第264話 ルージュ家

 刀夜たちは住人から彼女の情報を得てルージュ家へとやって来た。ルージュ家はリゾート街の隅のほうにあるが現場からはそう遠くはない。


 リゾート街には金持ちの家が数多く存在するのでルージュ家もそれなりに裕福な家だったらしい。


 だがそれも先代までの話で、家督を継いだ息子はあまり賢い人間ではなかったらしい。だが人当たりはよく優しい性格の彼は美しい奥さんと結婚して一人娘を授かった。


 その後、運の悪いことに悪い人達に騙されて資産の半分以上を失うこととなる。そのせいで彼は人間不振に陥り、以来館に引き込んでしまった。


 奥さんと娘さんはときおり見かけたがここ数日は見たことが無かったという。


「あー……嫌な話だぜまったく」


 龍児はそんな話がでてくるたびにウンザリとした顔をした。街の人からそのような情報を得た彼らは正直いってこの後の展開に嫌な予感しかしない。


 人様のゴタゴタとした家庭事情に巻き込まれるなどとごめん被りたいのが本音だ。


「そんな家の子供の万引きに折檻せっかんしにいくだなんて。酔狂だなテメーわ」


 刀夜は龍児の嫌みなどスルーしていた。


「入るぞ」


 すでに空いたままとなっていた家の門を通った。


「ちぇっ、何か言えっつーんだ」


 わざと聞こえるように言ったのに無視された龍児は不機嫌となる。


 家には小さいが庭があって綺麗に手入れをしていた跡がある。


 聞いた話では奥さんと娘さんが手入れをしていたらしい。しかし、そのような庭ももう数日放置されているのか花は枯れ始めている。今から水をやっても手遅れなほどに。


 家は煉瓦れんがの二階建ての建物だ。いかにも絵に描いたような洋風の家である。


 窓の配置からして一階は二部屋だろう。二階は三~四部屋ほどのようだ。窓は出窓となっていてベランダは無い。


 玄関前にくると扉は閉まりきっておらず隙間がある。恐らくあの女の子が入って閉め忘れたのだろう。刀夜はその扉をノックして声を出した。


「ごめん下さい。どなたかいますか?」


 暫く待ったが返事はない。


 再び声を張り上げたが同じく返事はなかったので刀夜は遠慮なく館の中へと入ってゆく。


「お、おい。勝手に入ったら家宅侵入罪だぞ!」


 龍児は刀夜の肩を掴んで止めた。だが刀夜は黙って龍児を見つめながらある場所を指差した。


 龍児は指し示されたところを見ると階段のところに玩具がころがっている。それは彼女が背負っていた鞄に詰め込まれていたものだ。


 つまり先ほどの娘が帰ってきていて盗んだ玩具をここに落としたのだ。


「あの娘……帰っているのか……」と龍児。


「両親は不在なのかも知れないな……」


 返事が無いことからレイラはそう思った。


「なぁ、レイラさんからも止めてくれよ」


 まかりなりにも龍児は自警団なのだ自警団たる者が勝手に人の家に侵入すれば問題になる。この間の暴力行為で龍児はすっかり違反行為に敏感になっていた。だがレイラからは意外な言葉が返った。


「後で家宅捜査の令状を用意しておく。ちょっと捜査してみよう」


「はぁ!?」


 あの規律にうるさいレイラから到底彼女の言葉とは思えない言葉が漏れた。だが娘のほうの窃盗罪は明白なのであながち間違ってはいない。


 家宅捜査の規定としてはギリギリだが、まだ捕獲のための緊急処置で押し通せる範囲である。しかし何よりアイリーンとの話の内容が本当か確かめたい気持ちが大きかった。


 刀夜はレイラからの了承を得ると迷わず二階へと上がった。龍児は仕方がないと諦めてついていく。


 赤い絨毯のしかれた階段を上りきると白い壁の廊下が左右に続く。廊下の窓からは小さな裏庭と隣の住宅が見えた。


 廊下には四つの扉がある。つまり四部屋あるわけだが……


「さて、どうする? 手分けして探すか?」


 龍児が提案するが刀夜はすたすたと歩き出す。


「お、おい!?」


「こっちだ」


 刀夜は始めっから入る部屋を決めていたかのように先へと進んだ。そして階段を登ったすぐ右隣にある部屋の扉の前に立った。


「ここだ」


「なんでここだとわかるんだ?」


 廊下、壁、扉、注意深くなにかあるのかと龍児は見回したが特にこれといったものはない。龍児はいったい何を基準で奴はこの部屋を選んだのだろうかと不思議そうな顔をした。そんな龍児の顔をみた刀夜は彼に答えた。


「俺たちがこの家に来たときこの部屋の窓からあの娘がのぞいていたからだ」


 実に単純な答えだった。龍児はなんだそんな理由かと気が抜けたような顔をする。もっと見事な推測でもしてくれるのかと思っていた。


 だがレイラからすればそんな微かなことを見逃していない彼の洞察力に驚かさる。何しろレイラでさえ見逃していたのだから。


 だが感覚としてはどちらかといえば抜け目がないといった言葉のほうがしっくりくるような気がするのは嫉妬だろうかと素直に認めたくない自分を感じた。


 だがこの男をオルマー家が重宝している理由の一辺は垣間見たような気がした。


 そんな彼がわざわざ扉をノックする。踏み込んでもよいのに律儀な男だ。部屋の奥から幼女の声が聞こえてくる……


『いや! こっちこないで!!』


「エイミィ・ルージュさん? 自警団の者です。申し訳ありませんが入らせていただきます」


 レイラは刀夜の言動にずっこけそうになった。幼女相手にそんな事務的な話し方しても仕方ないだろうにと。


 レイラは刀夜の評価を掴み所のない男だと判断に困った。そんな男は嫌がる女の子の部屋の扉をゆっくりと開ける。

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