第255話 いつ死ぬる運命とて

 龍児達のホテルと刀夜のホテルとの間には生垣の境界がある。だがその一角に刀夜のホテルへと通じる裏口があった。


 龍児達は生垣の裏口から隣のホテルの敷地へと入ると、すぐ左に刀夜達が借りている部屋が見えた。


 3つある部屋の真ん中の男子部屋を通り抜けてプールサイドへと足を運ぶと、ちょうど舞衣がプールから上がってくる。


「龍児君いらっしゃい。アイリーンさんたちもようこそ」


「私たちまで済まないな……」


「刀夜君がいいと言っているのでかまいませんよ。多いほうが楽しいですし」


 龍児は辺りを見回してみると大きなプールの周りには日よけパラソルとテーブル、リクライニングできるビーチサイドチェアや網籠あみかごのような椅子などが置かれている。


 その一つ、ビーチ側には晴樹と梨沙が椅子に腰を下ろして仲良く海のほうを見ていた。テーブルにはトロピカルなドリンクが置かれていて、いかにも南国のリゾートを楽しんでいるようだ。


 龍児が手を上げて二人を呼ぼうとしたのをみた舞衣はとっさに止めた。


「いまいいところだから、そっとしてあげてくれる」


「へ? なに? なに? なんで急にそんなことになったの? あの二人」


 その手の話に目がない葵が首を突っ込んできた。もっと詳しくと目を輝かせて訴えている。


「なんかリゾートに当てられたのか急に晴樹君がね――」


「――きゃー晴樹、だいたーん」


 話を聞いた葵はそのシーンを想像して悶絶し始めると体をくねらせた。だがそんな話を聞かされた颯太は眉を潜める。


「なんだよ、いちゃつきやがって」


 颯太は羨ましくも悔しそうにした。彼も彼女が欲しいのが本音である。


「あれ? こんなところでたむろって、泳がないの?」


 ホテルに連絡した美紀が戻ってきた。


「み、美紀、あなたその格好でフロント行ったの?」


「へ? そうだけど」


 彼女がビキニ姿でフロントに姿を現すとフロント従業員と居合わせた客らが目を丸くして硬直していた。だが美紀はそんなことも気にせずさっさと用件だけ伝えるとフロントを後にした。


 突如現れた痴女に彼らは唖然とし、従業員としては本来注意すべきだったのだが声にもならなかった。


「怒られるわよ……」


 そんな様子が手に取るように見えた舞衣は頭を抱える。きっと後で怒られると。


「ところで君たちは本当にそんな格好で泳いでいるのだな……」


 葵や由美もそうだが、美紀や舞衣の水着姿にレイラは再度本当にその姿なのだと改めて認識させられた。最近はあまり意識しなくなっていたが彼らは異世界人なのだと、否応にも感性が違うのだと認ずにはいられない。


「皆さんも着てみますか?」と舞衣。


「いーや。ここのプールを利用するからにはここの仕来たりにより着替えていただきます」


 勝手にプールを我が物化した美紀の目が怪しく光る。


 彼女は自分がデザインして作ってもらった水着の中で大人向けのものがあった。だが、まだ高校生の彼女達はその手のものより高校生らしく可愛い水着を選び、大人チックなのは不人気であった。


 美紀は由美や舞衣なら似合うと思ったのだが舞衣には見向きもされず不服であった。彼女は刀夜に自警団を誘っても良いと聞かされたときからこのチャンスを伺っていたのだ。


 年上の大人の三人に是非着てもらおうと……


「な、なに? き、聞いてないぞ」


 突如条件を突きつけられてレイラは焦った。無論そんな条件を刀夜がだすわけもなく、美紀の独断である。


「ささ、あたしたちの部屋にたくさんあるから」


 強引にレイラ達を部屋へと誘われたが、そのような恥ずかしい格好には抵抗がある。


「い、いや。しかし恥ずかしすぎる」


「あら、どうせ皆こんな格好なのよ。それにちゃんと隠すところは隠してるし、それでいて解放感半端ないですよぉ~。水着だってかわいいでしょ」


 自分でかわいいとかどこらそんな自信が湧くのだろうか。舞衣は美紀をある意味すごいと考えながらも、元々手伝うよう頼まれいたので後をついていった。彼女達に水着を着せるならサイズの調整が必要でありそれは舞衣にしかできない。


