第268話 定番のラブコメは突如に

 ――5日目。


 壁一面ガラス張りの窓から朝日が差し込んだ。昨日の夜カーテンを閉め忘れていたために日の光がサンサンと降り注いだ。刀夜は眩しい光で目が覚めると妙に清々しいと感じた。


 体はまだだるさが残っており、頭痛の跡も残っている。だが心はとても軽くなっていた。いままで発作の後は大抵後味が悪いものなのだが、なにが違うのかと記憶を辿る。


 昨日、発作で倒れたところまでは覚えており、リリアが最後まで付き添ってくれていた。彼女も疲れているだろうから部屋に帰そうとして……そこから刀夜の記憶はすっぽりと抜けていて思い出せなかった。


 リリアはちゃんと部屋に帰ったのだろうかと彼女の事が気になった。刀夜はこれまでのリリアの献身的な好意に、いつも助けてもらってばかりで申し訳ないと感じずにはいられない。


『いつかちゃんとお礼しなくてはならないな……』


 刀夜は体を起こしてみると気だるさは残っているが心身的に問題ないことを確認する。頭痛も吐き気も感じない。胃は少し重さを感じる。両腕の指を握ったり開いたりして力が戻っているのを確かめる。昨日は全身に力が入らなくなっていたが今はもう大丈夫だ。


 刀夜はベッドから起きようとすると横に人の気配を感じると『え?』と焦り、横を見てみればリリアが隣でスウスウと気持ち良さそうに寝ている。しかもシーツの隙間から彼女の小さいながらも形の良い愛らしい胸が見えていた。


「ええぇぇぇぇーっ!!」


 刀夜はあまりの驚きに思わず大声をあげてしまう。なぜリリアは裸なのか!? しかもよく見れば自分も裸である。


『まさか……手をだしてしまったのか』と青ざめたが、彼女に手を出した覚えはない。


 ではなぜ二人とも裸なのか?


 万が一彼女に手を出したのならなんとお詫びすれば良いのだろうか、もし嫌がる彼女を手込めにしたのなら自分も外道達と同じである。お詫びとかそんなレベルでは済まない。


 刀夜はどうやって謝罪しようかと、ますます青ざめた。


「うぅ……ん……」


 リリアが目を覚ました。だが刀夜は彼女にどうすればよいかまだ混乱の最中にいる。


「刀夜様……お体はどうですか……」


 夜遅かったのかリリアは眠たげに刀夜の体調を気にした。だが刀夜は混乱していて返事を返せない。


 彼の様子が変だと気づいたリリアは体を起こした。


「刀夜様?」


 リリアが体を起こすと覆っていたシーツがはだけてしまい、彼女は裸体を刀夜にさらしてしまう。若いだけあってリリアの肌はきめ細かく、朝日に照らされて透き通るように美しかった。


 刀夜は発作とは異なる心臓の高鳴りを感じると彼女の美しさに目を奪われた。顔に熱がこもるのを自分でも感じるほど赤面してることがわかる。


 リリアは刀夜の視線が一点を見つめていることに気がつくと彼の視線先である自分の体をみた。


 裸である……


 急に恥ずかしさが込み上げてくると、顔を真っ赤に染め上げて思わず「きゃあぁ!」と悲鳴をあげてしまう。


 慌てて胸を隠すがすでに彼にガン見されたあとだ。『見られた』そう思うとますます恥ずかしく思えた。刀夜に出会ったときにすでにあられもない姿を見られているし、あのときの夜にも見られてはいる。だが、何もかも諦めていたあの頃とは異なる。今は刀夜への感情も変わってしまっている……


「どうしたのリリアちゃん!」

「刀夜!」


 隣の部屋で待機していた舞衣や美紀そして晴樹が刀夜とリリアの声に驚いて部屋になだれ込んできた。だがそこで目にしたのは裸で向き合っている二人である。


「ええッ!?」


「わ、だ男子はダメぇー!!」


 驚いた美紀が後からやってきた男子を部屋から追い出した。


「あ、あなたたち何をしているの?」


 舞衣は怒っている。みんな刀夜を心配して部屋で待機していたというのに、まさか二人なのを良いことに淫らなことをしていたなどと看過できないことである。


「や、こ、これは…………」


 刀夜は違うと言いたいが記憶がまったくないのでハッキリと違うと言い切れない。ゆえにこの状況、どう取り繕えば良いのかまったく分からない。


「ま、舞衣様、違うんです。こ、これは水着がはだけてしまっただけです」


「え? 水着?」


 リリアの話によれば刀夜がリリアに抱きついて泣きながら寝しまったとのことだった。そしてリリアは刀夜をベッドに戻した後、自分も眠くなったのでそのまま添い寝をしただけだと。


 刀夜にはまったく記憶がなく、ただなにか暖かいものに包まれた感触しかなかったが、そのような状態になっていたのかと刀夜は穴があったら入りたい気分だ。自分の酷い醜態に肩を落とした。


 刀夜が裸だったのは元々部屋のベッドに寝かせたときにパーカーを脱がせていたからだ。それは晴樹も梨沙もいたので彼らは知っている。


 リリアは刀夜から離れたくない一心で部屋に戻って着替えることを横着すると、羽織っていたワンピースを脱いで水着のまま布団に潜りこんだ。


 そのために上が脱げたのである。その証拠に二人とも下は履いたままであった。


 刀夜はリリアに手を出していないことに安堵の息を漏らした。ともかく外道におちいらなくて済んだと。

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