第257話 梨沙の悪戯

 ――3日目、刀夜の宿。


 朝日が立ち昇る。まぶしい朝日が窓のカーテンの隙間から差し込んだ。本日も晴天だと太陽は祝福してくれているようだ。


 目覚めの良い梨沙がベッドから体を起こす。そして大きく両手を上げて背伸びをすると、自然と眼がスッキリとしてくる。


 辺りを見回せば、まだ皆は寝ている。昨日は夜遅くまではしゃいで楽しいひと時を過ごせた。


 部屋の時計はまだ5時半を回ったところである。起きるにはちょっと早すぎるだろう。


 梨沙はカーテンの隙間からプールサイドが視界に入ると急に昨日のことを思い出した。晴樹から突然抱き締められた記憶が甦ると急に恥ずかしくなる。


 すぐに彼女の心は夢心地のようなフワフワとした感覚に陥る。あれが夢ではありませんようにと、思わず枕を抱き締めると再び布団に潜りこんだ。


 だが体の奥底から次々と沸き起こる気持ちに彼女は耐えられずベッドの上を転がった。


「うふふふふふふ」


 決して他人には見せられないようなニヤケ顔が元に戻らず、声まで出てしまった。幸せすぎる……この世界で散々辛い目に会ったのに今は幸せの絶頂の中にいる。


 亡くなった仲間には悪いがこの世界に来て良かったとさえ思えた。だが彼女は急にこれは良くないと自分にカツを入れた。


『そ、そうよここは危険が溢れている異世界なのよ。自ら死亡フラグを立ちゃいけないわ』


 梨沙はキリリとした表情で冷静さを保とうとした。たが1分も持たずに彼女の頬は緩む。


『やっぱりダメーッ! 幸せすぐる!!』


 再び彼女は自分のベッドの中で悶絶した。


 あまりにも梨沙がバタバタとしているのでリリアがモソモソと布団から身を起こした。まだ眠そうなのかボーッとしていて、その目は梨沙を見ているのか見ていないのか判断つかない表情だ。


「あ、ご、ごめん」


 梨沙はリリアの視線に気がついて申し訳なく謝った。するとリリアはそのままシーツに潜り混んで再び眠りにつく。


 そんな彼女を見て梨沙はホッとすると、ようやく彼女の気持ちは治まったのだった。


 しかしまだ5時半を回ったところだ。起きるにはやや早いし、寝るには目が覚めきってしまった。


 辺りを見回すと舞衣はしっかりシーツに潜って横向きでスウスウと寝ている。昨日着ていた衣服は綺麗に畳んで篭の上に置かれていた。そして今日着る予定の服がこれまた綺麗に畳んで用意してあった。


 几帳面な舞衣らしいと梨沙は思った。


 リリアは一度目が覚めてしまったからかシーツを半分抱き枕にして寝ている。刀夜と一緒に寝ていたら刀夜は抱き枕にされるのではないかと妄想すると思わず笑いが込み上げてきた。


 だがそういえば魔術試験の夜に二人はたいそう怪しげな雰囲気になってたことを彼女は思い出した。あの時は同じベッドで二人とも寝たらしいが本当に何も無かったのだろうかと妄想をしてしまう。


 梨沙は二人が抱き合っている妄想をしていると恥ずかしくなってきて、頭を振って雑念を捨てた。リリアはともかく危うくあの男の裸なんぞ想像してしまうところだった。


 美紀のほうを見ると梨沙は仰天した。彼女はベッドに対して90度角度を変えてシーツの上で寝ていたのだ。


 しかも上のパジャマは半分捲りあがってノーブラのせいで半分乳が見えている。だがそれはまだマシでズボンに至っては足首でかろうじて止まっていてパンツは丸出し状態である。


 そういえばプルシ村で泊まったときも彼女はパンツ丸出しで寝ており、刀夜に頭をたたかれていたことを思い出した。なんという寝相の悪さか……


 刀夜の家のベッドは二段ベッドなので転倒防止があるからここまで酷くはならなかった。


 ふと昔の話しを思い出す。確か美紀の話では葵の寝相が悪くてよく胸を掴まれると言っていた。だがあれは葵が悪いのではなく美紀の寝相の悪さが起因しているのではないかと。


 そう思うとふつふつと梨沙にイタズラ心が沸き起こる。


 梨沙は美紀のパジャマのズボンをそっと脱がした。ピンク色のズボンは全体的にダボダボっとしていて足首の辺りは紐で絞ってある。腰周りはゴムが無いのでここも紐でくくるタイプになていた。


 もしかしたらズボンが脱げるのはこの紐が甘いのではないかと彼女は推測した。


 腹を撫でて欲しい犬、もしくは車に引かれたカエルのような姿をしている美紀の顔をのぞきこむ。


「にししししし」


 思わず笑いが込み上げてきた。梨沙は美紀のズボンをそっと万歳をしている腕ごと頭から被せる。そして紐をキュっと絞った。


 美紀が呼吸をするたびに美紀のズボンの股間が上下している。梨沙は笑いで腹が捩れそうになると涙が出そうであった。


『ふごっ?』


 美紀のズボンから変な声が漏れる。


『ふ、ふごっ!?』


 梨沙は耐え切れなくなり、ゲラゲラと声を出してしまった。その声に皆が何事かと眠たげな目で起き出した。


『ふがっ!!』


 ついに美紀も起きたらしくカバっと彼女は上半身を起こした。その勢いで彼女はベッドからずり落ちて尻餅をつく。


『もがーッ!!?』


 起きたら息苦しいうえに世界がピンク色!

 美紀はパニックに陥る。


『いやぁぁぁぁーっ!!』


 突如、彼女は泣きながら走り出した。これにはさすがに梨沙はマズイと焦る。下手な所にぶつかって大怪我でもしたら大変だ!


 舞衣とリリアがその異常な状況に驚いて目を丸くする。目を覚ませばパンツ丸出しでパジャマのズボンを被った怪人が部屋で暴れていたのである。


 美紀は壁に体を打ち付けながらも部屋の外に出ようとする。部屋の扉は外側からは回すのぶ型だが内側はレバーを軽く押すだけで開いてしまう。


 外はマズイと梨沙は慌てて美紀を止めようと追いかけた。そして美紀が部屋から出た瞬間、彼女に絡む形で美紀をなんとか止めることができた。


 もしこのまま他の部屋に行ったり、ホテルの人に見つかったらホテルを追い出されるかも知れないところだ。


 とりあえず安堵した梨沙だったが彼女の目の前に誰かの足が見える。恐る恐る見上げると刀夜が腕を組んで怒りの表情を浮かべていた。


 梨沙は青ざめ、無言の二人の間でパンツを晒して助けを求めて泣き叫ぶ美紀の声だけが響いていた……


 その後、怒った刀夜からガミガミと説教を喰らって彼女達の朝は散々となってしまった。二人は罰として部屋の前で正座をさせられることとなる。

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