使うのに対して、帝国人は穴のような空間からマナを放出して魔法を使うらしい。体内を通さないのでキャパシティという制約がないらしく強大な魔力を扱える。ただし……我々には相当難しい、というよりできないだろうと……魔法文明に生きていた彼らだからこその芸当だと」


「だから信じると……」


「そうだ……」


 自警団の面々は腕を組んで唸って悩んだ。そして一度刀夜と龍児を席から外して身内だけで話し合うことにした。


◇◇◇◇◇


 龍児と刀夜は別室にて待機する。要人向けの客間のようで自警団の功績を称えた過去の賞状や盾が飾られている。


 自警団の事務員らしい女性がお茶を運んでくると、刀夜たちの目の前に出された。


「なぁ刀夜。さっきの話は本当なのか? その魔法とか」


 龍児にはその話は初めて聞く内容であった。ゾルティの話は三人の秘密なのだから話してくれても良いではないかと膨れる。


「本当だ。俺たちがゾルディと話しているときにリリアが魔力の流れを見ていた」


「ふーん。あの子もなかなか抜け目ないよな」


 龍児はリリアが刀夜の影でこっそりとそんなことをしているとは思ってもみなかった。


「リリアは優秀だぞ。魔法に関しては天才といってもいい」


「はいはい、自分の彼女が可愛いからって惚気のろけるなよ」


 刀夜のあまりもなベタ誉めに龍児は嫉妬する。


「べ、べつに彼女というわけでは……」


「まーだそんなこと言っているのか。リリアちゃん可愛いそうによ、あんなに尽くしているのに……」


 龍児はリリアが不憫に思えてきた。と、同時にどうしてこんな男にそんなに尽くすのかと不思議でならない。


 奴隷と主人という立場の延長上なのかも知れないが刀夜は奴隷ではないと明言しているのだから一人立ちすればいいのにと思える。


 だがその一人立ちこそ刀夜が彼女に求めていたものである。


「なんだよ、お前も由美と同じく俺にここに残れと言うのか?」


「…………」


「俺の爺さんは、育児なんてからっきしくせに俺を引き取って育ててくれたんだ。俺がその恩に報いなきゃ無責任だろ」


「親なら子供の幸せを願うんじゃねーか?」


「それは恵まれてる奴のセリフだ……」


「…………」


 龍児はそれ以上は言えなかった。


 刀夜にも帰りたい事情はあるのだ。それに加えて刀夜の家庭事情は旅行のときに聞かされた話よりもっと何か深刻なのだと晴樹の反応から感じていた。


「それはさておき、工場の件はあれで通じるのか?」


「……俺たちだけの話なら無理だろうな」


 龍児の問いかけに刀夜はこれが返事だとばかりに渋い顔をする。


「お、おい!」


「あとは、あの人が動いてくれるかどうかだ」


 刀夜は呟くように言葉を溢すとお茶を口にした。



◇◇◇◇◇


 会議のほうでは信憑性について問題になっていた。


 歴史の部分に関しては彼らではまったく意味が分からず、そうなると魔法について焦点が移る。しかし魔法の穴を見た者は彼らしかおらず確証を得られるのは難しいという話の流れになっていた。


 そのことについてバカンスを共にしたアイリーンには心当たりがある。しかし彼女にしても確信めいたものはあっても証拠はない。


 このまま彼の話を信じない方向に会議が流れてよいものかと悩んでいた。自警団としてはモンスター工場の位置は喉から手が出るほど欲しい。


 しかし導入する部隊は極めて大きくなると予想できるので、それだけの予算が必要となる。出向いたものの工場などありませんでしたでは済まされない。議会から叩かれるのは明白だ。


 だが工場を潰せば人々への驚異は大きく減ることになる。


「あの、団長……」


「何かね?」


「確証は無いのですが彼の言葉に心当たりが……」


 アイリーンの発言で場の空気は一変した。そして当事者としてレイラが呼ばれて、ことの次第を説明した。


「つまり海岸に現れた異形の幻影モンスターは彼の情報元の人物と同一の可能性か……確かに幻影魔法は古代魔法の部類ではあるらしいが」


 レイラの説明を受けてジョンは信じたいような気になる。彼女の報告はアイリーンの意図したい内容をピックアップしており、聞いていて信じたくなる内容であった。


「だがその娘はまだ5歳なのだろ?」


「はい。両親は亡くなりましたが娘が二人の子供であることは周囲の人の証言から間違いありません」


 質問に対してレイラは事実は事実として客観的に答えてゆく。


「だとしたら400年以上生きているのと辻褄があわないではないか……しかも刀夜殿は『彼』といっていたがその娘は女の子であろう」


「ですが彼の行動は娘を疑っていた節があり、無視はできません。エイミィを『彼』と称したのは彼女であることを知られないためのフェイクかと思われます」


 レイラはアイリーンの意見を少し後押しした。レイラもアイリーン同様、工場の手がかりが欲しいのである。


 そしてそれは龍児を始め異世界組が元の世界へ帰るための切符のような気がしていた。彼らは元の世界に戻るためボドルドに会いたがっている。モンスター工場のような場所なら居る可能性はあるし、いなくとも手掛かりが掴めるかも知れない。


 レイラは龍児達をずっと不憫に思っていた。まったく見知らぬこんな世界に放り出されて、訳も分からず必死に生きてきた。

 もし自分が彼らの立場であったらどうなのかと考えてしまう。


 戻せるものなら彼らの希望どおり返してやりたいと。だがレイラは私情が入ったと頭を振って雑念を捨てた。


 アイリーンはさらに刀夜の不可解な行動にも述べた。


「それにわたしが娘の引き取り手として彼に合わせたのですが、そのときは嫌がっていたのに、次の日はあっさりと娘を引き取ると言い出しました」


「確かにいろいろと解せないな。疑う余地はあるか……」


「証拠はありません。ですが彼はまだ色々と隠しているのだと思います」


 アイリーンが疑っている理由はよくわかったと団長は頷いた。そして確証が得られないことも。


 それはエイミィには両親がいるということである。彼女が帝国人ならば親は死んでいよう。そして親も帝国人ではないことは調査結果から明白だ。


 問題は議会をどうやって納得させるかである。遠征の金をだすのは彼らなのだから何かあともうひと押し欲しいと彼はそう願う。


「レイラはあの男をどう思う?」


 ジョンはレイラに意見を求めた。


「はい、私見を言わせていただければ、あれは目的のためなら手段を選ばないような男です」


 一同はため息をついた。それは信用とは真逆のことであり、彼らを落胆させる結果となる。


 だがレイラはさらに言葉を続けた。


「ですがあの男は今回のような交渉で嘘を言って、自分の首を閉めるような計算のできない男ではありません。エイミィのことは理由があって隠しておきたいのだと思われます」


 そのことに関しては巨人兵討伐の件でどことなく理解できた。結局のところ状況証拠と彼の人となりで判断するしかない。


 それにオルマー家と繋がりのある刀夜がこの話を持ってきたということは議会に何かしら手を打つ算段があるのかも知れない。もしくはすでに手をまわしているかもと考えた。


 もうそろそろ潮時かとジョンは意を決した。


「よし、レイラ。彼らをここに呼んでくれ」


 レイラは敬礼をして龍児たちを呼びに部屋を出た。

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