第258話 どうしてこうなった

 刀夜達のホテルも龍児達のホテルも朝食はどちらもバイキング形式だ。違いは料理の内容と刀夜達のほうは個室があることだ。


 舞衣は皆が揃ったところで朝食を始める。だがそんな中でぶすりと怒っている者が一人。


「梨沙ってば酷いんだから……友達だと思っていたのに」


 それは美紀だ。梨沙のイタズラを受けて傷ついている。


「あぁ……ごめん美紀。ほんと謝るから……」


 梨沙は深々と頭を下げた。さすがにあんなことになるとは彼女は思っても見なかった。やり過ぎたと心から反省していた。


「お前ら、リゾートとはいえ浮かれずぎだ」


 街中とはいえ決して安全とは言えないのだ。異人に偏見をもつ者やゴロツキなどもいるのだ。


「大体、刀夜もアレよ!」


「俺?」


 突然話を振られ、美紀の言いたいことがさっぱりわからない刀夜は首傾げた。美紀に酷いことはした覚えはない。正座は自業自得である。


「わたしのパンツ見たの2度目よ! に・ど・め。うら若き乙女のパンツを無断で見んだから、なにか言うことあるでしょ!」


 何故か彼女の怒りの矛先は刀夜に向けられてしまった。しかし『何か言うこと』と言われてもとんと思いつくことなどない。誉めれば良かったとでも言うのだろうかと刀夜は悩んだ。


「パンツなんぞに興味はない」


 話が面倒なほうに流れそうなので刀夜はバッサリと話を終わらせようとした。


 しかし美紀は食い下がる。


「あれぇー、朴念仁とはいえ、いい思春期の男子が女子のパンツに興味がないわけないじゃない?」


 刀夜は美紀の口調に嫌な予感を感じた。美紀がぐいぐいと顔を近づけてくる。その表情はなぜか勝ち誇っているかのように見えた。


 美紀は刀夜の耳元まで顔を近づけて囁くように言う。


「リリアちゃんのパンツには興味あるくせにぃ~」


 刀夜は口にしていたお茶を吹いた。まさか大図書館でリリアの下着をのぞいたのがバレたのかと不安に陥る。


 しかしあの時はリリアと二人きりであり、彼女には気づかれてはいないはずである。だがもしかしたらのぞいたことにリリアは気づいていて美紀に相談したのかも知れない。


 刀夜は頭の中で起こりうるパターンをシミュレートしだして硬直してしまった。


「あらぁ~、どうやら思い当たる節があるようねぇ……」


 慌てた刀夜に図星だと美紀が指摘する。そして勝ち誇ったように口許に手を当ててクスクスと笑う。そして『さあさあ』と人差し指をクイクイと動かして要求をしてきた。


『どうしてこうなった!?』


 暴れていた美紀と梨沙を叱りつけていたのは自分のハズで正しいことを言っているは自分のはずだったのに、いつの間にか謝ることを要求されている。


 しかも元凶はさっさと逃げてこの場から姿を消しているではないか。だが刀夜はこのような理不尽なことで頭を下げるなど理不尽だと拒んだ。


「ふ、ふん。あの程度では目の保養にもならん……」


 腕を組んでそっぽを向き、態度でも示す。


「だってぇ――リリアちゃん。刀夜はもっときわどいのじゃないとそそらないって……」


 美紀にそう言われてリリアの脳裏に過ったのはセリの時に着ていた布一枚の姿だ。あれよりきわどいもの……もう裸しか思いつかない……リリアは赤面するとうつ向いて縮こまってしまった。


「リリアに変なこと吹き込まないでくれ!」


 さすがに刀夜は焦る。ただでさえ最近彼女は積極的になってきて困っているというのに。これ以上焚き付けないで欲しいと。


 美紀は薄ら笑みを溢して勝ち誇る。さらにリリアに何か吹き込もうとする素振りを見せる彼女に刀夜はついに降伏した。


 この分野では奴に勝てないと……


 だがしかしなぜ自分が謝る羽目になっているのかと思うと、その怒りの矛先は元凶へと向けられるのであった。


◇◇◇◇◇


 同じ頃、龍児達もホテルで朝食を取っていた。刀夜のホテルほどではないが朝から海鮮の幸が堪能できたので彼らはご満悦だ。


 何しろピエルバルグは内陸部なので魚と言えば淡水魚である。こちらの淡水魚と言えばあまり日本人には馴染みのないタイプばかりで、そのうえ調理はどの飯屋もいまいちなので舌の肥えた日本人には食えたものではなかった。


「あー、これに刺身があればなー」


「そうだな」


 颯太は日本が懐かしく思えてきて、龍児はそれに同意した。魚はおろか野菜ですら生で食べる習慣はこの地には無い。


 刀夜の家では医療魔法の使えるリリアがいるのでまれに生野菜が食卓に上がるらしい。


「あたしはご飯と納豆が欲しい……」


「それと味噌汁とお新香があればベストね……」


 これらはさすがに刀夜の家でも出てこない。葵や由美も日本の味を懐かしんだ。


 特に由美の家はコテコテの和食党なので朝にパンが出るなどということはない。必ず白飯、味噌汁、焼き魚、お新香はセットで出てくる。そのような母親の味が懐かしく思うのであった。


「あんまり、考え過ぎるとホームシックになっちまうぜ」


 龍児が忠告するもすでに遅しといったところか、葵と由美は大きくため息を漏らした。そんな二人を見て龍児はこのままではいけないと話題をそらした。


「そういや今朝仕入れた情報によると、今日は拓真とアリスが遊びにくるらしいぜ」


「え、本当なの?」


 葵と由美の表情は急に明るくなった。何しろ拓真に会えるのはあの巨人戦以来だ。賢者の元で彼がどうしているのか、是非とも話が聞きたい。


「今朝リリアに逢ったら教えてくれたぜ。なんでも昨日、街でアリスと出会ったんだと」


「へぇ~どうしてるのかな拓真……」


「それまでの間に朝市があるから一緒にいかないかだと」


「いいね朝市、楽しそう!」


 皆はそんなものがあるのかと思うとちょっと楽しそうだと思った。

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