第278話 母性愛
刀夜が家に帰りつくと皆からオルマー家の用件はなんだったのかと問われる。なまじハンスが落ち込んだり、リリアを強く拒んだりしたので彼らは余計に不信感を募らせたのだ。
「大したことじゃない。カリウスの悪い女癖が出たから
それは事実であるが奴隷商人の話だとはリリアを前にとてもではないが言えない。そんな刀夜の悩みとは裏腹に皆はなんだそんな事かと安心をした。
カリウスの女癖の悪いのは以前から刀夜がぼやいており、そのような内容なら確かにリリアというより女性は連れてゆけないだろうと納得もいく。
刀夜は内に秘めたドス黒い感情を悟らぬよう早々とその場を後にして倉庫へと引きこもった。だがこの日より刀夜は密かに開発しているものを急ぐようになる。
その日の晩も遅くまで小屋で作業をしていた。疲れて部屋に戻るとリリアはエイミィを寝かしつけてそのまま寝てしまっている。
シーツははだけていたので刀夜は被せてやろうと手を伸ばした。だがリリアの体に触れそうになった瞬間手が震える。心の中のドス黒い感情が再び蠢きだした。
刀夜にとってリリアはもうかけがえのない人だ。奴隷商人の元でどんなひどい目にあっていたとしてもこの気持ちは変わらない。その自信はある。
だがその思いが強くなればなるほど、彼女をそんな目に合わせた連中をますます許せなくなる。必ず復讐してやれともう一人の自分が蠢き囁く。
だがリリアの性格からして復讐などしても彼女は決して喜びはしないだろう。そんなことは分かっている。この感情はリリアのためではなく、自分のための復讐なのだと分かっている。
刀夜はなんとも嫌な気分に襲われると無性に彼女に触れたくなった。
胸でもお腹でも太ももでもどこでも良い。顔を埋めれればこのドス黒い感情が浄化できそうな気がした。リリアにはきっとそんな癒しの力がある。
だが刀夜はそんな感情を押さえてリリアにシーツを被せた。復讐心のほうが勝ってしまったのだ。
刀夜がシーツをかけるとリリアが目を覚ましてしまう。まだ眠たげにうっすらと目を開けた。
「ん……」
「すまない。起こしてしまったか」
刀夜の声にリリアはハッとした。彼より先に寝てしまったことに焦りを感じて申し別けなく思った。
「す、すみません。あたし……」
体を起こそうとしたリリアを刀夜は止めた。
「構わない。俺ももう寝るところだ」
「申し訳ありません刀夜様……」
落ち込むリリアに刀夜は目で問題ないと返すと視線をエイミィに変えた。彼女はリリアのベッドを大きく占拠して寝ていた。美紀ほどではないが寝相が悪く大の字となっている。
そのためリリアはベッドの済みっこに追いやられていた。このままではリリアはいつかベッドから追い出されそうだと刀夜は感じた。
だが当のエイミィは安心しきって寝ており、その寝顔はまるで天使のようである。親を失って生活環境がガラリと変わったが彼女はここの生活に順応しているようで刀夜は安心した。
刀夜は手を伸ばしてエイミィの頭を撫でてみると髪の毛はまだ細くてフワフワとしていて、リリアとはまた違った感じがした。
同じピンク色の似たような髪型をしているのにリリアとずいぶん違う。実の親子ではないから……いや彼女がまだ子供だからだろう。刀夜はそう思うことにした。
「エイミィのこと勝手に引き取ると決めてしまったが、リリアの負担になっていないか?」
刀夜はそのことがずっと心配だった。エイミィはリリアになついているので彼女はエイミィに掛かり切りとなっている。
よく相手してくれる舞衣や美紀にもなついてはいる。梨沙は晴樹の手間、自分アピールで仲良くしょうとはしているがエイミィには見透かされていた。
だがお風呂や就寝となるとエイミィはリリアから離れようとはしない。舞衣たちが誘ってもガンとして首を振って嫌がる。
今の所はリリア以外はダメみたいだがこれはちょっと問題だろうと刀夜は考えていた。とはいえ彼に何ができるという訳でもなく他の者へのなつき具合から時間が解決してくれそうな気がした。
「わたしはエイミィのと好きですから苦に感じたことなんてありません……それより刀夜様こそお体に影響ありませんか?」
リリアはエイミィと一緒にいることで刀夜が発作を引き起こさないかと危惧していた。エイミィのことは引き取りたかったが刀夜の体を思えばそれは強く言えなかった。
結果的には引き取ることとなったのでリリアとしては嬉しかったが……
「それがエイミィの両親や自分の親のことを思い出しても発作が起きる気がしないんだ」
リリアはそれは良かったと笑みをこぼした。
「リリアのおかげだ。ありがとう……」
面と向かってお礼を言われると急に照れ臭くなる。
「今度、大きいベッドを買いにいこう……じゃあ、お休み……」
刀夜にとってリリアの許しはまるで母親の言葉のように感じた。だがリリアと刀夜の母親は全然似ていない。なのに母親を感じたのだ。
これは母性愛……リリアの言葉に込められたセリフの端々に愛情を感じた。その愛情に刀夜の心は救われたのだ。
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