第279話 自警団との取引1

 刀夜は悩み抜いた末、奴隷商人に対して復讐することを決めた。リリアを見るたびに湧き起こる自分の中のドス黒い感情が押さえきれないのだ。


 商人がくるまで残り38日。それまでに奴等を地獄に落とす準備進めなくてはならない。即死などでは気が収まらない、絶望がどんなものか思い知らしらせてやると刀夜は自分に誓った。


 だが実行にあたって自警団の存在が邪魔となる。作戦実行の際に奴隷商人たちと会う必要があり、その現場を誰かに見られるのは刀夜にとって都合が悪かった。特に自警団に見られるのは危険だ。彼らにうろつかれてはやりにくい。


 せめて1警2警だけでもこの街から遠ざけて手薄にしておきたいところである。だがどうやって引き離すか……刀夜は頭を悩ませたが直ぐに案を思いつく。


 タイミングが問題ではあったがモンスター工場の一件を利用したらできるかも知れないと判断した。刀夜は早速、由美経由で龍児にアポを取るのであった。


◇◇◇◇◇


 次の日、自警団より先にオルマー家にてモンスター工場の位置が分かったことを伝えた。早速議会にかけるとデュカルドは息巻く。


 だが場所が場所なので先にシュチトノの奪還が必要となる。 自警団に事前計画を立てさせたほうが議会はスムーズに進むだろうと刀夜に伝えた。


 そして昼休憩時に待ち合わせていたカフェで刀夜は龍児に自警団へモンスター工場の情報の取引を持ちかけるよう手配を頼んだ。


「はん、ようやくおっ始めようってんだな」


「ああ、こちらの目処はたった。頃合いだろう」


 刀夜と同じく工場の場所を知っている龍児はいよいよかと意気込んだ。


 夕方、刀夜は自警団団長のジョン・バーラットと会うことになる。自警団の幹部会議場にて幹部そして龍児と刀夜が集まった。


 議長席には団長ジョン・バーラット。年齢62。長い金髪の髪を後ろで括っている。目尻にシワが多く、青い瞳が印象深い。


 その横に副団長グレイス・バース。スキンヘッドの頭には火傷の後がある。中年太りしてしまったようで腹がでている。


 そして龍児と刀夜の前の席に各分団長たちが並んで座っている。


 第1警団分団長アラド・ウォルス。年齢42。

 金髪の短い髪と短いアゴ髭を生やして体格もよく、顔には男らしさを感じる角ばったパーツがちりばめられている。


 第2警団分団長アレス・ミドラー。年齢48。

 茶髪頭に筋肉質で色黒な肌をしており、恐ろしく無口。


 第3警分団長アイリーン・バッツ。年齢33。

 ウェーブの金髪を脱色して部分的に瞳と同じピンク色に染めている。紫色の口紅が好みで今日もつけている。


 第4警団分団長エッジ・ウィヅ。年齢56。

 茶髪ショートヘアーに口元に髭。齢を重ねたシワ。角ばった顔立ちで右耳が潰れて柔道耳ようになっている。


 最初に団長のジョンが口火を切った。


「さて、話は彼から聞いたが教団のモンスター工場のありかが判明したらしいがそれは本当なのか?」


「正確にはボドルドの研究所だ。そこではボドルドがモンスターを開発していたそうだ。それとあの巨人兵もそこで生まれたことが分かった」


 刀夜から巨人兵の名前が出ると会議室は一気にざわめいた。


「き、巨人兵が生まれたところだと……」


「まさか、まだ作られているのか?」


「可能性としては作られていないと思われる」


「なぜそう思うのか?」


 刀夜は『思う』と言った以上それは彼の推測である。だが刀夜は確信もしくは高確率でもないかぎりそうそう口にはしない男だ。


「まず出来上がったばかりの巨人兵はミイラではない。ちゃんと血肉を持っている。そして過去の目撃や出現内容からそのような情報はなかった。もうひとつは巨人兵が作られた目的は帝国を潰すことだけにあったからだ」


「で、では今稼働して世界で暴れているものは一体……」


「用済みの廃棄品だ」


「…………」


 刀夜に尋ねた彼らは空いた口が塞がない。


「しかし、その工場に残っている可能性はあるのではないか?」


「それは否定しない」


 否定されなかったことで各々の脳裏に巨人戦の悪夢が過り、会議室の空気は一気に重くなった。


「君はその情報をどこで仕入れたのかね?」


「そうだ。情報の信憑性がなければ話にならないぞ」


 団長ジョンの意見にグレイスが便乗する。だが彼の言うとおり情報の出所は重要であり刀夜にとって最も答えられない質問である。まさか情報の出所が5歳の少女からなどとは言えない。


「――帝国人の生き残りからだ」


 龍児の心配の目を他所に刀夜はギリギリのラインで答える。


「はぁ?」


「て、帝国人だと!? そんなバカな……生きているわけがない」


 分団長達がどよめく。


 誰もがそのような話を信じられるかと否定するが、アイリーンだけが心当たりがあった。だが彼女とてそのことに確証はなかった。だが確信はあった。


 刀夜家に増えたあの娘、ビスクビエンツでの奇怪な事件の中心人物。それしか考えられない。


「だがマリュークスは生きていた。そしてボドルドも生きていると見ざるを得ない。彼らも否定できるのか?」


「…………」


 自警団は教団とマリュークスなる人物の情報のもと調査を進めている以上、刀夜の意見は認めざるを得ない。だが……


「その人物と直接話をできないだろか?」


「ではその見返りとしてマリュークスかボドルドに合わせてもらえますか?」


 エッジの質問に刀夜はそんなことはできないのを承知で条件をつきつける。しかもかなり意地悪な言い方である。


「――なっ……」


 まさか条件を突きつけられるとは思っても見なかったエッジは戸惑いを隠せない。


 だがジョンは刀夜が合わせる気がないのだと理解する。その話は不毛な言い合いになるから要求を引込めろと言っているのだと彼は理解した。


 それはジョンの読みどおりではあったが刀夜は転生を知らない彼らにとってエイミィに疑いがかからないように印象操作を行っていた。


 もっとも海での事件に関わったアイリーンやレイラには見抜かれる可能性が大きい。だが証拠はないので彼女たちは断定はできない。しかし証拠も出さずに刀夜の話を信じてもらうためにはこの二人から後押ししてもらうしかないのである。


 隣で事実を知る龍児は刀夜のやり口にこればかりはマネできないと交渉の主導権を任せるしかなかった。もし自警団から尋ねられても「刀夜に聞いてくれ」と言うしかない。


 だが屈辱感は別にない。この分野で刀夜と張り合う気はないからだ。


「だがその人物が帝国人だとどうやって確認したのか?」


 ジョンにとって重要なのは情報の信憑性である。それが証明できるのなら会う必要性は感じない。


 だが自警団がマリュークスを証明できないのと同様に先程と同じ事を言われる可能性はある。話がそんな平行線を辿るようであればこの話は受け入れがたいことだ。


「それは彼が話してくれた帝国の歴史の話と魔法についてだ」


 刀夜はその理由を話だした。『彼女』の部分をわざわざ『彼』とすり替えて印象操作を行いながら……

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