 舞衣の見立てでは三人は嫌がっている素振りを見せつつも本気で抵抗しているようには見えなかった。彼女達は水着に興味を示しつつも恥ずかしいという思いの板挟みに駆られているのだろう。


◇◇◇◇◇


「ひゃっほう」


 颯太が勢いをつけてプールへと飛び込むと勢い余って水しぶきを上げると体はプールの底まで沈む。続けて龍児も飛び込むとさらに大きな水しぶきを上げた。


 それが葵に降りかかると彼女は水浸しとなり、ボタリボタリと水を滴らせながら怒る。


「ちょっと! 入る前に準備運動ぐらいしなさいよね」


「わるいわるい」


 と龍児は謝るもののその顔はまったく反省しているようには見えない。


「あれ? 龍児に皆? きてたの? 声ぐらいかけてよ」


 龍児たちの声に気づいた晴樹が振り向いて彼らに声をかけた。つられて梨沙も椅子越しに皆のほうを振り返ると龍児と颯太はプールを満喫している。


 颯太はすいすいと平泳ぎで泳いでおり、龍児は仰向けにぷかりと浮いていた。葵は水浸しとなりながらも梨沙に手を振って挨拶をする。由美は準備運動をそのまま続けていた。


「だってよぉ、仲良く逢い引きしてるところ悪いじゃねぇか」


 龍児はプールに浮かんだまま晴樹に答えた。彼なりに気を使っていたつもりだ。せっかく良くしているのに声をかけるのは無粋だろうと。もっとも大声を出した時点で意味は無いのだが。


「あ、逢い引きって!?」


 梨沙が顔を真っ赤にして恥ずかしがる。


「照れることなんてねぇよ。むしろ好きならちゃんと告白したほうがいい。俺達はいつ命落とすかわからねえんだからよ……」


 龍児は中溝俊介のことを思い出していた。彼は津村彩葉に思いを寄せていた。だが彼女はアーグの襲撃で重傷を追い、その事で告白のタイミングを失ったのだ。


 そして巨人から逃げる際に彼女は誰にも看取られず龍児の背中でひっそりと息を引き取った。俊介は嘆き悲しみ、皆の命を守るため彼女の亡骸と運命を共にした。


 あのような思いを味わうのはもう二度と御免だ。散る運命だったとしても心残りは少ないほうが良いだろうと龍児は思った。


「たまにはいいこと言うじゃない」


 葵が余計なちゃかしを入れてしまう。


「『たまには』は余計だつーの」


 しかし、そのような話をされては葵も相手がいないのが残念に思えてくる。彼女も年頃である彼氏の一人ぐらいは欲しいものだ。だが誰でも良いとはいかない。ちゃんと自分の事を好いてくれる相手でないと嫌である。


 そのうえで自分の事を守ってくるなどと言ってくれるような相手ならなおさらであった。


「はぁー、あたしもいい人欲しいなぁー」


「それじゃ俺なんかどう?」


 そういいながらプールの中を犬かきで葵の元に近寄ってきたのは颯太だ。


「……颯太あんたあたしのこと好きだったの?」


 葵は絶対違うだろと冷ややかな目を向けつつ確認する。


「いや、丁度俺も彼女欲しいなーって」


 彼はにこやか言うがそれはつまり誰でも良いという意味となる。葵はやっぱりかとこめかみに血管を浮かび上がらせて怒りに震えた。


「一人で死ね! ボケェ!!」


 葵はプールの水面を蹴り上げて颯太にぶっかけた。

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