第273話 帝国の魔女3

 大きな月の月明かりのもと。ゾルディは再び口を開いた。彼女の言葉はだんだんこなれてきたのか徐々に日本語らしい言葉になってきていた。


「だがある日、彼らの間でいざござが起きた。帰る帰らないとで意見が割れて対立を起こしたのだ。私たちは彼らの問題だったので傍観ぼうかんをきめこんで見守っていた。だが数ヶ月後、帰る派の人たちは姿をくらましてしまった。我々は彼らがどこに消えたのか尋ねた。だが帰ってきた答えは『知らない』の一点張りだった。残る派の連中の間でもその事で揉めていたので本当に知らないのだとその時は思った」


 彼女の話は段々と不穏な雰囲気を漂い始めた。400年前にこの地にやってきた彼らが揉めるのはわかるような気がする。同じ元の世界に戻ろうとしている刀夜たちでさえ分裂しているのだ。


 意見が違えば当然そうなる。だが消えたとはとはどこへと消えたというのだろうか。刀夜は嫌な予感がしてならなかった。


「だが彼らが消失したことで我々に科学を教えてくれる者がいなくなってしまった。残った連中は魔法のことで頭が一杯の連中ばかりであった。これでは約束が違うと今度は我々と彼らの間で衝突が起きてしまった」


 そもそも異なる文化をもつ者同士だそうそう簡単にはいくはずがない。不幸なことに人類の大半の歴史がそれを物語っている。ましてや異世界の文明ならなおさらだ。


「我々は消えた者たちの捜索をおこなった。だが今度はその間に残る派の人たちも消え失せたのだ。彼らがどこへ消えたのか我々は探した。そしてようやく見つけた。彼らは自分たちの研究施設をいつの間にか作っていたのだ。そこでは悍ましい魔法研究が行われていた。私たちが『禁忌』としてきた研究だ」


「それはモンスターや合成獣のことだな」


 龍児がいきり立って興奮気味に尋ねた。刀夜も不本意ながら龍児の意見と同意であった。おおよそ禁忌などと名のつくものは命や世界の存続に関わるようなものが定番だ。


「そうだ。彼らは命を弄ぶというやってはならない研究に手を染めてしまっていたのだ」


「その筆頭がボドルドか」


 龍児の言葉にゾルディはうなずいた。


「なんてヤツだ。やはりマリュークスいうとおり諸悪の根源だったわけだ」


 龍児は右拳を左の手の平にたたきつけて怒りに震えた。龍児の中ではもうボドルドが敵と認識してしまっているようだ。


 そんな龍児を見た刀夜は自分は冷静に判断を下さないといけないと念を押した。こうなると龍児はなかなか自分の意見を曲げないからだ。


 ボドルド=悪の公式に当てはめてすべてをその基準で判断し始めるだろうと。それでは正しく判断できなくなってしまう。


「我々と彼らの間で戦争が起きた。最も戦争と呼べるほどものでもなかったが。ボドルドはモンスターを解放して我々と真っ向から立ち向かった。しかし我々の魔法の前にはそのモンスターも大した事はなくことごとく撃退し我々はボドルドを追い詰めた」


「うぉぉ、それでやっつけたのか!?」龍児は興奮がやまなかった。


 龍児の興奮状態に本当にこいつは自分事のように考えているのかと刀夜は怪しく思えた。ゾルディも同じように感じたのか無表情の顔が少しピクリとしたように見える。


 そもそもボドルドを倒していたらこんなことにはならなかったであろうに。


「――逃げられた。初めからこうなると読んでおったのであろう。モンスターは単なる時間稼ぎだった。われわれは再び振り出し戻ってボドルドを探した。そしてようやく彼の研究所を見つけた。再び我々は進撃した。だがそこで待ち構えていたのは恐ろしい兵器だった」


「それが巨人兵ってわけか!!」


「そうだ。巨人兵に物理攻撃はまったく効かなかった。魔法攻撃だけが唯一の攻撃手段だった。だがその魔法も巨人の機敏な動きの前になす術もなく総崩れとなってしまった」


「――ちょ、ちょっとまってくれ。巨人兵が機敏な動き? あんなにゆっくりしか動かないのに?」


 龍児は目を丸くして驚く。刀夜やリリアと違って古文書の戦史を読んでいない彼にとって、当時の巨人兵がどのような物なのか知らないのは仕方のないことではある。


「りゅーじ、当時の巨人兵はミイラじゃない。魔法で強化された血肉を持っていたんだ。今と比べるな。続きを頼む」


 刀夜は話の腰を折られて不機嫌となる。逆に龍児はバカにされた気分となり、ムッとするがここはぐっと堪えることにした。


「そこからは敗戦の連続だった。我々は首都にまで押し戻されて籠城戦となったがいとも簡単に防壁を超えてくる巨人兵の前にはなす術がなく我々は敗北を期した。そんなさなか私は未完成だった転生魔法を使って逃げたつもりであったが所詮は未完成だったようだ。彼女を消し去る事ができなかったようだ……」


 そこで彼女の話は途絶えた。無表情で淡々と語っていた彼女は急に苦しそうにしだす。


「どうやら、彼女が目覚めだしている……」


 刀夜はあわてて彼女に尋ねた。知りたいことは山ほどあるのだ。だが彼女にはもう時間がなさそうだ。


「ボドルドの研究所はどこにあるんだ? 頼む、教えてくれ!」


「研究所は……首都の北東……シュチトノの東の渓谷……」


「ボドルドの本名は? 奴は何をしようとしているんだ?」


「…………」


 だが刀夜の問いにゾルディは答えられそうになかった。だが必死になにか伝えようと口を動かしている。


 刀夜は彼女の口元に耳をあてて彼女の言葉を聞き取ろうとする。消え入りそうな声で最後の言葉を聞き取ることができた。だがそこで完全に沈黙してしまう。


「おい、ゾルディ! ゾルディ!!」


「お、おい刀夜!」


「刀夜様」


 ゾルディの意識は完全に気失せたのかエイミィがポカンとした表情で辺りを確認していた。そして刀夜の怖い顔が目の前にあるとわかると彼女は泣き出してしまった。


「びぇぇぇぇぇっぇぇっぇぇl」


 困った刀夜は赤ん坊をあやすようにベロベロバァをしてみせる。たがそれを直視してしまったエイミィは青ざめて引きつけを起こした。


「ぎゃぁぁぁぁぁっぁーーーーーーッ!!」


「あらあら、困ったお兄ちゃんね。はいはい」


 刀夜はいつの間にかお困った兄ちゃんというポジションになているらしい。リリアは泣きじゃくるエイミィを抱きかかえてあやしつつ部屋へと戻ってゆく。


 一部始終を見ていた龍児は抱腹絶倒しそうになりながらも笑いを堪えていた。

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