第269話 再び牙をむく

 刀夜は残った気だるさを理由にして再びそのままベッドに潜りこむ。本当はもう動く分には何のさしあたりもないのだが、恥ずかしくて皆の前に出られなかった。


 リリアは刀夜の容態が安定したのを確認すると女子部屋に戻り、リゾート向けに用意していた服に着替える。


 薄いシルクのTシャツと太ももが全部見えてしまうショートパンツを履いたは良いが、慣れない服に恥ずかしさを覚える。


 この服は刀夜なら絶対に喜ぶからとの美紀の言葉を信じて作ってもらったのだが、せっかく着ても肝心の刀夜はベッドの中である。これではただ恥ずかしいだけだ。


 だが他の女子も似たような格好をしているわけで。自分だけではないと思えばまだ我慢もできる。


 リリアは元々刀夜が使っていた中央の男子部屋の扉を開けた。中では刀夜を心配して皆が揃ってくれている。だが添い寝事件はすでに拡散されており、それが話題の中心となっていた。


「ちくしょー! なんで刀夜のようなオタクがそんないい思いすんだよぉーッ!!」


 颯太は自分がモテないことに不満をさらしていた。


「だから刀夜はオタクじゃないというのに……」


 晴樹はあきれ返る。見た目はともかく元武道家なのだ。知識関係はオタクと言えばオタクなのかも知れないが……


 晴樹としてはそれでも一緒にしないでくれと思う。そもそも颯太がモテないのは自業自得によるところである。


「なぁー龍児よぉーどう思うー?」


 話を振られた龍児は返答に困った。気持ちは分からないでもないが颯太がモテない原因は晴樹と同じ理由である。


 とはいえ自分もなぜかモテない。結構頑張って活躍しているはずなのに。告白までとはいかずとも「格好いい」ぐらいは言われてみたいものだ。


 舞衣と由美は刀夜とリリアの行く末に大丈夫だろうかと真剣に不安がった。


 舞衣はいずれ別れるときが来たらどうするのかと。親密になれば後が辛くなるのは明白である。由美は刀夜はここに残ってリリアに対して責任を取るべきと思っている。


 美紀と葵は完全に話のネタとしてさらに妄想を掻き立て不埒ふらちな話に花を咲かせていた。


 梨沙は刀夜が復帰できたことに安心したのか、再び晴樹にデレデレ状態となり、晴樹は困った顔をしつつも内心は喜んでいる。


 リリアは開けた扉を閉めたくなった。やはり刀夜の元に行こうかと……


 だがその背後に人影を感じて振り向くと、そこにはレイラとアリス、そして拓真がやってきていた。


「ちーッス。刀夜っちの容態は大丈夫ッスか?」


「アリスさん……」


 レイラも拓真も心配そうな顔をしている。刀夜を心配してわざわざ朝早くから様子をみにきてくれたのだ。それはありがたいのだが、リリアは逃げ出すタイミングを失って苦笑いを返した。


「は、はい……おかげさまで、落ち着きを取り戻しました」


 取りあえず無事であることは伝えておく。


「あ! 拓真!」


 美紀が玄関に拓真達が来ていることに気づいて部屋の入り口へと駆け寄ってきた。


 拓真とアリスはエイミィの事件を後にしたあと賢者の家に戻っていた。賢者マウロウにことの次第を話して何かできないかと思ったのだが賢者からは関与しないよう言われただけである。


「ねぇねぇ聞いてよ拓真。刀夜とリリアちゃんたらねぇ……」


「み、み、美紀様!」


 リリアはこれ以上傷口を広げられたくないと慌てて美紀の背中を押して部屋の奥へと連れてゆく。強制的に話を打ち切られた拓真は何のことかと首を傾げた。


「お願いですから、これ以上拡散しないで下さい。恥ずかしすぎます」


 リリアは泣きそうな顔で美紀に懇願こんがんする。


「んー。あたしはいいけどぉ……もう遅いかな……」


 美紀は残念そうにリリアの肩越しに向こうをみた。彼女につられてリリアは振り向く。


「何かあったのか龍児くん?」


「聞いて驚けよ。俺たちの心配をよそにこいつらチチクリあっていたんだぜ」


 龍児に代わって颯太が暴露してリリアに指を向けていた。


「颯太様……もう許して下さい……」


 リリアは消え入りそうな声で赤面した。結局リリアは今一度このと始末を話すしかなく、彼女は終始赤面していた。


 レイラも来ていたことから永遠とその話ばかりできず、早々に切り上げると話はエイミィの話題へと切り替えた。


 エイミィはあの後ずっと自警団で預かっているとのことだ。まだ親が恋しい年頃なだけに泣くわ、喚くわで自警団の面々も頭を抱えた。だが彼女の境遇を思えば哀れだと皆が同情する。


 そこに扉が再び開くと顔をのぞかせたのは刀夜だ。


「刀夜!」

「刀夜くん」


 皆が振り向いて刀夜の顔を見た。顔色はだいぶ良くなっており、いつもどおりの彼に戻っている感じはある。


「刀夜くん大丈夫か?」


「委員長……拓真、心配かけてすまない」


 刀夜は皆の注目浴びながらも部屋へと入ってきた。心配をかけさせてしまったので、いつまでもベッドに逃げている訳にはいかない。願わくば今朝の話だけはしないで欲しいと願う。


 美紀と葵がベッドから移動して刀夜に席を譲った。「すまない」と礼をいいながら座るとリリアがちょこんと隣に座った。


「よォ、本来なら首を突っ込むべきじゃねーんだろけどよォ、やっぱり聞かせてくれよ。なんで発作を引き起こしたのかよお……」


「龍児くん!!」


「俺にとっちゃ大事なことなんだよ!」


 舞衣に忠告を受けていたがやはり龍児は確認したかった。本当に刀夜は再起不能なのかと。


 龍児にとって刀夜は乗り越えるべき壁なのだ。自身のライバルがこんな形で終わるなどと、勝ち逃げなど認めたくない。


 龍児の迫力に舞衣は押し黙ってしまい、皆もどうなるのかと黙って見守った。龍児は床にあぐらをかいて真剣に刀夜を睨み付けてくる。


 人のトラウマをほじくりかえそうとは、この男は何を考えているのかと刀夜は龍児の考えがさっぱり分からないでいた。


 だが一つだけ分かっていることかある。この男は本気で聞いているのだ。


 本当に発作の理由が知りたいのか?


 そんなことが知りたいのか?


 龍児はそーゆー男ではないだろ。


「俺が発作を引き起こしたのは――」

「刀夜!」


 晴樹が心配して止めに入った。だが大丈夫だと刀夜は視線で晴樹に大丈夫だと答える。


「発作を引き起こしたのは俺のトラウマが彼女と同じ境遇だからだ……」


 刀夜は親殺しのことまで言わなかった。晴樹はそのことで安心したのか腰をおろす。


「――だがな、こんなことぐらいでこの俺が凹むとでも思うなよ」


 刀夜は久々に龍児に牙を剥くような言葉を突きつけた。その表情はまる闘志を燃やしているかのような鋭い視線で龍児を見下ろしている。


 その言葉を聞いて龍児はひきつりつつも口許をニヤリとさせた。

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