第275話 エイミィ

 ――6日目。


「あんたらバッカじゃないの? あんな深夜に1時間以上もプールに入っていたら死ぬわよ!」


 次の日、プールに浸かりすぎてすっかり凍えてしまった二人に葵からダメだしされた。ピエルバルグより気温が高いとはいえ夜は涼しい。ましてやプールの水など一気に水温は下がる。


「ああ、次はもうやらね」


「…………」


 刀夜と龍児は朝直前まで凍えていて、二人そろって朝風呂に直行となっていた。その後、ホテル最後の朝食をとるとエイミィを迎えに来たアイリーンに刀夜は正式に彼女を引き取ることを伝えた。


 その事にアイリーンはほっとして胸のつかえが取れた思いであった。引き取り手が無い以上、彼女は孤児院ゆきとなる。


 上層階級向けの孤児院などないため、エイミィが入るのは一般向けとなる。それは以前に龍児達が学校に行っていたような所だ。


 エイミィのような中流階級クラスが入るにはなかなか馴染めないことが多いとされている。それゆえ危惧していたのだがリリアに懐いているということなので彼女の元ならば安心といったところだった。


 またエイミィの家族の死因に関してはゾルディの一件を表ざたにはできずに刀夜と龍児、リリアの間で極秘とした。


 ゆえに死因は不明のまま真実は闇に葬ることになった。


 浜辺のイリュージョン騒ぎについても同様に真実は明かせない。その後も自警団の連中が続けて捜査しているのかと思うと龍児は後ろめたい思いであった。


 拓真とアリスにはゾルディの語った歴史について情報を共有することにした。情報の出所については黙っていたがアリスは薄々感づいている様子ではある。刀夜の懸念を察して黙っていてくれているようだ。


 自警団には工場の位置について刀夜は取引材料とした。後に裏で取引されることになる。


 しかし、工場の位置は自警団の当初の想定位置よりはるかに厄介な場所であった。それは直接工場へと向かうのはほぼ無理であると判断せざるを得なかった。


 攻略するにはかつてリセボ村やリプノ村の人達が住んでいた街、シュチトノをモンスターから奪還しないと背後から襲われる恐れがある。


 相当な人手と期間を要するため困難を極めると思えた。


 シュチトノ街が落とされたのはかなり昔のことであるが、最近リセボ村が襲撃を受けたことを思えば、街にはそれなりの戦力があると思われる。


◇◇◇◇◇


 折角の慰安旅行兼バカンスはドタバタの内に終わった。そのことに一番の不満を抱いたのは葵であった。次点で沢山の水着を用意した美紀と舞衣が膨れていた。


「またこんな別れ方だな拓真」


「仕方がないさ。でも今回は皆揃ってるから前より良いじゃないか」


 龍児が構えた拳骨に拓真は拳骨で返す。


「拓真、文献で記されているボドルドとマリュークスに関しては現実とかなり差がありそうだ鵜呑みにせず頼むぞ」


「刀夜君もな。そんな体なんだあまり無茶するなよ……」


「ああ、注意するよ……」


 差し出した拓真の手を刀夜は握った。


「拓真くん、体には気をつけてね」


「ははは、こう見えても高濃度マナにさらされているのでね、君達より健康だと思うよ」


「マジかよ羨ましいな」


「颯太君も魔法習うかい?」


「遠慮しとく。これ以上頭使ったら頭パンクするぜ」


「え? 元からこのトゲトゲ頭はパンクしているじゃない」


「うるせーよ、葵にいわれたくねーよ」


「私だってアンタと一緒にされたくないわよ!!」


 駄洒落のつもりだったのだが、さらりと受け流されてしまった。


「刀夜っち。これ」


 アリスは刀夜に小さな紙を渡した。刀夜は開いてみると何やら住所が記載されている。


「これは?」


「あたし……つか、師匠の住所ッス。ここに手紙を出せば連絡が取れるッスよ」


「しかし、ここはピエルバルグの住所じゃないか……」


「投函すればあたしがトランスファーで飛んで会いにくるッスよ」


「便利な魔法だな……」


「便利じゃないッスよ。あたしが買い物ついでにポストを確認するんスよ」


 何でもありのような魔法だがさすがにそこまで便利というわけではないようだ。何でもできるすなわち犯罪に使えばこれほど恐ろしいものはない。


 帝国はいったいどうやって管理していたのかと疑問に思った。そのような意味も含めて刀夜はもっとゾルディの話を聞きたかった。


 真実は帝国首都にある……つまり旧ピエルバルグに行かなくてはならない。


 ボドルドに会って帰る為には彼の真実の過去を知っておかなければ交渉にならない。刀夜は簡単に元の世界に返してもらえるとは考えてはいなかった。


 交渉を有利に進める為には最低限何のためにこの世界に呼ばれたのか真相は知っておく必要がある。


「アリスさん」


「なんスか?」


「いつか俺は帝国首都に行かなければならなくなると思います。そのとき一緒に来てもらえますか?」


「帝国首都って……モンスターの巣窟ッスよ……」


 アリスはおかなびっくりといった顔で刀夜をみた。近隣の滅ぼされた街に財宝目当で突撃するような鉄砲玉は聞いたことがある。だが首都に行くなどという命知らずは初めて聞いた。


「方法については今後の課題ですが行けるとしたらどうでしょう?」


 首都となれば近隣の街で得られる遺物の比ではない。まさしくお宝の山である。アリスは喉を鳴らして迷った。


 刀夜が彼女に声をかけたのは彼女が古代文字が読めるからである。知識で言えばマウロウのほうが良いであろうがなにぶん賢者様は100歳を越えているとのことだ。


 モンスターの多いところゆえに体力面で足を引っ張られる可能性がある。かと言って拓真ではまだ古代文字を読めないだろうし。


 アリスは悩んだようであったが結果的には刀夜の申し出を了承した。好奇心が上回ったのだ。それに加え刀夜なら単に無謀なことはしないだろうと思った。


「おーい、そろそろ出発するぞ」


 レイラの出立の合図で彼等の別れの挨拶は急かされることとなって各々別れを済ませる。新たな情報を手に入れた刀夜と龍児は帰りの道中、互いにこの先のことに思いをはせるのであった。

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