第263話 火事場泥棒

 リリアに声をかけられた女の子は驚いて辺りをキョロキョロを見回しみると、浜辺には観光客はおらずモンスターもいなくなって静まりかえっている。そのような中で自警団の面々から視線の的となっていた。


 突然涙目となると「ぴぎゃーっ!」と泣きだして慌てて逃げ出した。


 途中、砂浜に足をとられると豪快に彼女は転けてしまう。砂浜とはいえ顔面からのダイブは痛い。


 女の子は手にしていた食べ物を浜辺に散らかしてしまい。まだアツアツのそのお好み焼きのような食べ物は無惨にも砂まみれとなってしまう。


 価格は僅か銅貨2枚。簡単な調理でできる庶民が愛してやまないB級グルメの食べ物である。だが職人による丹精に作られたであろうその味わいは家庭で簡単に再現できるものではない。


 人の胃に収まってただ一言『うまい』その言葉と笑顔の為に作られた食べ物はバクテリアの餌と成り果ててしまった。そしてもう二度とその少女の胃に収まることも彼女を笑顔へと導くこともできなくなってしまった。


 女の子は呆然とするリリア達に涙目を向ける。


「ぴぎゃーっ!」


 彼女は再びその幼い瞳に涙をあふれさせて走り出す。そこに駆けつけてきた自警団と出くわしてばったりと目が合う。


「おや、君は……」


 厳つい自警団の男と目が合った女の子は再び大泣きして逃げていった。彼女が泣いた理由については彼が自警団だったからなのか、単にその男がいかつい顔だったからかは判断できない。


「い、一体なんだったんだ?」


 先程までの緊張感が砕け、コメディのような展開に龍児を初め、他のものも目が点となる。


「なにも糞も、どう見ても火事場泥棒だろ……」


 捕まえもせずぼっとしていいいのかと刀夜はあきれる。早く追いかけて捕まえるのがお前たちの仕事だろうと。


 だがビスクビエンツの自警団はこちらに向かってきた。


「おい、きさまら何者だ?」


 いくら事件があったとはいえ、いきなりそのような口を利くとは無礼な奴だと刀夜はジロリと睨む。


「わたしはピエルバルグ第3警団、分団長アイリーン・バッツである」


 アイリーンは自身の身分を明かした。


「はっ! 申し訳ありませんでした」


 彼らはアイリーンのほうが階級が高いとわかるとすぐさま姿勢を正して敬礼をする。アイリーンもすぐに彼の敬礼に答える。守る街は違えど自警団の階級は絶対である。


「一体なにがあったのですか? モンスターが現れたとの情報でしたが……」


 だが辺りを見回してもモンスターの姿はない。情報の食い違い、そして現場には妙な服を着た婀娜あだな姿の女性がいれば彼らが警戒するのも仕方のないことだ。


 アイリーンは彼らに幻影モンスターが現れたこと、そして裏に魔術師の関与の可能性を話した。


「そうでしたか、しかしその魔法使いがまだ見つかっていないと……では捜査範囲を広げて聞き込みをするとします」


 彼は部下に指示を出してその場を離れようとした。だがその時、刀夜が彼を止めた。


「あの、すみませんが先程の女の子と知り合いですか?」


「あ? 貴殿は誰か?」


 自警団の男はどうにも感じの悪い男であった。刀夜はかなりイラっときたが質問しているのはこちら側なのだ。刀夜は文句の言葉を飲み込む。


「ああ、すまない彼は私の知り合いだ。悪いが私も知りたい」


 アイリーンが刀夜のフォローに回ってくれた。彼女も何かあると感じたのだ。自警団の男は仕方がないといった顔で渋々答える。


「あの子はルージュ家の娘さんですよ。あそこのお祖父さんは有名な議員でしたが、お亡くなりになって息子さんが継いだのです。ですがこれがうまくいかずに今じゃ塞ぎ混んでしまってここのところ見たことないですな」


 男は情報はそれだけだといった感じで職務に戻っていってしまった。


「リリア、あの娘を追うぞ」


「は、はい」


「お、おい。いくら窃盗とはいえまだ小さい娘だぞ」


 刀夜の言葉を聞いた龍児が驚いて刀夜を止めようとする。確かにあの女の子のやったことは窃盗と食い逃げだ。犯罪ではあるが何も追いかけて捕まえるほどではないだろうと龍児は思った。


 どうせ親元に帰れば両親からきつく叱られるのだ。それより魔術師を探すほうが先決だろうと。リリアも似たような思いである。本当にわざわざ追いかけるのかと。


 だが刀夜は先程の屋台へ向かうと金を置いて残っていた食べ物を包みに入れた。そしてとなりの玩具を売っている屋台にも金を置いた。


 リリアはそんな様子の刀夜を見て彼があの娘を捕まえるつもりではないのだと感じ取った。リリアは微笑んで刀夜の後を追うと彼の手から荷物を引き取り、まだひょこひょこと歩いている刀夜を支えた。


「よし、僕たちも後を追う!」


 拓真が皆に声をかけると皆は返事をして刀夜の後を追いかけた。刀夜の思惑とは別にあんな小さい娘がこんな所て何をしていたのか? 両親はどうしたのか? 拓真はそのことが気になった。


「レイラ……」


 アイリーンがレイラを呼んだ。


「何ですか?」


「すまぬが何人か連れて彼と行動を共にしてくれるか」


「かまいませんが、どうしてですか?」


「あの娘、まわりにモンスターがいたのに逃げもせずにそれどころか……」


「まさか……」


「関係なければよいが、あの男もそう考えているのではないか?」


 アイリーンはこの事件とあの娘がなにか関係しているのではないかと見た。長年警察機構として働いてきたカンがそうささやいたのだ。


 そして刀夜の動き。彼も同じことを考えているかもしれないとにらんだ。だが確証はなくアイリーンは事件の一部始終を見たものとしてここに止まる必要があり、この場の最上位士官として部下に指示を出す必要もあるため動けないのだ。


「なるほど了解しました」


 レイラはまだ信じ難い気持ちではあったがアイリーンの指示どおり動いてみることにした。内心はあのような5歳ほどの年齢の子供が関与しているとは到底思いたくなかった。


「アイギス、龍児、由美。彼らの後を追うぞ」


「はっ!」


「げ、俺もかよ……」


 だが上官の命令は絶対である。龍児は渋々レイラの後をついていった。


「面白そぅ、あたしも行くッス」


 アリスが好奇心で目を輝かせた。彼女がワクワクしながらついていこうとしたとき、アイリーンに肩を掴まれた。


「賢者殿には申し訳ないが現場検証に付き合ってもらいます」


 振り向いたアリスが嫌そうな顔をした。アイリーンはにこやかではあるが逃がさないわよと言いたげな顔を彼女に向けていた。

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