第6章 シュチトノ奪還編

第276話 火薬開発

 シトシトと雨の降る中で自警団の宿舎に刀夜はある男を訪ねてきた。


 独身向けの狭い部屋の中はベッドと机、そしてクローゼットと、いたってシンプルな構成となっている。あまり散らかってはいないが女っ毛もないので実に素っ気ない。何もないと言ったほうがしっくりくるかも知れないだろう。


 まだ日は落ちきっておらず、晴れだったら夕日が拝める時刻だ。だが外は残念なことに今の刀夜の心のように黒い雨雲のせいで暗い。


 男は仕事帰りで訓練の汗を早く洗い流してしまいたかった。だから話があるならさっさと済ませてくれと、めんどくさそうな顔を刀夜に向けた。


 その男、龍児は椅子に座ってうちわを扇いで汗を乾かしている。


「で? なんの用だ? おめーが尋ねてくるなんて雨が雪に変わらなきゃいいが……」


 部屋に上がってそうそう嫌味を言われるが今は怒る気もしない。刀夜は龍児の前で床に膝をついて両拳を床につけた。土下座に近い形で彼は頭を下げる。


「はぁ!?」


 刀夜らしからぬ突然の行動に、一体何事かと龍児は困惑の顔を向けた。プライドの高いこの男とは思えない行動は何のつもりかと……不気味なことこの上ない。


 雪どころか隕石の雨でも降ってきても不思議とは思わないだろう。龍児は激しく嫌な予感を募らせながら尋ねた。


「な、何のまねだそりゃ!?」


 刀夜とて好きでこんな真似をしているわけではない。龍児の問いに刀夜の辛気くさい口が開く。


「もう、お前に頼むしか方法がないんだ……」


 できるものなら自分の手で何とかしたかった。しかし、こればかりはどうにもならない。こればかりは……刀夜では手の届かないことなのだ。信頼して頼めるのはこの男しかいない……


◇◇◇◇◇


 旅行から戻った刀夜は急に忙しくなる。


 店舗用に包丁やナイフの作成は元より、新たにハサミや大工道具なども手がけた。包丁だけでは売り上げが伸び悩むのは明白なので取り扱う品を増やす方向に出たのだ。


 そして今後の事を考えてできるだけストックの確保を行う。


 同時に人が入れるほどの大型金庫部品の発注した。ロック機構は自身で作成して倉庫の一角に取り付ける予定となっている。


 そして晴樹でさえ想像もつかない機械器具の数々の部品も発注をかけた。金庫と機械は本来なら巨人兵討伐の際に発注をしているべきものたちだ。


 そしてそれに関する主役となる素材、今回手にいれた硫黄。すでに入手して確保していた硝石とそしていつでも手に入る炭素。


 以前に購入したものの材料が手に入らず泣く泣く倉庫に直しておいた実験器具も取り出してきた。いよいよ念願の火薬の開発に着手するのだ。


 だが工房では火を扱うために作業は倉庫の一角で行うしかない。ここも製鉄作業で火を扱うが今は鍛冶屋ギルドから購入しているので操業せずに済んでいるのは幸いだった。


 刀夜が倉庫で引きこもりがちとなり、舞衣たちは何をしているのかと嫌な予感を募らせる。だが刀夜が何をやっているのか彼女たちはすぐに分かった。


 小屋からバンバンと音を立てるようになると、あの独特の硝煙の臭いが立ち込めてきたからだ。


「ねぇ、刀夜君もしかして火薬を作っているの?」


 昼飯時に舞衣が刀夜に尋ねた。


「ああ、そうだ。だがこの事は他言無用に頼む」


「また秘密主義なの……」


「皆には話しているじゃないか」


「今初めて聞いたのだけど……」


 舞衣は大きくため息をついてあきれた。刀夜はそうだったかと首かしげたが、確かに彼は話忘れていた。

 もともと対巨人兵器として爆弾を作成する予定という昔の話だったので、彼はすでに話済みと勘違いしていた。


「ねぇ、なんで秘密なの?」


 今度は梨沙が訪ねてきた。舞衣や晴樹は大方技術漏洩だろうと予想している。そのとおりではあるが刀夜の想いは彼女の達の想像を越えて深刻な内容だった。


「火薬から得られる兵器はこの世界の人々には想像を絶するものとなる。それは俺たちが歴史でよく知っているものだ。もし人類間で戦争が起きたとき取り返しがつかないほどのダメージを受けかねない。だから俺はこの技術を墓場まで持ってゆく。あとは俺達の身の保身だ。知られたらどんな手を使っても欲しがる奴はいるからな。死にたくなかったら口外しないことだ」


 大規模な破壊能力に優れた火薬が広まればモンスターによる脅威は激減するだろう。だが反面これが人類に向けられたときには大きな悲劇を生むことを皆は知っている。


 そして日本人であると思われるマリュークスもきっとその事を知っている。したがって彼は人類救済の際に火薬にも匹敵する攻撃魔法を人類に教えなかったのだと刀夜は考えていた。


「じゃあ作らなきゃいいじゃない」


 巨人はもう倒したのだから今さら作っても仕方ない。美紀は火薬の必要性に疑問を抱いた。ましてや身の保全ならばなお作る必要性を感じない。


「この世界の人々には渡せないが俺たちが帰還する為には必要になるだろうと俺は予想している。ボドルドの元に行くためにはモンスターと戦う可能性があるし、巨人とてあれだけとは限らない」


 モンスター工場などと名がつくぐらいだ。うじゃうじゃ居るのは想像にたやすい。そのようなところに行くつもりなのかと突っ込み処はあるが皆は刀夜の説明に一応納得はした。


 しかし何分扱っているのが火薬ということで皆から嫌な顔をされる。この家が巨大な花火にならないかと不安を拭えなかった。


 刀夜はそのために金庫を発注したのだが設置場所は考慮する必要があった。悩んだ末、倉庫の奥を拡張する形で設置することにした。

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