第271話 帝国の魔女1

 その夜、エイミィはリリアのヘッドで寝静まった。よほど遊び疲れたのであろう。彼女はベッドに入った瞬間にコロンと寝てしまった。


 すでに寝静まっているエイミィをわが子をあやすようにリリアが添い寝をしてエイミィのお腹をトントンと優しくたたく。まるで本当に母親のようだと思うと刀夜の心はチクリと痛みを覚えた。自分の母親の姿を思い出してしまう。


 刀夜はリビングの椅子に座ってプールと海岸に視線を向ける。今宵は満月である。地球の月よりはるかに大きく見える月が天をおおう。


 この世界では非常に珍しい炭酸ジュースを頂きながら元の世界の両親のことを思い出していた。だが両親のことを思い出している割は発作のような前兆が現れないことに刀夜は不思議に思った。


「刀夜様はその後、体のほうは大丈夫ですか?」


 リリアは刀夜が座っている椅子の横に座ると、月明かりに照らされながらも穏やかな笑顔を彼女は向けてくれる。


「ああ、不思議なことだが発作が起きる気配はないな……」


 リリアは刀夜の容態が安定したことに安心した。しかし、いつまた発作に襲われるか分かったものではなく油断はできない。


「エイミィの事なんだが……リリアはどう思っている? 引き取りたいか?」


 今朝の様子からすればリリアはエイミィに随分入れ込んでいるように見えた。それが同情なのか愛情なのかは刀夜には分からない。


「わ、わたしは……」


 リリアは言いずらそうにうつ向いてしまう。正直な気持ちエイミィのことは可愛い妹のように思っている部分はある。


 だが彼女からすれば自分の気持ちだけで身勝手なことは言えないと思えた。刀夜に余計な負担をかけさせてしまうのではないかということと、発作の影響を気にしていた。


 刀夜はそんなリリアを見て自分の意見を先に言うことにした。エイミィの危険性の疑いと、刀夜が居なくなってからの将来の話だ。すなわちエイミィは引き取らないという事である。


 エイミィには同情の余地はある。その辛さは刀夜が一番よく知っているが、何よりもリリアの安全を優先したい。


 エイミィを引き取らないことに関してはリリアにとってショックではあった。だが同時に刀夜がそこまで自分の事を思ってくれているのだということに嬉しさを感じた。


 しかし、その言葉には彼が元の世界に帰るつもりであるという意思がこもっている事を知ってしまう結果となる。


 できればずっと側にいて欲しいという感情がリリアの胸を強く締め付けられると、リリアはエイミィに対しての思いを刀夜に伝えることができなくなってしまう。


「もう、このさいだから言ってしまうが俺の発作の原因は……」


 刀夜はさらにリリアに発作の原因を教えた。それは刀夜が親殺しの大罪人であることを彼女に知られてしまうことになる。


 刀夜はこの話をするのが怖かった。自分に向けられているリリアの目が変わってしまうことをずっと恐れていた。


 だがいつまでも黙っているわけにはいかない。エイミィは刀夜と同じ境遇の可能性が高いのだ。刀夜にとって彼女とずっといることは着火材を手にしたのと同じである。


 リリアは震える彼の口から漏れる言葉を聞き逃さず真剣に受け止めた。いままでお互いに何度か良い雰囲気になったことはあったが、刀夜がなぜ自分の気持ちに答えられないのか彼女はようやく理解した。


 晴樹以外にその苦しみを語ることもできず、ずっと彼は苦しんできたのだと。そして自分は幸せになる権利などないのだと思い込んでいることも。


 そんなの辛すぎる。彼はもう十分報いを受けたではないかとリリアは思う。


 だがそれは誰かに許しを乞えるものではない。自身でかけた錠前は自身でしか解除できない。だがそれでももし開錠の手助けとなるなら……


「それでも、わたしはあなたを許します……」


 彼女のその一言に刀夜は泣き崩れて再び彼女の膝元にしがみついた。リリアはそんな彼の頭を愛おしそうに抱きかかえた。


 その夜、刀夜は不思議な夢を見た。


 あの父親と母親が仲良くしているのである。そしてその二人の間に一人の子供が手を繋いで嬉しそうに交互に親の顔を見ては喜んでいた。


 それは刀夜がこうであって欲しかったという願望かもしれない……


◇◇◇◇◇


 リリアはブルっと寒気を覚えて目を醒ました。


 寝返りをうって寒気の原因を目で探すと、プール側の窓のカーテンが風に揺らいでヒラヒラとしている。


 窓を開けっぱなしにした覚えはない。きっちりと閉めたはずである。


 もしかして刀夜様?


 振り返ってヘッドの中の彼を確認すれば彼はそこにいた。子供のような寝顔で安心しきった顔で彼は寝ている。


 リリアは身を起こしてエイミィはちゃんと寝ているか確認しようとした。


 だがその時背後から凄まじい魔力をリリアは感じた。あまりの力の圧力に彼女の背筋から冷や汗が流れるほどの力だ。


 おそるおそる振り向くとプールサイドに誰かが立っている。だが背をこちら側に向けているので顔は見えない。


 月明かりに照らされているためか彼女はぼんやりと光っているようにみえた。いや、実際に光っているのだ。


 溢れるマナが内側からこぼれて光っているようにみえたのだ。


 その膨大な魔力にリリアは恐れおののいた。賢者並みと称賛された彼女の力など子供もかの如く圧倒的な魔力量だ。


 後ずさりする彼女の肩に手が添えられえた。振り向けばそれは刀夜だった。


「エイミィ……エイミィなんだろ」


 刀夜が彼女の名前を呼んだ。


 リリアは再び彼女をみた。確かにその後ろ姿はエイミィだ。身長、細い手足、なびいているピンク色の髪、どれも見覚えがある。


「エイミィちゃん……」


「エイミィ……」


 刀夜は嫌な予感が的中したと思った。あの昼間の幻影もそして恐らく親の死も彼女が関係している。いや、彼女がやったのだと刀夜は確信した。


「おい、刀夜! なんだこれは!?」


 隣の部屋から異変を感じた龍児が慌てて顔を出した。


「わからん。気をつけろ。エイミィの親の二の舞になるぞ!」


「な、なにぃ!?」


 龍児は部屋の光景を思い出してゾッとした。刀夜はリリアを自分の背後にかくまう。


 エイミィがゆっくりと刀夜達のほうへと向く……


 それはとても子供とは思えない表情であった。どこを見ているのか分からない焦点、冷徹そうな眼光。一目見ただけでどこかに意識を飛ばされそうになる。


「エイミィちゃん……」


 リリアは悲しそうな顔をして彼女を名を呼んだ。


「お前は……誰だ?」


「わ……た……し…………わたし……ゾルディ……」


 言葉の端々に威圧感を感じた。何か一つ間違えば暴発してすべてを消しさりそうな緊張感に包まれる。


「ゾルディ……何者だ?」


 刀夜は意を決して尋ねた。


「わたしは……ゾルディ・ル・リュリュシュ……帝国の……魔女だ」

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