第259話 再再会の拓真

 食事を終えた龍児達はホテル前の湾岸ストリートへと出向く。普段は道路に対して両脇に店舗が並ぶのだがまだ朝が早いだけあって閉まっていた。開店している店はカフェぐらいである。


 そのようなストリートの道のど真ん中にどこから湧いてでてきたのか、移動式店舗の列が永遠に続くのかと思うほど列をなしている。


 永遠といっても実際に営業の許可がおりるのは、このリゾートの海岸沿いだけである。各店舗は手押し車や馬車を改造したもので、どの店も思考を凝らしてうまく飾りつけをしてあり、それを見るだけでもかなり楽しい。


「いい街ね」


「こんな街ならずっといても楽しいかもね」


 由美と葵は大そうご満悦のようであった。しかし、今が楽しいのはリゾートにきているからであり、住むとなれば稼がなければならず、それはどこであろうと楽ではない。


 だが葵は言う「それを考えず想像するから楽しいんじゃないか。横槍を入れるんじゃないよ」と。


「って、え? アリスさん?」


 葵たちの前に現れて現実の厳しさを唱えていたのはアリス・ウォートであった。


「やっ」


 その後ろから新米向けの安っぽい魔法使いのローブを着た拓真が挨拶あいさつを交わしてくる。


「拓真! え? どうしてこんなに早く!?」


 拓真との合流は昼前の予定であった。予定よりかなり早い出会いに嬉しいやら、なぜなのかと色々と感情が混じる。


 巨人戦後に別れてから特に変わった様子はなく、せいぜい髪が伸びたなといった感じだ。


 声をあげた葵の近くにいた龍児、由美、颯太が集まってきた。


「いや、どうせみんなに会うなら早く会いたいし。ついでに朝市も見ておきたくてね」


「別にかまわねぇけど拓真はいつでも見れるんじゃねぇの? 朝市」


 龍児は拓真が住んでいるのはこの街だと思い込んでいる。拓真からは賢者の元にいるとだけしか聞かされていなかったからだ。


「そうでもないよ。何しろ僕たちが住んでいるのは街の西にある森の中だし、僕はまず街に来ないよ」


「こことは正反対ッスからね。普段の買い物ならメインストリートで十分ッス」


 拓真が世話になっている賢者マウロウの家はビスクビエンツの街から離れて西の森の奥にある。まず人が踏み入れることのない辺境の地だ。


 まれにモンスターが徘徊はいかいするときもある危険な場所であるが、館周辺にはモンスターよけが施されているし、菌糸ドームには魔術結界が施されているのでモンスターに侵入されることはない。


 移動はポータルゲート間の移動魔法トランスファーを使用するのでモンスターに遭遇することもない。


「あ、拓真!」


 再び彼の名前を呼んだのは梨沙の声だ。拓真が振り向けばそこには梨沙、美紀、舞衣、晴樹の姿がある。


「あ、ほんとだ」


 彼らは拓真の元に寄ってくる。懐かしい顔ぶれに拓真は嬉しそうにすると彼らも再会に喜びに微笑みで返した。


「あれ? リリアと刀夜っちは?」


 やってきた集団を見回してアリスは二人が居ないのに気がついた。


「ああ、あの二人はなんか朝のうちに済ませたい作業があるとかなんとかってまだホテルだよ」


 晴樹が申し訳なさそうに答えた。刀夜は朝食のあと何やらウキウキと楽しげに何かを待ち望んでいるような様子だった。


「せっかくリゾートに来てるのに昨日から勝手な行動ばかりしてるのよ」と美紀が膨れる。


「ああ……」


 アリスには心当たりがあった。昨日刀夜が買い付けたあの商品が大量に届くのだろうと。そして彼女の見立てどおりホテルには大量の花が届いていた。


 ホテル側には事前に連絡が入れておいてあったが、あまりの多さに彼らは仰天することになる。


 そして刀夜は極悪な顔でにこやかに鉢から一個一個硫黄結晶を抜き取ってゆく。残った花はホテルに贈呈ぞうていとすることで約束通り花を無駄にはしなかった。


 ハッキリいってホテルとしては迷惑極まりないのだが、チップをはずまれて喜ぶ従業員には逆らえない。


 それらの作業をやり終えるころ、朝市を終えた龍児達が帰ってくる。そして辺り一面花だらけとなったホテルに仰天した。


「こ、これって刀夜の演出? へー拓真の再開に随分粋なことするじゃない」


 完全に勘違いしている梨沙だったが思わぬ好感度アップに刀夜はそういうことにしておいた。そして事実を知るアリスは笑いを堪えている。事実を知ればさぞ呆れることであろうと。


 早速、拓真もホテルのプールを堪能させてもらうことにした。龍児、颯太、拓真、晴樹が一斉にプールへと飛び込んで大きく水しぶきを立てる。


「こら! 男子! 準備運動ぐらいしなさいよ!!」


 再び葵から注意を受けた。だが水面から顔をのぞかせている男子一同の視線を釘付けにしたのは大胆にもビキニ姿を披露したアリスであった。


「こんな水着もいいッスね。解放感たまんないッス」


 深く立体的な谷間を有する肉は包み込んでいる布から今にも溢れそうだ。果たしてアイリーンとどちらが大きいだろうかと男子の頭の中で比較が始まる。


 刀夜は部屋で水着への着替えを終わらせるとプールへと続く窓の扉を開いた。そこへ丁度刀夜の様子を伺いにきたリリアと会う。


 彼女の水着は水色のひらひらがついたビキニ、そのうえにピンクのパーカーを羽織り、おへその辺りで括ってリボンにしていた。


 初めて見たリリアの水着姿に刀夜は心を奪われる。少し恥ずかしそうにしている仕草といい、透き通るような肌に目が離せない。思わず足の爪先から頭の天辺まですべてを焼き付けようとじっくりと見てしまう。


「刀夜様、あまり見られると恥ずかしいです」


 刀夜の視線が気になって仕方がない。なにせこのような水着を着るなど初めての出来事なのだ。


 恥ずかしそうにする彼女の仕草に堪らなく可愛いと感じてしまった刀夜は晴樹が思わず抱き締めてしまった気持ちが分かったような気がした。


「……その……綺麗だ。似合っている」


 素直に綺麗だと口にしてしまった。だが最近は親密度が上がりすぎてそろそろ自重しなくてはならない。


 が、どうにもリゾートというものは刀夜でさえ開放的にしてしまうらしい。今回だけだと思いつつもリリアを喜ばせて彼女の笑顔が見たくなる。


「さ、いきましょう」


 万勉の笑みで手を差しのべるリリア。


 もう彼女の手を患わせずとも杖で歩けるがつい甘えてしまう。彼女の柔らかい肌の感触や温もりが心地よい。刀夜はリリアに心の安らぎを求めつつあった。

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