第265話 笑顔を作れない男

 刀夜は部屋の扉をゆっくりと押して開けた。中に入ると部屋は子供部屋だ。置いてある家具は年季が入っており、やや大人びているがその他は子供が好みそうなカラフルな布団、椅子、クッションそして多くのぬいぐるみがある。


 女の子は小さなテーブルを立てて盾にして、刀夜たちを警戒しているのかテーブルの端から顔を半分だけのぞかせていた。


「エイミィ・ルージュだね」


「…………」


「お話を伺いたいのだが、いいだろうか?」


「…………」


 エイミィは刀夜の見下ろすような真剣な眼差しが怖かったのか、ますます警戒してしまい顔をテーブルの奥へと沈めてしまった。


「刀夜くんだめよそんな言い方じゃ」


 割り込んできたのは舞衣だ。彼女は腰をおとしてしゃがみこむと目線をエイミィに合わせた。そしてにこやかな笑顔でエイミィに語りかける。


「あたしは舞衣よ。あなたエイミィちゃんていうのよね。何もしないからあたし達と少しお話しない?」


 舞衣は笑顔のまままエイミィと首の角度に合わせて傾ける。エイミィの表情は戸惑いの表情へと変わる。子供らしく思った感情はすぐ表情に現れて、彼女はどうしたらよいのか分からないといった感じだった。


「心配しないで、本当に何もしないから。あたしは美紀よ」


 美紀も舞衣同様にしゃがみこんでエイミィと視線を合わせて笑顔を作ってみせた。


「ほんとぉ」


「ほんとほんと」


「怒らない?」


「怒らないよぉ~」


「でもぉー」とエイミィは再び刀夜の顔を見て怖がった。


 そんな刀夜は軽くショックを受ける。自分はそんなに怖い顔をしているのかと。どちらかと言えばガタイのでかい龍児のほうが怖いだろうに。


 そう思った刀夜はチラリと龍児の顔を見た。龍児のいかにも格闘系っぽい厳つい顔を見た刀夜はこの男よりマシだと確信した。龍児と比べても刀夜を怖がっている事実は変わりはしないのだが。


 龍児はそんな刀夜の視線に気がつく。


「おい、なんで見てやがる!?」


 刀夜はプイっと目を会わせたくないとエイミィのほうを向き直した。


「いま、なんか不埒なこと考えただろ!!」


 龍児の野生のカンがそう囁いた。龍児が大声をだしてしまったせいでエイミィはますます警戒してしまった。


 せっかくなごんできたのにと舞衣と美紀が膨れて龍児を睨み付けるとレイラがポカリと龍児の頭をたたいた。龍児は理不尽だと叫びたい声を涙目で我慢する。


 苦笑いのリリアがエイミィに声をかけた。


「エイミィちゃん。刀夜様はああみえてお優しいお方ですよ」とリリアはエイミィに笑顔を向けた。


 だが彼女の意見に他の皆から『えー』といった顔を向けられる。リリアはその痛い視線に笑顔を崩さずにはいられない。


「刀夜が優しいのはリリアちゃんにだけだよ」


 美紀が膨れて事実を突きつけた。リリアは困った顔になるが彼女の知っている刀夜はそんな人ではないと信じている。


 リリアは刀夜が買った屋台の食べ物をエイミィに見せた。


「ほら、エイミィちゃんにって刀夜様が買ってきてくれたんだよ」


 エイミィの目はその食べ物に釘付けとなり、腹の虫を鳴らした。彼女は本当に食べていいのかと再びチラリと刀夜をみた。


「ああ、それはエイミィの分だ。好きに食べるといい」


 刀夜は今度こそと舞衣や美紀のように笑顔をつくって彼女の好感度をアップしようと試みる。だが刀夜の顔をみたエイミィは一瞬ビクリと体を強ばらせた。


 そんな刀夜を見てこの世には笑顔を作れない人間が存在するのだと舞衣や美紀達は理解した。刀夜の顔が歪んで不気味だったのはその場にいた皆の秘密とすることとなる。その事実は彼にとって酷だと感じた。


 エイミィはゆっくりとテーブルを元に戻すとクッションの上にちょこんと座った。


 リリアが袋から屋台の食べ物を取り出してテーブルの上に置くと彼女は「いただきます」と礼儀正しく挨拶をして食べ出した。親の教育はちゃんとしていたようだなと龍児は笑みをこぼした。


 にしてもこんな小さい娘ををほったらかしてその親は何をやっているのだろうかと龍児は気になった。食い逃げをしたということはもしかして食べさせてもらっていないのだろうかと。


 だが聞くところによれば彼女の母親はとても優しい人で、父親も人間不振にはなったが家族には優しいままだったと聞いている。


 そのような両親が娘をほったらかしにするだろうか?


 龍児は教団との問題を思いだして嫌な予感に刈られた。彼女が食事を終えてようやく緊張が溶けたと思われたころに刀夜は本題に入った。


「さて、エイミィちゃん。おにいちゃんとお話できるかな?」


 エイミィは緊張したおもむきであったがコクリとうなずいた。


「あの浜辺にいたモンスターはエイミィちゃんが出したのかい?」


 刀夜の質問に龍児は驚いた。こんなまだ5歳ぐらいの子供があのモンスターを、イリュージョンを使ったとこの男は考えていたのかと。なぜそのような思考になるのかと龍児は刀夜の頭を開いて脳ミソを見てやろうかと思った。


 だがレイラはアイリーンの見立てどおりだったことに驚かされた。同時に本当にこんな小さな子供が古代魔法を使ったのかととても信じられなかった。


 しかし刀夜の質問にエイミィは首を振った。そんな彼女のしぐさに龍児とレイラは少し安心した。


 そうだそんなはずはない。こんな小さな子が高難易度の古代魔法を使えるわけなどないのだ。


 だが刀夜の目の奥はまだ彼女を疑っていた。

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