第267話 解けた奴隷の鎖

 エイミィの件はその後、連絡して呼び寄せた地元の自警団に任せることとなった。家宅捜査が行われて遺体の検証を行われたが両親の死因は不明であった。


 部屋も屋敷も荒らされた形跡はなく、可能性として二人同時に亡くなっていることから毒殺もしくは魔法による殺害ではないかとの見解を立てた。


 だが遺体は経過日数が経ち過ぎて残留魔法も検知できない。そして目撃者としてエイミィを尋問することになったのだが彼女からは事件に関しての情報は得られなかった。


 エイミィの証言によれば親の部屋に入った際にはもう亡くなっていたようだ。彼女は親が死んだとは認知できておらず、ただ泣いて喚いても答えてくれない親に悲しみを覚えていた。


 お腹を空かせて家にあるものを食べていたがそれも無くなると食い逃げを繰り返していた。


 だがその際に例の幻影事件とタイミングが一致しており、複数件発生したいた似たような事件とも同様に一致していることから彼女が無関係とは言い切れない。


 レイラ達はとりあえず現場を引き上げてホテルへと戻った。


 ホテルへと引き上げる際に龍児は刀夜の発作について考えこんでいた。あのような姿を見てしまった龍児は晴樹の説明に納得いかなかったのだ。


 確かに刀夜には持病はあったのだろう、だが状況的に人の死を目の当たりにして起こったとは思えない。死が原因ならばこれまでですでに発作は起きていておかしくない。


 刀夜の発作の起因は別にあると睨んで問いただそうと考えた。だがそれには仲間からプライベートに入り込み過ぎだと反対されることとなる。


 彼の発作の原因はともかく刀夜の容態が気になる彼らは男子部屋へと押しかけた。


「で――あいつの容態はどうなんだ?」


「刀夜はもう一つの部屋で休んでいるよ。まだ安定できていない……」


 刀夜を部屋まで連れていった晴樹が答えた。しばらくリリアと晴樹、梨沙で刀夜の面倒をみていたが今はリリアに任せている。


 龍児はマリュークスのとの会話を思い出していた。マリュークスにボドルドの討伐依頼をされたとき龍児は刀夜のほうが適任だと進言した。だがマリュークスからは『奴はダメだ』と言われた。


 てっきり寝たきりにでもなるのかと思われたが、マリュークスから貰った薬で刀夜は回復方向へと進んだことから、その事ではなさそうだ。では一体彼は何がダメだと言おうとしたのか、この発作が関係しているのかそれが知りたかった。


 もし本当にマリュークスのいうとおり刀夜がダメなら元の世界に戻れるかは自分の肩にかかることになる。しかもそれだけではない龍児は刀夜に負けっぱなしという汚点を残すこととなる。


 正式に張り合ったわけではないが、それは龍児にとって屈辱的だった。真っ向から張り合って白黒ハッキリさせないと勝った気にならないのだ。


 マリュークスが刀夜をダメだと言った理由は全く別のことだと知ることになるのはまだ先のことであり、この時点では龍児にとって予想もできない事態となる。


◇◇◇◇◇


 すでに夜もふけけた。


 今日も大きな月が空高く登っており、その月明かりが世界を照らしていた。ほぼ満月の月影がプールの水面に映されている。月光は反射して刀夜の部屋の天井を水の影響を受けて揺らぎとなって照らしている。


「――リリア…………」


 刀夜は度重なる発作で体力を一気に奪われて疲弊ひへいしていた。身も心も辛く、体は睡眠を欲しているのに寝るに寝られない。眠るとあの現実が悪夢となって現れるのではないかと思うと怖くてたまらなかった。


「刀夜様、気分はどうですか?」


 刀夜のかたわらでずっと看病していたリリアがのぞき込む。


 彼女はあのビーチからの出来事からずっと水着のままのようで、羽織っているパーカーの隙間から水着が見えていた。彼女が離れずずっと看病してくれたことを改めて感謝した。


「水をくれるか…………」


「はい」


 ともかく彼女はもう休ませたほうが良いだろうと刀夜は思った。水だけもらって彼女を部屋に返そう。睡眠をとらせなければ彼女まで疲弊ひへいしてしまう。自分はもう大丈夫だとアピールしなければならない。


 リリアがコップに水を入れて差し出すと、刀夜は体を起こしてコップを受け取ろうと手を伸ばす。だがコップを差し出しているリリアの手を見て刀夜は急に母親の手を思い出した。


 コップを受け取ろうとした手が震える……


「かぁ……さん……」


 それは風邪を引いて寝込んでいたときことだ。咳き込んで喉が痛いと感じたとき、母が冷たいお茶入れて差し出してくれた。母の手は荒れていたがその時は綺麗だと感じた。


 ろくでもない父親は刀夜の顔すら見にこない。壊れた母だけが唯一刀夜のり所だった。なのに自分がそれを壊した。命を奪ってしまった。


「――う……あぁ……」


 激しい苦痛が胸の奥から押し上げてくる。再び刀夜の表情から血の気が失われゆく。


「と、刀夜様!!」


 刀夜は激しい呼吸困難と頭痛に襲われて再び意識がもっていかれそうになる。リリアは慌ててコップをテーブルに置き戻そうとしたとき、突如刀夜がリリアの腰に腕を回して抱きついてきた。


 そのためリリアは椅子から落ちて刀夜もベッドからずり落ちる。リリアのお腹に顔をうずめ刀夜は苦しそうに泣いている。


「ゆ、ゆるして……ごめんなさい……ごめんなさい…………」


 何かに許しを請う刀夜の姿を見てリリアは彼が苦しんでいるのは発作だけではないと感じた。なにか心の傷に苦しんでいる。それは恐らく彼の両親が関係している。


 刀夜の両親が亡くなっていることはすでに知っている。だがその理由までは聞かされていない。


 自分も故郷を失い、家族を失い、性奴隷におとしめられた。同じような心の苦しみを彼は持っている。心に大きな傷を持つもの同士、リリアはそう感じ取った。


 リリアは刀夜の頭を優しく抱きしめる。


「ゆるして……ごめんなさい……ゆるして…………」


 しきりに謝る刀夜にリリアは涙する。彼の言葉を聞いてこれは懺悔ざんげなのだと感じた。何かの罪に押し潰されそうになり、彼の心が悲鳴を上げているのだ。


「許します。わたしは貴方を許します……」


 刀夜の過去にどんなことがあったのかはわからない。だがたとえ彼の過去に何があろうとリリアは彼のすべてを受けれる気でいた。


 彼が性奴隷に落ちた自分を人として受け入れてくれたように。刀夜と出会いと共に過ごして知っている彼を信じている。


「何があろうと。私はあなたを愛していますから……」


 リリアは内にしまっていた刀夜への想いを口にすると涙がこぼれた。ずっと心に閉まっておくべきだと思っていた言葉を……


 だが意識が朦朧もうろうとしている刀夜に伝わっただろうかは分からない。だがそれでも良かった。伝えたことでリリアの胸の仕えは取れた。彼女の奴隷の鎖は外れたのだ。


「かぁさん……」


 刀夜の顔から強張りが消えた。強く抱きしめていた彼の腕から力が消えてゆく。刀夜の呼吸は落ち着きを取り戻していた。

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